旧日本軍残砲処理
 1996年8月。夏井辰徳と根生乃塾の塾生は、ガダルカナル島にて、旧日本軍の残した砲弾処理を行っていました。夏井が何故この“肉体表現”に至ったかということはとても一言では語り尽せません。しかしひとつ言えることは、「あくまで、死とは個のものであり、他の誰のものでもない。自らの死を前提とし、何年かかっても常にそこを見据えて全うすること自体が生きる」ということなのでしょう。そして逆に、自らの(死というものを前提としない目先の)“生”を保有(身)する為だけに、他者の死を無機質に容認する姿は、決して許せないのでしょう。そして、夏井は走りました。自らの命を賭けて。そして、我々も。


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  先の大戦。アジア近隣諸国(他国)に、我々の先輩が、渾身の悔いと共に残してきた、同士の遺骨と砲弾。その砲弾で、半世紀過ぎた今現在、不意に爆発したり、知らずに触れた人々を、傷つけ、殺しているという現状を知っていますか。


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最近、地雷処理の件でやっと回りが騒ぎ出しましたが、諸問題は残っているものの、いすれ大変結構なことだと思います。
 しかし! なのです。
 よく、日本国内でも、米軍の不発弾が出てきますが、言ってしまえば、当事者間のそれであるのですから、当然といえば当然なのでしょう。ですが、当事者ではない名もないような小さな国々(島々)に、信じられない程の量の迫撃砲や山砲、手榴弾等々が残され、巻き込まれた形なのに、この今現在、それが気象状況の変化による暴発や、誤って触れた人々を傷つけ、殺しているこの現状があるのに、何故こちらは後回し、いえ、忘れられているのでしょう。トンチンカンとはこのことです。
 トンチンカンはさらに質が悪いことに、昨年、中国から化学残砲が発見され、やっとバタバタとオタオタと日本政府は動き出しましたね。いずれ、動いたのは事実ですよね。何故、中国にはサッソク動き、他国は動かないのかそのカラクリはあまりに単純、そして、開いた口がふさがりません。来世紀には間違いなく、中国は経済大国、そして、世界において、巨大な力を見せつけるでしょう。そこへのスリヨリ・・・ネンゴロ・・・。少なからず、現在日本は経済大国。履き違えようが何だろうが、西欧合理主義をデフォルメしたその姿。その属国でも作ろうというのか。
力も無い、名もないような小さな国々、島々では弱者たちが・・・。
「あれ? 何で誰も掃除しないの? テメェのもんでしょ。残してきたのは我々でしょ。 ネボケてんのも、イイ加減にしろよ!」    
 
 たった一個でも、たった一人の命でも、我が命を賭けて、掃除出来るなら、
 「何で金も無けりゃ、技術も、社会的地位も何もない俺たちが、行かなきゃなんねぇんだぁ?」
 と、悪ブリながら
 「けど、皆な、“人殺し”してて、何とも思わないんだな・・・。あの黒々とした瞳の子供たちは、日本の子供たちり、殺していい子供たちな訳だ・・・。上等なもんなっちゃったんだね、今どきの日本人って・・・。まったくよ・・・」
 と、前傾姿勢を遂にとった夏井。
 まずは、“ひとつめ”の的をここと定めたのです。