| 信州・上田城下のある真田家の家老・矢沢但馬の邸内に急造された岩乗な
板張りの締り所へ押しこめられた馬場主水は、針のような細い眼を血走らせ、
角ばった顎を小さな切り窓から突きだして喚いている。 主水は、真田家の馬廻り役をつとめ、俸禄は百石。武勇もすぐれ戦功も数多い。 庭の木立に鳴く蝉が驚いて鳴き止むほどの大声で、さっきから怒鳴りつづけて いる主水であった。 喚き散らす主水の乱髪からも、汗が水玉のように飛び散っている。 主水の罪状というのは・・・。 二日前の、きびしい残暑の熱りを夕風がまだ消しきらぬころ、城下から半里 ほど離れた神科という集落の附近を、馬に乗って通りかかった主水は、森蔭の 小川で足を洗っている農家の娘を見て、ふっと欲情し、これを無理矢理に辱しめ たことによるものであった。 当時は、武士の圧力が徹底的に領民の上に君臨していたことだし、こうしたことが 表向きになることは、ほとんどないと言ってよい。百姓たちが泣き寝入りの形になるのが 常であった。 しかし、その翌日、地方の庄屋が骨のある男だったとみえ、この事件を訴え出た のである。 その娘は、秋の収穫が済み次第に、近村へ嫁入りすることになっており、汚された わが身を哀しみ、その夜のうちに、鎌で喉を切って凄惨な自殺をとげた、と聞いて、 伊豆守信幸は、 「すぐに主水を捕え、締り所へ押しこめておけ」 と、家老の矢沢但馬へ命じた。 「たかが、百姓の、と申すのか。爺よ。これからの民百姓は恐ろしゅうなるぞ」 「は・・・?」 「領内に揉め事が起きれば、みな領主のわしの責任になる。今までのような戦国の 世に、真田一族が勝手気侭に国を治めていれば済むというのではない。 全国の大名の上には、徳川幕府というものがあるのじゃ」 信幸は、ふっと淋し気に笑ってみせた。 家来を可愛がることでは、人後に落ちない信幸だったが、このときは断乎として 主水を許さず、秋風が、たちまちのうちに凛然たる冬の大気に変わる頃には、 さすがの馬場主水も喚き出さなくなり、締り所の羽目に背をもたせ、黙然と坐り込んだ まま、蛇のような光に変わった眼を、憎々し気に天井に投げては、ときどき、 ぎりぎりと歯を噛み鳴らしていた。 11月2日の夜、馬場主水は、締り所から逃亡した。 「短気者め。もう少し辛抱しておればよいのに・・・」 と、信幸は呟いたが、それきり捜索の手を止めさせた。 「短気者め。今少し、辛抱しておればよいのにな」 と言った者が、もう一人あった。 これも主水と同じ馬廻り役をつとめている、小川治郎右衛門だ。 治郎右衛門は、主水より三つ歳下の33歳だが・・・筋骨たくましく大男の 主水とは対照的な小男で、ぽってりと肥った、肌の色つやのよい温和な武士であった。 二人は足繁く交際をしていて、その主な理由は囲碁を戦わすことにあった。 伊豆守信幸は、馬場主水の過失を咎めることによって領民の信頼を得ると共に、 家来たちにも二度と、このような過ちを繰り返さぬことを念押ししたのである。 (領主が領民の信頼を失えば必ず騒動が起こる。そうなれば、殿もわれらも、 その責任を問われて国を追われること必然だ。またそれを幕府は手ぐすね引いて 待ち構えておるのだからやりきれぬ) と、小川治郎右衛門には、信幸の心がよくわかる。 しかし、思いがけないことが起こったのである。 その年も暮れぬうちに、江戸へ現れた馬場主水は、幕府に旧主・伊豆守信幸を 訴え出たのだ。 すぐさま幕府から、真田家の江戸屋敷へ知らせがあり、江戸家老の木村土佐が江戸城へ 呼び出されて、老中・土井利勝の訊問を受けた。 木村土佐の応答は堂々として、少しも渋滞なく、主水逃亡のいきさつを余すところなく 語り、主の慈悲を少しも感ぜず、かえってこれを恨み、理由なき訴訟を起すとは 狂気の沙汰であると言って、主水への怒りをぶちまけた。 小川治郎右衛門が、信幸の勘気を受け、禄を召し上げられて、城下外れの蛇沢という 山間の村に蟄居を命じられたのもこの頃であった。 「きゃつめ。身分不相応の諫言をわしにしおった。許せぬ」 という信幸の、怒気を含んだ一言だけであった。 依然として、馬場主水の行方は知れない。 小川治郎右衛門の罪も依然として許されない。 3年目の、元和5年(1619年)の初夏のことである。 茶を飲みながら、夫婦は碁を打っている。伊佐が無理矢理に良人から習わされた のであった。 馬場主水が、この家に現れたのは二日目の夜更けであった。彼は足音もたてずに 庭へ入って来て、戸を叩いた。 「主水か・・・俺と伊佐だけだ。安心して入って来いよ」 戸を開けて、無言のまま入って来た主水は、意外に放浪の窶れも見せてはいず、 衣服もさっぱりしたものをつけている。 「来ると思っていたぞ、何時かはな・・・」 「一番、負け越していたのでな」 と、主水はにやりと笑った。その声に、昔の開放的な明るさはなくなり、粘っこい 陰気な調子が含まれているのに、治郎右衛門は気づいた。 「ほほう。ばかに大きな碁盤だの」 「俺の手作りだ。暇なのでな」 「やるか?」 二人は、碁盤に向かい合って碁笥を引き寄せた。 「一番勝ったら、俺は帰るぞ」 「そうはいかぬ。ははは・・・」 昔のままの和やかな空気の中に相対した。そのうちに碁石をつまんだ主水が喰い入る ように盤面を睨み、ぱちりと石を打った。 「俺の番か」 「そうだ。早く打て、勿体ぶるな」 「よし」 治郎右衛門は、もう一度碁笥を引きつけ、中の石を取ると見せて、いきなり、 碁盤の裏側に取りつけておいた抜身の短刀を引き抜き、碁盤ごと躰をぶつける ように主水へ躍りかかった。 「卑怯かもしれぬが・・・おぬしに逃げられては、真田十万石が困るのだ。公儀へ 訴えることなどせずに、温和しゅう浪人しておれば、また共に碁を楽しむことも 出来たのにな・・・」 小川治郎右衛門が、みずから進んで信幸に乞い、わざと罪を受けて、山麓の 一軒家に3年間も碁敵の来訪を待ったことは、信幸と治郎右衛門夫婦の他には、 誰も知らなかった。 |