仁兄各位 オトシダマ (野郎道話)
爆 破
『ニシン来たかとカモメに問えばぁ』
一九九六年一月四日
夏 井 辰 徳
あるところに木を爆破する男がいた。
ヒマヤシュウジ
火山秋二といった。
木の根元を鉈で円錐形に掘り込み、そこへマイトを仕込むのだった。
タバコの火で銜えたまま導火線に放つ。
造作に背をむけ無機質に秋二は歩【い】った。その背のむこうで
“爆!”
マイトはその命を絶叫した。挿入されたものの命をも含めてそれは成した。
大木の端々まで粉々に吹き飛んだ。
秋二の背に微かにその木片【カエリチ】が届いた。そしてその背から唄が聞こえていた。
♪ヤァレン〜ソーラン ソーラン ソーラン♪
× ×
その国は近代文明に犯されつくされていっていた。いや、ほとんど断末魔にそれは等しいものだった。酸に充ちたかつての恵みの雨は、今や緑を解かし灰色に染め、文明の駆動源・電力とやらの為とか、治水の為とかいっては、ダムとかいう人の手による巨大な水たまりを、屹立する山を削り、えぐってはこさえた。汚水は魚を狂れさせ、それを食する鳥をも狂れさせた。かつて「魚は泳いでいたのだよ」「鳥はさえずり飛んでいたのだよ」「人は笑い、唄い、踊り、涙したのだよ」と、幼き生命体に語らねばならぬ神話と化していた。
この国はミドリの国だった。
この国は水の国だった。
この国には山があり川があり、海があり――人々は森に抱かれていた。
そして、人々は笑っていた。その生命の奥底からにじみ出る、沸き出づる笑だった。しかし、それも今は 神話か・・・。
イノチアルモノハ カナラズシヌトイウ ゴク アタリマエノコト=カミ
宇宙の流転の絶対法則 をも、今のこの国の人々にとっては、逆流をも辞さぬほど、うぬぼれ蟠踞【ばんきょ】した。自らが自らを“人間様”と呼び、その権威無き権力ぶりは激流と化し、森は悲鳴も上げずに、黙して枯れていった。
ただ、ただ、木々は黙って散っていった。
この国の許しは“人間様”のもとに、
この国の可能は“人間様”のもとに―――。
しかし、ほんの微かに、ほんの一部だけ、ミドリは断末魔をむかえながらも在った。ほんの微かに・・・、ほんの微かに、確実に、ミドリはそれでも“人間様”の前に在【あ】った。
× ×
秋二は、じいちゃんに育てられた。父と母は秋二の覚醒が始まらぬ、大脳皮質形成以前に、炭鉱事故で死んだという。この国が近代文明にひた走る、その礎となった産業に、身を投じ、そして埋もれていったのである。
その火柱は、沖で、戦地から戻ってきて以来、あえて“板子一枚その下地獄”のニシン漁に、厳冬の雪の荒海の中へ身を置き続けた、その舟の上からも見えたという。
「秋二、おまえの父ちゃんと母ちゃんの墓はキレイだったでゃ・・・。
パァッと、派手に上がってな、天上まで ―― 紅ぐしたっけぇ・・・」
じぃちゃんは三つになった秋二をフロに入れながら、抱きかかえた湯舟の中で、そう伝【おし】えてくれた。
じぃちゃんは戦争から戻ってきてからというもの、誰に対しても、何ひとつ、物事を強いたり、説いたりするようなことは無くなったという。
口癖といえば、黒く深い皺を笑に深ませながら、「何ぃ、好ぎにやれば、いいっさぁ ―― 」
――― そうほほ笑むだけだった。
秋二の父母が、
「これからは、石油に負けないぐらい、石炭をこの国は必要としているんだと。
オヤジ、俺ぁ、これと(奥さんと)炭鉱【ヤマ】さ入る」
と言った時も、同じことだったという。
そして火柱が上って、その炎が沖の舟からみえたとき、少しだけ、その微笑が消えたという。
逆光の中で、じぃちゃんの後は、黙々とニシンを追う姿のみ見たという。しかし、何故か、この国が文明至上主義に走れば走るほど、ニシンの魚影は遠ざかったという。
今は、まるでというほど捕れはしない。しかし、じぃちゃんは荒れる厳冬の海へ、
板子一枚・・・ ――出航【で】たという。
× ×
じぃちゃんは片耳が無かった。
湯舟の中でじぃちゃんの腕の中に抱かれながら秋二は幸せだった。何か鋭い刃で切り落されたその耳のあとは、ツルンとしていて、そこを触るのが秋二は大好きだった。じぃちゃんは秋二のそんな無邪気な悪戯を嫌がることもなく、いつもの黒く深い皺をさらに深く微笑むだけだった。
「秋二、本当(!)にハラ減ってもな、仏様になったともだちの肉ぅ食うよったマネだけはすんなよぉ。食う時は、生きたともだちの目ん玉、見だまんま、ともだちの肉ぅ・・・食ってやれぇーなぁ・・・」
と、優しく、そして初めて説くじぃちゃんが、そこにはいた。
どこまでも、つきぬけるような黒々と優しく光るじぃちゃんの瞳。それを見つめ、同じ笑で応える、小さな、小さな瞳の秋二。
と、突然、何ひとつその笑を変えぬまま、黒く深く皺を刻んだ手が、小さな頭を押えつけた。力にまかせ押えつけた。湯舟の中へ沈み込む小さな生命体。力学に委ねたファシズムは、その生命体を亡き者に!・・・。必死にもがく秋二。もがく! もがく! もがく! 意味も分らず、自律神経にまかせ、必死にもがく小さな生命体―――。と、突然、黒く深い皺のそれが、一気にその渾身の苦しみから救い出す。さっきまで秋二が見つめていた、優しい笑と何ひとつ変らないじぃちゃんのそれ。まだ息が絶え絶えの秋二。じぃちゃんのどこまでもつきぬけるような優しい笑のその意味が分らない恐怖が、それ以上にカオスをクレッシェンドさせ、慟哭の介入も許されぬ、自律神経のみしか存在し得ぬ必死な呼吸・・・と、またその大きな手が、また小さな後頭部を押さえつけ、湯舟の中へ! もがく! もがく! もがく、絶対条件下の小さな人間――。と、ギリギリの生命線が弾けるその直前に、同じ手が抱き上げ、救う。何も変らず、じぃちゃんは、あの笑のまま―――
「いいがぁ、秋二、生ぎたがったら、生ぎれぇ・・・死にたがったら・・死ねれ・・・」
そう呟いては、何度も何度も殺し、何度も何度も救う、じぃちゃん。何ひとつ変らぬ、同じ手で、同じ笑で―――。
小さな生命体は、ただ、ただ渾身にもがくだけ
――“生きる”ために ――
× ×
一九四五年七月のサイパン島では、母が断崖から我が子を投げた。
一九四五年七月のサイパン島では、そして母が身を投げた。
一九四五年七月のサイパン島では、尿で、ひからびた我が子に死水をとっ てやった。
一九四五年七月のサイパン島では、発狂した同胞を同胞が撃ち殺した。
一九四五年七月のサイパン島では、同胞の目や鼻や耳からいろんな虫が
わいてきた。
一九四五年七月のサイパン島では、泣き叫ぶ子を母と共に敵兵へ同胞が突き出した。
一九四五年七月のサイパン島では、新鮮な同胞の遺体を食らう同胞がいた。一九四五年七月のサイパン島では、同胞を食らった同胞の顔艶はテカテカしていた。
一九四五年七月のサイパン島では、同胞の遺体を踏まねば歩けなかった。
一九四五年七月のサイパン島では、ズボッ、ズボッ歩いた。
一九四五年七月のサイパン島でも、魂を売りたくはない侠【オトコ】たちがいた。間違いなくいた。
その侠たちの同胞の“ 仏【エイレイ】 ”となった肉を食らうなら、我が生肉を食らえと差し出し合った。侠たちは互いにむかいあい、軍刀で互いの耳を削ぎあった。
× ×
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命からがらの帰国の船上。侠のひとりは遂に、我が祖国の森【ミドリ】に入ること無く息絶えた。その侠の耳を食らった侠は鉈でその侠の小指を落とした。そしてたき火の中で燃やした。その酸化カルシュウムはどこまでも白かった。
どこまでも、どこまでも、溢れるほどに白かった。
酸化カルシュウムをメンソレータムの缶に入れた。侠の生まれ育った森にいるという母に届けてやりたかった。
その缶を振ってみた。耳元で振ってみた。
“カラ・カラァ ―― カラ・カラァ ・ ・ ・”
“カラ・カラァ ―― カラ・カラァ ・ ・ ・”
乾いた音だった。
“カラ・カラァ ―― カラ・カラァ ・ ・ ・”
“カラ・カラァ ―― カラ・カラァ ――”
その音を聞く耳も無かった――。
× ×
じぃちゃんは沖にいた。
今日も、“板子一枚”ニシンを追っていた。
足を一歩踏み出せば、そこには“死”以外の何者も待っていないそこでしか、じぃちゃんは生きてゆけなかった。
「秋二・・・死にぞこないになっても・・・生きぞこないには、なるなぁ…」厳冬の雪の大海の中で、ただ、ただ遠くを見つめるだけの老体がひとつ、舟の上にあった。
× ×
秋二はネオンの中にいた。
秋二の回りは、軽笑で渦巻いていた。
秋二の回りは、冷笑で渦巻いていた。
そして秋二は虚飾の渦に囲まれていた。欺瞞の渦に囲まれていた。
何ひとつ決着のつかぬ勝者と敗者は、そのあやふやさに溺れ、欺瞞の車で欺瞞の城へ帰り、欺瞞のメシを食らうだけ食らっては、糖【めさきのかいらく】に眼を犯され、盲目にひた走っていた。他者を介してしか自己の存在を認識することが出来ないその眼で、欺瞞の国をこさえていた。
欺瞞のベッドでこさえた欺瞞の我が子は、叫びを忘れ、その代償を金属バットに委ね、親の左脳に問うた。
弱者だけがその欺瞞の城から流れ出る汚水にまみれ流されていった。
そんな華やかなネオンの中に秋二はいた。
無機質にその中をさすらう秋二の瞳孔はにわかに限りをつくし開いていった。湯舟の中でもがき苦しむ幼き自らの姿が蘇っていた。そしてじぃちゃんのあの笑が蘇っていた。瞳孔はもうそれ以上開かない ――糖に犯されることを拒否したその眼球で、この国を見つめた。
秋二は泳ぐようにネオンの中をただよっていた。
♪ヤァレン ソーラン ソーラン ソーラン ソラン ソーラン・・・・ ♪
渾身の憤りとはあくまで対照的にその呟きは切なく乾いていた。
× ×
秋二は、立った。遂に立った。
欺瞞のこの世界に、ひとり猛然と立った。
秋二は、そして叫んだ。力の限り叫んだ。
「もう、残り少ない木は誰にも切らせない」
そう、立ちはだかった。生命の躍動に“私”を抱擁させた。
しかし、この国の人々【マジョリティ】の目先の快楽の前には、蟷螂の斧にすぎず、その叫びは虚しく消えていった。しかし、秋二はそれでも叫び続けた。何かを信じ、全てを賭け、誰も聞くことのない欺瞞の国で叫び続けた――。
しかし・・・そこには冷笑だけしか無かった。
或いは、秋二のそれ【ヤクドウ】をマイノリティと一方的に位置【キメ】付けては、その笑で押し殺すのが必然と、あくまで黙し、眼の奥でただ笑っていた。
“多数”という神が、どうやらこの国のパラメーターらしい――。
糖に犯されることを拒否したマイノリティは弱者と化し、冷笑と無視にギブアップを迫られる者たちでしかなかった。
そんなマジョリティの中にも ―― 、ひろみの耳だけには届いていた。
× ×
ひろみは秋二の子を身籠った。
その子に獅々玉【ししおう】と名付けた。獅々玉は元気にこの生命球に産声を上げた。誰も耳を傾けはしない、生きている叫びをどこまでも突き抜ける自己愛のもとに上げた。
そして秋二も叫んでいた。
アゴをしゃくりあげ、ノドから血を吐き、力の限り叫んでいた。
渾身の憤りは獅々玉の笑とじぃちゃんの笑とを重ね、さらに深まるばかりで、その疾走は留まるところを知らなかった。走った。走った。―― そして叫んだ。
が、しかし・・・
人々の耳にはデジタルなビートと電子音が中流【シアワセ】の証の如く響くのみであった。『我は中産階級なり』というバッヂを見せて歩くことに夢中だった。
× ×
秋二のいない留守の森では、獅々玉を抱いたひろみが子守歌を唄っていた。そこへ
「イイ気になってんじゃねぇぞ!」
森にそう石が投げ込まれた。
子守唄はとだえてしまった。
それでも秋二は叫ぶことを辞めはしなかった。
ひろみはそんな秋二だからこそ愛した。秋二の憤りとひろみのそれは比例した。そして獅々玉は――笑った。じぃちゃんと、同じ笑だった。
× ×
人々の流れはとどまるところを知らず、ただ、ただ、糖【メサキノカイラク】をむさぼった。
秋二は悩んだ。渾身の悩みだ。秋二はひとり苦しんだ。隣りでは獅々玉を抱き眠るひろみの姿があった。月光りの青白い静寂の中、秋二はそっと立ち上った。そのシルエットの輪郭は暗闇の中でも、月の下に燐としていた。まさに、あくまで燐としていた。
そして愛くるしい獅々玉とひろみの寝顔に、黙してひとり背を向けた。
―― その手にはマイトがあった。
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♪ヤァレン ソーラン ソーラン ソーラン ソラン ソーラン
ハイ、ハイッ!♪
× ×
(呟き)
♪ヤァレン ソーラン ソーラン ソーラン ソラン ソーラン〜♪
沖の大海、厳冬の荒海。一隻の舟から聞こえてくる、呟くようなじぃちゃんの声。
じぃちゃんの無機質な薄い笑を、激しい雪がたたく。
空も海も墨色の濃淡が染めつくす。
と!
「 !!! っ 」
雪にたたかれながら大海の向うに、微かに何かを確実に見つけるじぃちゃん。
茫然と立ちつくす。
「来たぁ(!) 来たぁっさぁ(!)・・・」
と、その見つけた何かにむけ、急いでエンジンをかける。
唸るヂーゼルエンジン。大海をつき進む舟。吹雪の中をつき進むじぃちゃん。その見つめ続けるただ一点。
―――海鳥(カモメ)の群れ―――
海鳥たちは、沖のある一点で、天へ地へと踊るように狂舞している。
そして、そこへ、その狂舞の中へ入ってゆくたったひとりのじぃちゃん。
停泊する舟。海鳥に抱かれる舟。そして、雪にうたれながら、つきぬけるような笑で、じぃちゃんは、その停泊した海底を、落ちそうになるほど身を乗り出し、食い入るように見つめるじぃちゃん。その下に見えるニシンの群れ。“板子一枚”のその下に見えるパラダイス。
その生命の限りをつくし、蠢く黒々と、そして銀色に光るニシンたち。
戦後、近代化が猛進する中で、踏みつぶされるように、パッタリと消えていたニシンが、今、戻ってきたのだ。
皺だらけの瞳を大きく開け見つめるじぃちゃん。その快心の笑!
天真爛漫!
「これで、やっと、会えるっさぁ・・・」
“カラ カラ カラ カラ ・・・”
いつかのあの乾いた音が、銀色の光の中へ消えてゆく。
と、突然、立ちつくすじぃちゃん。
次の瞬間
その老いた体は宙に舞っていた。雪の中を、逆光の中を、
じぃちゃんの体が・・・。
ニシンに抱かれゆく・・・じぃちゃん。
銀色【パラダイス】 の中へ解け一体となってゆく――。
× ×
“ 爆 ”
“ 爆 ”
“ 爆 ”
秋二の背で残りわずかなこの国の最后の木々は木端微塵となり、粉々に散っていった。
木の根元に鉈で円錐形に掘り込む―――。
秋二は導火線に火を放った。
“ 爆 ” じぃちゃんの笑が・・・
“ 爆 ” 獅々玉の笑が・・・
“ 爆 ” 見えていた ―――
その爆破に、その吹き上げる火柱に人々は歓喜した。
粉々に天めがけ吹き飛ぶ木々たち。
秋二を親愛する者は泣いた。その体温が決して冷めぬ涙を流した。
「どうして・・・どうしてなの・・・。あなたは変ってしまったの?…
どうしてなの・・・。私にさえ分らないの?
この星【クニ】で、最后の、最后の 木々を、あなたは、どうして・・・」
人々は歓喜した。そこにはビルを建てるだの、工場だの、核燃だの、ダムだの・・・各々が各々の中産バッヂを手に入れる勝手を言っていた。その糖にまみれた眼は尻をさらに下げた。
× ×
そして・・・
全てが巨大な廃地になった。
すべてが灰色に染っていた。
この国の最后のミドリを、秋二は自らの手ですべてを、一抹のミドリも残さず爆破した。
ひろみは獅々玉の手を引き、茫然とそこへ立ちつくしていた。
誰もいなくなったそこで、自律神経を逸したように立ちつくしていた。
そして、その真正面の山から朝日が登って来る。
その逆光の中に立ちつくす、小さな秋二のシルエットが見えた。
力無くひろみは呟く
「ねぇ・・・どうして・・・どうしてなの・・・」
そのシルエットは振り返った。逆光の中、微かに笑っているように見えた。 「Listen to Delphi・・・」
「 え?・・・」
と、そのシルエットはまた背をむけた。
そして
♪ヤァレン ソーラン ソーラン ソーラン ソラン ソーラン
ハイ、ハイッ!♪
秋二は自らの体にマイトを仕込んだ。
ひろみ「 !!! っ 」
♪ニシン来たかとカモメに問えばぁ〜♪
唄いながら導火線に火を放つ秋二。ポケットに手を入れた体を銜えタバコの煙が導火線の煙と共に、その体を優しく抱いた。
♪わたしゃ 立つ鳥〜 ・・・ 波に聞け チョイ♪
瞳孔が限界まで開くひろみ ―――
秋二 ―――― 天真爛漫!―――
“ 爆 ”
歓喜に各々去ってゆく人々の背に、火柱と共に1400ccの体液は一滴も残さず、荒れ果てた廃地へ散っていった。
× ×
ひろみは―――泣いた―――。マジョリティの笑の中、ひとり泣いた。
そして人々は去っていった。各々の糖を求め誰もいなくなった。
すべての廃地を闇が覆った。
そして、それでも太陽は登った。その日差しはいつものように、廃地までも照らしてくれた。
すると、どこからともなく粉々になった木々たちが、ひろみの流した涙のその落ちたもとから、芽ぶき出した。小さい、小さい芽が、次々と、次々と生まれてきた。どんどん、どんどん芽ぶき出した。
ひろみは驚いた。辺りを見渡すと、あっという間にひろみと獅々玉の回りには緑の森が生まれていた。
人々は驚き、冷笑も欺瞞も消え失せ、糖にまみれた眼を何度も何度もこすり見つめる人々。ただ、ただそれを茫然と見つめるばかりだった。
そしてその青々とした木々たちは実をつけた。
と、何かひろみには獅々玉が呟いたように思えた。そこには同じ小さい体の天真爛漫がいた。
「りっすん とぅ でるふぁぃ!」
その実は紅かった―――。
完
夏 井 辰 徳