| <<一>> 月は無かった。 だが、陣営の<かがり火>は、夏の夜空を焦がしていた。 徳川軍の第二隊。 小笠原与八郎長忠の陣営から、いつとも無くぬけ出し、夜営地の背後の山林の 闇へ姿を消した男がひとりいた。 陣所の将兵たちは、すでにねむりに入っていた。強行軍に疲れきっているのだ。 男は、小笠原部隊の長柄足軽で名を井笠半四郎という。 やがて、半四郎は山林からぬけ出した。 そこは、伊吹山の裾が西へ落ち切ったあたりで、姉川 のながれをへだてた 西の彼方に<かがり火>の列が、大きく長くひろがってのぞまれる。 これが、竜ヶ鼻の織田信長・本陣であった。 そこから北へ二里のところに敵の小谷城がある。 しばらくの間こうした両軍の陣形と、姉川のながれを中心にした地形とを、 半四郎は凝と見つめていた。 井笠半四郎が、あくまでも山裾の小道に沿って、敵の本陣を目ざして歩き 出したのは、子の下刻(午前1時)ごろであったろうか・・・。 前方に、小さな村が見えてきた。 このあたりの村人たちは、すべて、どこかへ逃げ散ってしまっている。 灯りもなく、人の気配もなく、死の世界の村であった。 その村へ、半四郎は入って行った。 道端に、石井戸がある。井戸水をくみあげ、ひと口のんだ半四郎が、急に、 身を伏せた。 「半どの。しばらくであったな」 相手が、闇の底から浮き出て半四郎へ近寄って来た。 にわかに、相手の体から女のにおいがただよいはじめている。 「半どの、久しぶり」 と、甲賀の女忍び於蝶が、墨流しの中から笑顔をのぞかせ、 「ほ・・・大きゅうなったこと」 まるで子供あつかいにして、そういった。 半四郎は苦笑し、脇差を鞘へおさめ、 「あれから、6年になる」 しずかにこたえた。 於蝶の黒ぐろと濡れ光った双眸も、ひたと半四郎を見つめている。 やがて・・・。 二人は、どちらからともなく笑い出していた。 (於蝶どのは、いま、だれのためにはたらいているのか?) と、半四郎はおもった。 井笠半四郎が、於蝶に抱かれたのが16歳の夏のころであった。 二人して、飯道山の森へ出かけ飛苦無の習練をしていたとき、 「半どのも、そろそろ、女の体を知っておいてよいころじゃな」 と、於蝶がいった。 「10年前の、あのときのことをおもい出さぬかえ」 於蝶は、くちびるで半四郎のくびすじのあたりを愛撫しながら、 「もはや・・・もはや、半どのとこのような時がもてようとは、おもいもよらなかった・・・」 うめくように、いう。 その声には、なにか非常に切迫したものがただよい、ひたむきな情熱がこめられている。 (於蝶どのは、他の杉谷忍びと共に、今度の先陣で、何やら、いのちがけの忍びばたらきを するつもりらしい) と、おもった。 「忘れよう。いまは、何も彼も忘れよう。な、半どの・・・」 「ここで、於蝶どのと出合うたことは、夢の中でのことにしておこう」 「おお、そうしてくりゃるかえ」 「この夢、いつまでもたいせつにしておきたい」 「わたしも・・・」 半四郎は、甲賀の伴太郎左衛門の忍びの者として、甲斐の武田信玄のもとへ派遣され、 武田家のために<忍びばたらき>をしている。 忍者の本体をかくして、小笠原長忠の足軽に雇われたのも、これは、武田信玄の 命令によってのことであった。 今日、明日にせまる織田・徳川と浅井・朝倉の両軍の決戦の模様は、半四郎の 口からつぶさに、そしてひそかに、甲斐の古府中(甲府)の城にいる武田信玄の 耳へ、とどけられることになる。 甲賀頭領・伴太郎左衛門の屋敷は、伴中山とよばれる村外れにあった。 天正元年の3月の中ごろの或夜・・・。 人気もない山道を。伴屋敷へ近づいて行く二つの人影があった。 一人は、伴太郎左衛門の傍にあって、諸方の<伴忍び>たちとの連絡をつとめている 下忍びの源蔵である。 一人は、武田家のためにはたらいている伴忍びたちの中で、太郎左衛門の信頼が もっとも厚い松尾藤七だ。 月のない夜ふけである。 どこからか、李の花のにおいがただよってきている。 やがて・・・。 松尾藤七は、屋敷の奥の一間にいて<頭領さま>があらわれるのを待っていた。 ここへ藤七を案内してから、源蔵は、自分の小屋へ帰って行ったらしい。 そこは、なんのかざりもない小さな部屋である。 「藤七か・・・」 いつの間にか、部屋の一隅に、伴太郎左衛門が立っていた。 燭台の灯りが、かすかにまたたいた。 「ただいま、もどりましてござる」 「ご苦労であった」 松尾藤七は、三河に滞陣中の武田軍にいた。 「半四め、わしを裏切ったわ」 「裏切った、と、申されますと・・・?」 「わしの指図にないことを、勝手にしてのけたのだ」 「いったい半四郎は、どのようなことを?」 「三方ヶ原で、杉谷忍びの於蝶をたすけ、共に、勝手なふるまいをした」 「なんと・・・?」 これには松尾藤七も、おどろいたらしい。 「於蝶は、あの、すぐる姉川の合戦に、頭領・杉谷信正はじめ杉谷忍びたちと共に、 討死をしたのではなかったので?」 「それが、於蝶のみは、生きのびていたらしい」 その杉谷忍び生き残りの女忍者・於蝶が単身、三方ヶ原の戦場へあらわれたというのは、 (おそらく、徳川家康の首を討たむとしたにちがいない) と、松尾藤七は直感をした。 「その於蝶が、徳川家康公の馬前へ迫り、あわやというとき、信長公が浜松へ さしつかわしてあった山中忍びの武兵衛たち3名が駆けつけ、於蝶は危うくなった。 そのとき半四郎がどこからかあらわれ、於蝶をたすけ、山中忍び2名を殺害 したというぞ」 「ははあ・・・」 「そこを、武兵衛に見られた」 「で、半四郎を、どのように始末なされまするか?」 「半四郎は、お前が手をとって忍びの術を教えこんだ男だ。なれどくれぐれも 情をかけてはならぬ。甲賀の伴衆の掟によって、半四郎を始末せよ」 夜が明けるまでに・・・。 於蝶は、七尾山の洞窟の中へもどっていた。 奇跡というよりほか、いいようがなかった。 あの織田軍の本陣へ、井笠半四郎と二人きりで忍び込むことができたことさえ、 奇跡である。 しかも、二人で本陣を撹乱し、於蝶は目ざす敵・織田信長を討った。 完全に、信長の息が絶えるのを見とどけたわけではない。 だが、二個の飛苦無をあたまに受けた信長は、 (とうてい、助かるまい) なのである。 (ああ・・・善住房さま。とうとう、敵を討ちましたぞ) 洞窟のむしろの上へ横たわり、於蝶は、亡き善住房光雲によびかけていた。 (善住房さま。よろこんで下され。わたくしは、信長めを討ちました。討ちましたぞ) いまの於蝶は、そのよろこびにひたりきっている。 自分をいのちがけで助けてくれた井笠半四郎のことなど、念頭にはなかった。 疲れ果て、全精力をつかい果たし、しだいに意識をうしなってゆく中で、於蝶は、 善住房光雲の人なつかしげな笑顔だけを、ひたすら脳裡に追いつづけていた。 間もなく、於蝶の意識が絶えた。 気づいたとき、翌日の夜が来ていた。 傷所の血はかわいていたが、於蝶の全身は、鉛のかたまりのように重い。 井笠半四郎は、洞窟にもどっていなかった。 (あ・・・半どのは・・・?) このとき、はじめて於蝶は、半四郎の安否へおもいがおよんだ。 谷川づたいに、七尾山の南のすそへ出たとき、 「あっ・・・」 於蝶は、おもわず低く叫んでいた。 さしわたしにして約二里の北方にある小谷城が、 (燃えている・・・) らしいのである。 小谷城<本丸>が炎をふきあげた。 大寄山の林の中で、於蝶はすべてを見とどけた。 自分が討った信長が<影武者>であることを、於蝶はいま、確信している。 信長を討つため、たのみにしていた武田信玄も朝倉義景も、そしていま、 浅井長政もほろび去った。 於蝶自身も失敗をした。そればかりではない。 (半どのも、死んだ・・・) と、於蝶はおもっている。 (ああ・・・もはや、これまでじゃ) 全身のちからが萎え、おとろえ、於蝶はぐったりと洞窟の中へ横たわり、 眼をとじた。 いま、天正2年(西暦1574年)の夏も終ろうとしている。 ということは・・・。 あの<小谷攻め>から、約1年後ということになる。 その日の夜ふけに・・・。 旧杉谷屋敷の空堀の淵に、小さな人影がひとつ、あらわれた。 まさに<小人>なのである。 小人の名を、 <島の道半> という。 島の道半は、杉谷忍びの一人であった。 だが、道半は姉川の戦場に<戦さ忍び>として参加していなかった。 長男は討死をとげたが、20歳になる次男の十蔵が道半のそばにいた。 道半は十蔵と共に、身をもって逃れたのである。 2年ほどして、道半は十蔵と共に、ひそかに杉谷の里へもどって来た。 そして・・・。 堂山の奥の、深い森の中に小さな家をつくり、そこに住みついたのであった。 「もどりまいたぞ」 声をかけて、道半が隠れ家の中へ入った。 二間きりの小さな家であった。 その土間に面した板敷きの間に、於蝶がすわってい、 「ゆるり、としてじゃな」 と、いった。 「はい、はい」 下忍びの道半だけに、於蝶への言葉づかいにそこはかとない敬意がこめられている。 「井笠半四郎の行方は?」 身を乗り出してきく於蝶へ、 「それが、かいもく、わかりませなんだ。やはり、織田の陣中で殺された、と 見てよいのではあるまいか・・・」 去年の小谷落城の後で・・・。 於蝶は、久しぶりに、この<隠れ家>へもどって来た。 島の道半は、高天神が開城するのを、わが目でたしかめるや、すぐさま甲賀へ 駆けもどって来たのだ。 「のう、於蝶どの。わしが申しあげたきことと申すは・・・わずか3人の杉谷忍びが 織田信長の首をねろうても、なかなか首尾ようはまいるまいか、と・・・」 と、道半がいうのへ、於蝶はうなずいて見せた。 「かくなれば、武田勢をたすけ、先ず徳川を討つことに、われらはちからを 貸したほうが、信長をほろぼすための早道になるのではあるまいか」 と、道半はいう。 「いかさま・・・」 於蝶にも、異存はない。 「於蝶どの。杉谷忍びの生き残りが3人、どれほどのはたらきをするものか、 天下の人びとに見せてやろうではござらぬか」 「よし」 於蝶の血が、熱くなってきた。 <<ニ>> | 杉谷忍びの於蝶と共に、織田信長の本陣を襲ったあの夜・・・。 井笠半四郎は於蝶と別れ別れになり、虎御前山の山林の中で、織田方の忍びに 発見され、必死に闘った。 それからのことを、半四郎は、よくおぼえていなかった。 ついに、彼は川の中で意識をうしなった。 気がついたのは、3日後のことであった。 半四郎を救いあげてくれたのは、宇根の村の百姓・甚左という老人である。 さて・・・。 春がすぎるころ、半四郎はようやく歩行ができるようになった。 「もう大丈夫です」 半四郎は、なによりも於蝶の安否が知りたかった。 半四郎は、警戒をおこたらず、すこしずつ、七尾山の洞窟へ近づいて行った。 於蝶が生きているとすれば、あの洞窟の中に、 (きっと、手がかりが残っているにちがいない) からである。 洞窟へ入ったとき、 (あっ・・・於蝶どのは、生きている・・・) と、半四郎は直感した。 (あれから、たしかに、於蝶どのは此処へもどって来ている) 元気が出て来た。 半四郎は、夏がすぎるまで、七尾山の洞窟にこもっていた。 秋になって・・・。 半四郎は、もう待ちきれなくなり、旅仕度をして洞窟を出た。 そして、甲賀の杉谷屋敷へ忍んで行ったのである。 半四郎は、夜ふけに此処へ着き翌日いっぱいをすごしたが、ついに隠れ家の 所在をつきとめることができなかった。 (もし、生きているとすれば・・・織田信長に刃向かうことをやめる於蝶どのではない) と、半四郎はおもった。 そして、そのおもいが、半四郎を長篠城へみちびいたことにもなる。 そして半四郎は、おもいのほか簡単に、鳥居強右衛門の口ききで奥平勢の兵士となれた。 半四郎は、 (おれが城内にいるとなれば、はたらきやすい。外から攻めかけて来る武田勢を、城内へ みちびくことはわけもないことだ) と、考えていた。 (おれが武田方のために忍びばたらきをしていることを知ったら、強右衛門どのは、 なんとおもうだろう) 毎日、純真な強右衛門の友情とあたたかい人柄に接するたび、半四郎は、かすかな 動揺をおぼえずにはいられなかった。 それにしても、於蝶と再会したことにより、三方ヶ原で小笠原部隊を離脱したことから、 半四郎の運命は大きく変わってきた。 あのまま、小笠原家にいたら、頭領・伴太郎左衛門の新しい指令によって、いまごろは 徳川や織田のためにはたらいていたにちがいない半四郎であった。 家康は、 「武田軍来攻」 の第一報を、すぐさま、織田信長へ向けて発した。 長篠城は、びっしりと武田方の軍旗に取りかこまれていた。 川をへだてた対岸に、おびただしい軍勢が陣を張り、林立する槍の穂先が 初夏の陽ざしをうけて、無数に光り、きらめいているのである。 5月8日の夜ふけに・・・。 井笠半四郎は、二の丸の仮小屋から、そっとぬけ出した。 本丸内に、城主の居館がもうけられている。 奥平信昌は奥の一室にいて、まだ、ねむっていなかった。 小さな机の前にすわりこみ、身じろぎもせず、沈思しているのだ。 沈思する信昌の姿を、井笠半四郎は天井の上から見つめていた。 (やはり。な・・・) 半四郎は、この若い殿さまに同情をした。 (それにしても、こうした姿を信昌公は家来たちの前で、気ぶりにもあらわさぬ。 よほどに精神の強い人なのだな) (あ・・・?) 天井裏で、半四郎は緊張した。 信昌の居室の外の廊下へ、大きな黒い影がのっそりと浮いて出たのを見たからだ。 「強右衛門にござる」 「若殿・・・いや、殿。おこころのうち、お察し申しあげます」 ずばりと強右衛門がいった。 身分は低い強右衛門ながら、若殿の信昌が幼少のころから、そばにつきそって いたので、こうした遠慮のない態度が自然に出るのであろう。 信昌も、気にしていない。 こうした主従のやりとりに、天井裏の半四郎は、おもわず微笑をさそわれていた。 正直で率直な強右衛門も好もしいが、それをまた怒りもせずにうけいれている 若い主人の度量も、 (えらいものだ) あらためて、感じ入ったのである。 (さて、いよいよ城攻めとなったわけだが・・・このおれは、いったい、どうしたら よいのか・・・?) おもえば、苦笑が浮かぶのみなのだ。 どうも、この長篠へ来て、なつかしい鳥居強右衛門と起居を共にするようになってから、 (なんとしても、武田軍の味方をして、この城を落とさせてしまおう) という闘志が、うすくなってきている。 それに半四郎は、城将である奥平信昌が、わずか21歳の若さで、老熟の武将にも およばぬ指揮ぶりを見せるのに、すっかり、見とれてしまった。 (おれは、この殿が大好きに・・・) なってしまったのである。 (これで、於蝶どのでも武田勢の中にいるというのなら、内と外とで連絡をつけ、 おもうぞんぶんに忍びばたらきをしてくれるのだが・・・) と、半四郎はおもう。 (なれど、於蝶どのは、もう、この世の人ではない、と思ってよいのだ) 井笠半四郎は、 (よし。今夜、おれは、この城を脱け出そう) と、考えはじめている。 このとき・・・。 「組頭以上の者はすべてあつまれ」 との命令が来た。 奥平信昌の命令なのである。 「何事かな?」 鳥居強右衛門が腰をあげて、 「半四郎。いっしょに来てくれ」といった。 信昌は、なにをいい出そうとしているのか・・・。 「だれか、おれの手紙を、岡崎に在る父上へ・・・そして徳川殿へ、とどけて くれる者はないか」 奥平信昌の、血がにじみ出るような声が頭上できこえた。 (あ・・・?) 半四郎は、あわてた。 何故、強右衛門が突然に立ちあがったのか、とっさには半四郎もわからなかった。 意外な男が、名乗り出たものではある。 すっかり、百姓姿になった鳥居強右衛門が、 「では、行ってまいります」 と、信昌の前へ両手をついた。 武士の姿よりも、このほうがむしろ、強右衛門にはぴったりと似合っている。 「では、これにて・・・」 奥平信昌に一礼するや、強右衛門は、不浄口の穴のふちから下へ たらした綱へ手をかけ、巨体を穴の中へ沈めて行った。 そのころ・・・。 長篠城内から、井笠半四郎の姿が消えていた。 (先ず、雁峰峠へ・・・) であった。 首尾よく城をぬけ出したとき、鳥居強右衛門は雁峰峠へのぼり、烽火を 打上げることになっている。 (いまごろは強右衛門どの、うまく川から這いあがったかな?) そうおもうと、井笠半四郎は、 (矢も楯もたまらなく・・・) なってきた。 半四郎も雁峰峠へ登る途中で、烽火があがるのを見た。 (やったな、強右衛門どの・・・) とにかく、一時も早く、強右衛門の姿を見たかった。 半四郎は、鳥居強右衛門が徳川方の前線へ飛びこんだのを見て、 (ほう・・・とうとう、やってのけたな。えらいものだ) 今朝からの強右衛門の奮闘が、めでたくむくいられたことをよろこんだ。 (さて・・・これから、おれはどうしたらよいのだ) 苦笑が、うかんだ。 半四郎は<忍びの世界>の孤児になってしまっている。 (於蝶どのでも生きていてくれれば、また別のことだが、いまのおれには、 織田も武田もなくなってしまった。このいのちを投げ打ち、忍びの術をかたむけ つくしてはたらき、闘うべき目的を、おれはうしなってしまったようだ) なのである。 このとき、山の下の牧原村にある番所に、於蝶がいたことを半四郎はまったく知らない。 (ねむろう。明日は明日のことだ) 両眼をとじると、井笠半四郎は、たちまちに、深いねむりに入って行った。 鳥居強右衛門は、ようやく、牧原の村に近いところまで引き返して来ていた。 強右衛門は緊張していた。 武田勢の警戒が、意外にきびしくなっていたからである。 (や・・・?) 音もなく起きあがり、半四郎は彼方の杉木立の中へ消えて行く大男の後姿を見た。 (強右衛門どのではないか・・・) 引き返して来たのだと知って、半四郎はおどろいた。 強右衛門の強壮な体力と胆力とに、である。 われ知らず半四郎は、立ちあがっていた。 (よし。こうなれば、どこまでも強右衛門どののちからになってやろう) とっさに、決心をした。 ななめ後方の夕闇の中から走り出した人影が、ものもいわずに半四郎めがけて 切りつけてきた。 (武田忍びだ・・・) 攻撃の仕方で、それとわかった。 合わせて4人、武田方の忍びを倒した半四郎の呼吸が、わずかに荒い。 しばらく、あたりの気配をうかがっていた半四郎が、脇差を鞘におさめ、 歩き出そうとしたとき、 「待ちやれ」 どこからか、声がかかった。 はっと、半四郎が身を伏せた。 「なつかしや、半どの・・・」 それは、まぎれもなく、杉谷忍びの於蝶の声だったのである。 「半どの・・・」 あえぐようにいい、於蝶のふとやかな双腕が、半四郎のくびすじを巻きしめてきた。 「生きていてくれて、うれしい」 「おれも、だ・・・」 「ああ。まるで、夢を見ているような・・・」 たっぷりと濡れた於蝶のくちびるが、半四郎の口をおおった。 (もう、これまでだ) と、鳥居強右衛門の身を守ることを、半四郎はあきらめた。 それから、しばらくのちになって・・・。 於蝶と井笠半四郎は山を下り、荒原の村外れの小川で水浴びをしていた。 島の道半が、地の底からにじみ出たように小川の岸へあらわれたのは、 このときである。 道半は、こういった。 「於蝶どの。峠で烽火をあげた奥平の武士が、いま捕えられまいたぞ」 道半の声に、井笠半四郎は、 (しまった・・・) と、おもった。 天正3年5月17日である。 鳥居強右衛門が、十余名の武田兵にかこまれてあらわれたのは、二つの川の合流点より、 すこし寒狭川へ寄った河原であった。 「織田・徳川を合わせて四万の大軍、すでに岡崎を発し、こなたへ進みござある。 早まって城を開けわたしてはなりませぬぞ」 よどみもなく、一気にいってのけたのである。 蹴られ、殴られて河原をころげまわる強右衛門の、このありさまを陣地の一隅にいて、 於蝶も半四郎も見ていた。 半四郎は瞠目していた。 強右衛門が、よもや、ここまでやるとはおもってもいなかった。 武田勝頼の命令のままを、城内へつたえることを強右衛門が承知した、と、 半四郎も於蝶もきいていたのである。 「あのような男が、奥平の家来の中にいたとは、なあ・・・」 と、於蝶がささやいてきた。 武田勝頼も、さすがに激怒し、 「すぐさま、はりつけにせよ」 と、命じ、強右衛門の顔を見ようともせず、本陣へ引きあげてしまった。 鳥居強右衛門が、処刑された翌日の5月18日の朝になって・・・。 織田・徳川の聨合軍が、姿をあらわした。 鉄砲と柵と濠・・・。 この三つに、勇猛をほこる武田軍が、完全に打ちのめされた。 於蝶と半四郎と道半は、雁峰峠の峰つづきの山から戦場を見下ろし、声もなかった。 「これは、どうしたことじゃ?」 於蝶が、たまりかねて、 「あれほどの鉄砲が、あったとは・・・」 「うむ。姉川のときや、小谷攻めのときとは、まったくちがう。戦さの仕方がちがう」 と、半四郎も興奮をおさえきれぬ様子だ。 「くやしい、くやしゅうてならぬ」 於蝶は、歯がみをした。 彼方の織田信長への怒りと復讐の執念は、尚も激しく強くなっていったようである。 天正9年(西暦1581年)の年が明けた。 長篠の戦争がおこなわれてより、6年の歳月がすぎ去ったことになる。 そして、姉川の戦争から11年を経ていた。 2年前に別れたきり、半四郎は於蝶に会っていない。 安土城へ移った年の春に、信長があれほど恐れていた越後の勇将・上杉謙信が 急死してしまったのだ。 上杉謙信は、享年49歳であった。 於蝶は若いころに、上杉謙信のもとではたらいていたことがある。杉谷忍びを 謙信がやとったからだ。 それだけに、謙信が信玄のかわりに出馬して来て、信長の背後から襲いかかって くれることを、熱望していたのである。 その期待も水泡に帰した。 上杉謙信の急死は、反織田信長派にとって大打撃となった。 <<三>> | あわただしく、天正9年という年も暮れ、新しい年が来た。 天正10年(西暦1582年)というこの年が、どのような年になったか・・・。 この年は、まさに魔の年となるのであるが、いまはだれも、そのことに気づいてはいなかった。 於蝶はいま、武田の忍びたち十余名と共に、伊那谷の高遠城へ入っている。 いまは於蝶も、武田軍が勝利をおさめることなど、夢にも見ていない。 おそらく、武田軍の運命は決定的なものといってよいだろう。 於蝶にとっては、武田家にも武田勝頼にも、別に愛着はない。 信長を討つために、武田軍へ参加して来たにすぎないのである。 織田軍は5万余。 これに対して城にたてこもる武田勢は約5千。 10倍の兵力をもつ敵の城攻めを、迎え撃とうというのである。 於蝶の胸に、突然、或る決心が生まれたのは、実にこのときであった。 (そうだ!!) と於蝶は、そのことをおもいついたとき、むしろ、 (何故に、このことを早く気づかなんだのか・・・) そうおもったほどだった。 (織田信長を討ち取ることのみを考えていたが、こうなれば、なにも信長を 討たずともよい) そのかわりに、いま眼前に本陣を押しすすめて来た岐阜中将・織田信忠を討てばよい。 信忠は、信長の長男である。 しかも、父・信長が次代を託すに足る息子なのである。 於蝶の体が、火のように熱くなってきた。 (さて・・・それなら、織田信忠を襲うのに、どうしたらよいか?) やはりこれは、今夜のうちに城をぬけ出し、信忠の本陣へ潜入するよりほかに 道はない、と於蝶はおもいきわめた。 信忠が夢からさめたのは、このときである。 そこは、5坪ほどの板敷きの寝所であった。 熊の皮を敷き、その上に夜具をのべ、信忠はねむっていた。 結び燈台の淡い光が、闇を灰色にしていた。 寝所の内に、何か霧がたちこめているような感じであった。 寝所の外部の通路(兼)溜りに、ねむっている家来たちのいびきが、信忠の耳へ 入ってきた。 (・・・・?) 何か、妙だ・・・と、信忠はおもった。 仰向いたままの姿勢で、わざと、信忠は寝息をたててみた。 (だれか、この中にいる・・・) まさに・・・。 このとき於蝶は、寝所の内へ潜入していたのである。 まくらもとの結び燈台の光が、仰向いてねむっている信忠の顔を闇の中に 浮きあがらせていた。 その端正な横顔を、於蝶は凝視した。 はじめて見る信忠の顔であった。 ここから一気に、於蝶は信忠へ襲いかかるつもりだったのが・・・。 おもわず、見とれて、 (信忠とは、このような・・・) 於蝶が、おもわず呼吸をゆるませた。 呼吸をゆるめた於蝶の体から、急に、濃い体臭がただよいはじめた。 汗と女のあぶらが、一度に匂いたった。 「女。おれを討とうてか?」 切りつけるようにいった。 低い声であったが、さすがの於蝶が、ぎょっと腰を浮かせて、 「う・・・・」 飛苦無を投げ撃つことも、脇差で切りつけることもかなわず、体をすくめて しまった。 「女、ようも此処まで入りこめたな」 いいつつ、信忠が半身を起した。 「さわぐな、よ」 信忠の顔に、微笑が浮いていた。 信忠が、立ちあがった。 ひたと、於蝶の眼を見入りつつ、しずかに、すこしずつ、近寄って来る。 「あ・・・・」 於蝶の両ひざが、がっくりと板敷きへ落ちた。 信忠の手が肩へかかったとき、於蝶が脇差を手ばなした。 信忠の顔が近づき、於蝶の頬にふれたとき、 「ああ・・・」 於蝶は両眼をとじ、ためいきを吐いた。 夜が明けたとき・・・。 織田信忠の寝所から、於蝶の姿は消えていた。 高遠城・総攻撃の時刻は、この朝の卯の刻(午前6時)と決定されている。 山峡に、朝霧がたちこめている。 やがて・・・。 信忠の本陣から、総攻撃開始を告げる法螺貝が、高々とひびきわたった。 高遠城は勇敢に戦いつづけている。 「昼までは保つまい」 などといっていた信忠だが、それどころではなくなってきた。 すでに、午後となっている。 信忠の形相が、ついに変わってきはじめた。 「出るぞ!!」 凛然と、いいはなった。 大手口を攻めかけていた滝川左近将監一益が、あわてて、馬をあおって駆け寄り、 「中将様。ここは、それがしに、おまかせあれ」 というのへ、信忠は笑って見せ、一益を叱りつけることなく、 「左近将監。ともに戦おう。なんとしても日暮れまでには落とすのじゃ」 と、こたえた。 こうしたところが、父・信長とちがう。 信長であったなら、滝川一益は顔があげられぬほどに罵倒されたにちがいない。 さて・・・。 高遠城は、ついに、この日のうちに落ちた。 夜の闇が、伊那の山峡の盆地を包んだとき、戦闘の響みは熄んだ。 於蝶は、両軍の激闘を見物していた。 高遠城の、東面にそびえる月蔵山の山腹の杉の大木の上から、見物していたのである。 (ああ・・・) 武田軍の敗北が決定的なものとなったとき、於蝶は何度も、ためいきを吐いた。 (なんということだ。わたしは、いつも、負け戦さの見物ばかりしているではないか・・・) そして昨夜は・・・。 はじめて男のいざないにまかせ、おもいもかけなかった愛欲の世界を、のぞき見たのである。 (中将・信忠とは、あのような男であったのか・・・) やるせなくて、たまらなくなってくる。 たんねんな愛撫を終えたのちに、信忠はみずから、ぬぎすててあった於蝶の男装を 肌につけてくれ、 「逃げよ」 と、いったものだ。 あのように美しく、やさしい顔をしていながら、みずから陣頭に立って、高遠城へ押し つめたときの猛勇のすさまじさに、於蝶は、 (なんという、お人か・・・) 新たなおもいに、胸があつくなってきたのである。 その夜。 信州・伊那郡・浪合の村は、街道一里にわたって、織田信長本陣の篝火にうめつくされていた。 明智日向守光秀の部隊も、信長と共に浪合へ到着をしている。 井笠半四郎は、明智部隊の長柄組の一員として、浪合の村外れの南方、御所平に近い 草原へ野営していた。 四方に山がせまってい、夜空がせまく感じられる。 このあたりは、半四郎にとって、おもい出がふかいところだ。 (あのときから、もう9年という歳月がすぎてしまったのか・・・) なかなかに、ねむれなかった。 半四郎は草原をぬけ、山道へ出て見た。 彼方の浪合の村の空が、篝火で赤く染まっている。 (もう、いかぬな。武田家は、ほろびた。於蝶も行方知れずとなってしまった。 おれは、何をしたらいいのか・・・) 虚脱したかのように立ちつくしている半四郎の傍へ、近づいて来た武士がある。 「半十郎ではないか」 声をかけてきた、その武士は、明智家軍の<使番>をつとめる林彦蔵であった。 「こたびは、間もなく坂本へ帰れよう」 と、彦蔵が親しげに語りかけてきた。 半四郎が明智家へ奉公することができたのも、彦蔵の口ぞえがあったからだし、 彦蔵は妹るいを、半四郎の嫁にするつもりに、ほとんどなっている。 彦蔵は<使番>という役目柄、他の家来たちの耳へ入らぬようなことにも、 (通じているらしい) と、半四郎はみてとった。 (この上、おれが林彦蔵を利用し、明智家へ深く喰いこんでみたところで、 どうなるものでもないではないか・・・) 半四郎は、うつろな気もちになってくるのを、どうしようもなかった。 暗く、重い闇の中に、横たわっている半四郎が、急に、ぎょっとなった。 自分のあたまのあたりに、人の気配を感じたからである。 はっと、半身を起こしかけた井笠半四郎の耳へ、 「うごくな」 と、声がかかった。 (あっ・・・) その声には、ききおぼえがある。 「うごくなよ」 もう一度、声がかかった。 まぎれもなかった。甲賀頭領で、以前は、半四郎がつかえていた伴太郎左衛門の、 声なのであった。 「半四郎よ」 「は・・・」 「わしのもとを、なぜに、はなれた。わしは、お前を、まことの弟のごとく おもうていたのに・・・」 太郎左衛門の声には、親情がこもっている。 仰向いたままの半四郎の両眼にふつふつと泪がふきこぼれてきた。 「半四郎・・・」 「と、頭領さま・・・」 ついに半四郎がこたえてしまった。 「よし、よし・・・」 やさしげな声と共に、太郎左衛門の両手が半四郎の肩をつかみ、引き起こした。 あの、姉川の戦争の後に、伊吹山の森の中の小屋で会ってより、12年ぶりに 見る<頭領さま>だったのである。 太郎左衛門の両腕に抱きかかえられ、井笠半四郎はむせび泣いた。 「私を・・・私の首を、打ち落として下され、頭領さま」 と、半四郎がいった。 太郎左衛門のこたえはない。 そのかわり、半四郎の肩を抱いた<頭領さま>の腕に、ちからが加わってきた。 それからしばらくの間、二人は木立の闇の中で語り合っていたようだ。 翌朝。 織田の本軍が浪合を出発したとき、井笠半四郎は、これまでと同じように 明智隊の長柄組の一員として、軍列に加わっていた。 天正10年(西暦1582年)6月1日の朝が来た。 すでに、織田信長は京都の本能寺へ入っていた。 このときにいたって光秀は、まだ、謀反の大事を、おのが胸ひとつに しまいこんでいる。 明智軍は、6月1日の深夜の闇の中を、粛々として老の坂へ向かった。 老の坂をこえれば、京都まで5里余りである。 進軍の速度が、これまでとはがらりと変わった。 中国すじへの道を行くなら、沓掛を出て半里ほど行き、右へ切れこむべき なのに、全軍は東へ直進した。 (これは、おかしい・・・?) 井笠半四郎は、胸がさわいできた。 林彦蔵も、半四郎をかえり見て、妙な顔つきになっている。 京都市中へ突入したとき、明智光秀は、はじめて、 「敵は、本能寺にあり」 と、号令を発した。 井笠半四郎は、この号令をきいて、愕然となった。 (こ、これは・・・いったい、どうしたことなのだ?) である。 (頭領さまは・・・伴太郎左衛門さまは、いま、本能寺の信長公の傍に おられるのだろうか・・・?) そのことのみが、半四郎の脳裡にうかんでいる。 信長は、したたかに酔って、寝所へ入ったので、熟睡しきっていた。 だが・・・。 (や・・・・?) 甲賀の頭領・伴太郎左衛門はこのとき、何やら異様な気配を感じて、目をさました。 庭へ出てみて、太郎左衛門の不安が、層倍のものとなった。 (闇が、押して来る・・・) と、感じたのである。 「何事じゃ?」 「明智日向守が謀反でござります」 ほとばしるようにいって、太郎左衛門は、あとのことばがつづかず、がっくりと くびを折った。 信長の、こたえはなかった。 ややあって・・・。 「日向守が・・・」 むしろ、茫然としたつぶやきが、信長の口からもれた。 「あやつが・・・謀反を・・・」 「も、申しわけもござりませぬ。私としたことが・・・」 信長の声が、がらりと変わった。 「これまでのことよ」 と、あまりにも、いさぎよいのである。 「太郎左。あれほどまでに、わしの身をまもりくれたのが、いまここで、 すべて水泡に帰した・・・と、おもうているのであろう」 信長が、笑顔でいった。 すさまじい笑顔である。 一瞬のうちに織田信長は、死出の旅へ、いささかも迷うことなく駆けこむ 決意をかたむけたのだ。 「太郎左。奥殿へ火をかけよ」 と、信長が命じた。 これは、奥殿へ火をはなち、その中へ飛びこんで自決し、わが首を、 (敵にはわたさぬ!!) ためのものである。 信長ときに、49歳であった。 伴太郎左衛門にとって、ここへ近づく明智勢を、信長が自害するまでの間、 (ふせぎ切らねばならぬ) ことが、最後の奉公となったわけだ。 (上様・・・御供、つかまつる・・・) 顔も体も炎に抱きすくめられ、信長と同じように焼けただれて行きながら、 伴太郎左衛門、ついに、伏し倒れた。 いまは、本能寺全体が、炎をふきあげている。 「まだか・・・信長の首は、まだか、まだか!!」 明智光秀は、本能寺の森の一角に本陣を置き、天を焦がす火焔をにらみすえ、 焦燥しきっていたのである。 毛利輝元へあてた自筆の密書を、明智光秀は、すでに用意してある。 「林彦蔵を、これへ・・・」 と、光秀はいった。 「彦蔵、この書状を毛利方へとどけよ」 彦蔵は、半四郎にも告げずに中国へ急行したわけだが、井笠半四郎は、すべてを 目撃していたのである。 (さて・・・?) 自分は、どうしたらよいか、であった。 いうまでもない。 林彦蔵の手から光秀の密書をうばい取り、この大異変をいち早く毛利方へ 知られることを、ふせがねばならぬ。 (よし!!) すぐさま決意するや、半四郎は本陣から脱出した。 (頭領さま。見ていて下され) 明智光秀は、本能寺の大屋根が焼け落ちるのと同時に、 「妙覚寺の岐阜中将を逃すな!!」 の、命令を発した。 雨が、ふりしきっている。 濁りをおびた川水が岸辺へあふれんばかりに渦を巻くようにしてながれていた。 井笠半四郎は<墨流し>で頭部から顔をおおい、川の西岸の深い草むらに身を伏せていた。 そこは、備前、岡山城下の北方約二里ほどのところにある下牧という村の外れで、 旭川に沿った山間であった。 井笠半四郎は、旭川へさしかかる手前で、林彦蔵を追いぬき、一足先に濁流を 泳ぎわたって対岸へ着いた。 そして、いま、半四郎は、後から川をわたって来る彦蔵を待ちかまえている。 いまの半四郎の脳裡には、彦蔵夫婦や彦蔵の妹・おるいのことも、おもい浮かばなかった。 ただ一つ。 甲賀・伴忍びの頭領、伴太郎左衛門のためにはたらこうという一念に凝っていた。 白い雨の幕が、灰色に変わり、それが<ねずみ色>に転じつつあった。 夕闇が、雨天の助けを得て、夜の闇へ変わることを急いでいた。 (来た・・・) 草むらの間から対岸を見つめていた半四郎が、脇差をぬきはらった。 彦蔵は、懐中から明智光秀の密書を取り出した。 これを、彦蔵は口にくわえ、しずかに旭川の濁流へ身を移して行った。 (雨が、さいわいだったな) 彦蔵は、自信と余裕を抱きはじめている。 ゆっくりと、あくまでもしずかに、彦蔵は濁流を泳ぎわたって行った。 そして、対岸へ着いた。 岸辺の草むらの中へ這いあがり、林彦蔵が口にくわえた密書の皮袋を左手にとった。 実に、その瞬間であった。 草がさわいだ。 草むらが鳴った。 「あっ・・・」 林彦蔵が身をひねってかわそうとしたが、かわしきれなかった。 躍りあがりざまに半四郎は、密書の皮袋をつかんでいた彦蔵の左腕へ脇差を 叩きつけた。 ぴゅっ・・・と、血が疾った。 彦蔵の左腕は皮袋をつかんだまま、肘のあたりからみごとに切断され、草むらの どこかへ落ちた。 そのとき井笠半四郎は、草の茂みに落ちた密書の<皮袋>を見つけ、左手に つかみ取っていた。 むろん彦蔵は、この恐るべき敵が、井笠半四郎であることなど、おもっても見なかった。 半四郎の顔面は、<墨流し>によって完全にかくされてい、その五体のうごきは、 彦蔵が知っている半四郎の印象とはまったく別のものであった。 「待て・・・ま、待てい!!」 無我夢中で、狂乱のように刃をふりかざして突きすすむ彦蔵の姿が、急に見えなくなった。 足をすべらし、川面から一間ほど高い淵から、旭川へ落ちこんだのである。 その音も、雨と川のながれに消されてしまっている。 激しい雨をついて、半四郎は走り出した。 そして・・・。 井笠半四郎が、高松城を包囲している羽柴軍の陣営へ駆けこみ、蛙ヶ鼻にある 羽柴秀吉の本陣へ連行されたのは、この日の夜になってからであった。 そのときから、ちょうど一年がすぎた。 井笠半四郎は、いま、京都の五条富小路の<銭屋>の主人におさまっている。 半四郎が、このような商人になったのは、一年前のあの夜、羽柴秀吉がくれた 金銀があったからだ。 ところで・・・。 この一年の間に起こったさまざまな出来事は、本能寺襲撃を知ったときの おどろきよりも、半四郎にとっては、 (おもいおよばぬこと) だったといえる。 それは、衝撃というよりも、むしろ茫然たるおもいにとらわれざるを得ない 性質のものだ。 なんと光秀は、6月2日の未明に織田信長を討ちとり、早くも13日には <敗軍の将>となり、わずか数名の家臣にまもられて逃走し、その13日の 暗夜、小栗栖の竹薮の道で、名もなき土民たちに襲われ、土民の竹槍に 腹を突き刺されて逃走をあきらめ、家臣に介錯をさせ、自決をとげてしまった。 天下人をのぞむ明智光秀の栄光は、10日にみたなかったのである。 それにしても、中国から引き返して来た羽柴秀吉の反撃は目ざましいというよりも、 破天荒の猛威を秘めていた。 この一年の間に、半四郎の<忍びの血>は、すっかり冷えてしまったようだ。 いま、半四郎には、二人の家族がいる。 妻と妻の兄だ。妻の兄は、左腕がない。 そして痩せおとろえ、ほとんど、病床に横たわっている。 細い道を八坂ノ塔の方へ歩みはじめた半四郎の名を呼ぶ声が、どこかできこえた。 それは、まぎれもない女の声であった。 「半どの。こちらじゃ」 右側の古びた寺の土塀の上に、女がひとり屈みこんで、下の道で振り仰いだ 井笠半四郎に笑いかけている。 「あっ。於蝶」 「久しいのう、半どの」 町の女房のような扮装で、於蝶は、いたずらっぽい眼を光らせ、相変わらずに 豊満な体つきをしてい、とても40をこえた女には見えぬ。 人も通らぬ小道の上と下とで、二人は、しばらくの間、たがいの顔を凝っと 見合っていた。 ややあって、於蝶が、 「その姿は?」 「見たとおりだ。いまのおれは、もはや忍びではない」 「わたしも・・・」 「ほう。いま、どこにいる?」 「甲賀の杉谷の隠れ屋敷に。相も変わらず、島の道半と暮らしている」 「道半どのは、お達者か」 「あい、あい。二人して、かわるがわる、京や堺をまわり、見物して歩くのが、 いまはたのしみとなった」 半四郎は、あのとき、自分が最後の<忍びばたらき>をしたことを、於蝶に 語ろうとはしなかった。 「ここで、半どのを見かけようとは、おもわなんだ。どうじゃ、半どの。 わたしといっしょに、杉谷の里へ来ぬかえ?」 さそいをかけた於蝶の双眸は、以前のような妖しいこ惑をたたえ、半四郎へ 迫ってきたが、半四郎は、しずかにかぶりをふったのみである。 「のう、半どの、われらのしてきたことは、いずれもみな、空しいものであったな」 「そうともいえる・・・が、そうともいいきれまい」 「うむ」 うなずいて、於蝶が、こういった。 「最後の、わたしの忍びばたらきを半どのにきかせよう。小栗栖の竹薮に 明智光秀を待ちうけ、竹槍で光秀の腹を突き通したのは、このわたしじゃ。 中将・織田信忠さまの敵を討ったのじゃ」 転瞬、於蝶の体は宙に一回転して、寺の土塀の向こうへ消えた。 「半どの。さらば・・・」 という声がきこえ、それから、あたりは夏の真昼の静けさにもどった。 いままで、於蝶が屈みこんでいた土塀のあたりに、黒い蝶が一羽、はらはらと たゆたっている。 |