忍者丹波大介
さよならの潮騒

忍者丹波大介



<<弟一部>>
石田三成の筆頭家老・島左近勝猛が、
(内府<家康>の首は、いまのうちに掻いておくべくだ)
独断で決意をしたのは、慶長4年(1599)1月8日の夜であった。
「夕刻、伏見の殿より使者が到着した。明夜、内府は伏見を発ち、大坂へ向われるそうな」
と、柴山半蔵を凝視した。
「は・・・」
半蔵の眠たげな眼が、左近を見上げ、
「小五郎を、よび寄せましょうや?」
打てばひびくように、きき返した。
さすがに、左近が片腕ともたのむ柴山半蔵である。
声もなく空気のように、部屋の中へ流れこんで来たこの男は、岩根小五郎といい、卓抜の 技量をもつ甲賀忍者であった。
「家康の命を絶ってくれい」
すると、いさささの躊躇もなく、岩根小五郎は一礼し、命をうけて廊下の闇へ のまれ去った。
島左近の決断は、あまりにも重大すぎた。
「無謀かと見えようが・・・・今ならよい。内府はどこまでも内府であり、天下 びとではないのだからな」
病根には劇薬もよいとつぶやき、島左近は柴山半蔵に「退ってやすめ」と、いった。

 島左近さしつかわしたる忍びの者の、明夜、ござ船へ夜討ちあり。
 こころつけられ候えかし。

柴山半蔵は、徳川家の老臣・本多正信が島左近のもとへ潜入させておいた間者なのだ。

竹の幹が交差する向こうに、細い道が白く見えた。
一気に、於志津がそこへ走り出そうとしたときであった。
林のどこかの、ななめ上方から落ちて来た棍棒が於志津の足にからんだ。
声もなく、於志津は転倒した。
「お婆は、この女に何の用事があるのかな・・・」
つぶやいて、この男ー忍者の丹波大介は、しずかにかがみ、於志津の胸もとへ 手をさし入れた。
「密書らしいものも、ないようだが・・・」

於志津は[三河屋敷]内の本多佐渡守正信の居館に臥していた。
口中の傷は、まだ癒えていないが、
(なれど・・・内府さまが御無事で、ほんに、よかったことー)
「お前をかどわかして、どこかへ売り飛ばすつもりだったのだが・・・おりゃ、 どうも気の毒になってなあ。だから助けてやろう」
と、大介はいった。於志津も、この言葉を信じて疑わなかった。
於志津は、生まれた年の、すなわち天正11年の秋も暮れようとする或夜に、 本多正信邸門前へ[捨子]にされた。
於志津は生みの母も知らず、父も知らない。
わが誕生の日も知らず、しかも聴唖の身である。

丹波大介の忍びの術は、父から伝えられたものである。
父の柏木甚十郎は、近江国甲賀郡・柏木郷に生まれた生えぬきの [甲賀忍者]であった。
「お前は、柏木の姓を名乗らぬほうがよいなーそうじゃ、この里の名、丹波を 姓にしたがよい」
と、命じた。
甚十郎は死にのぞみ、17歳の大介へ、甲賀の姉にあてた手紙をしたため、
「長寿の筈じゃ。生きておれば、お前の術に磨きをかけてくれよう」
大介にあたえた。
5年の間、この伯母から種々な術を仕込まれたのち、
「頭領さまの命によって、今日よりは信濃の真田家ではたらくことになった」
と、笹江は大介にいった。
その時から、4年の歳月が流れている。

「大介ー」
と、ほとんど抑揚のない声で、山中俊房がいった。
「おぬしに、佐和山へ行ってもらわねばならぬ」
「佐和山へ・・・?」
「いかにもー」
「それは、真田家からの依頼あってのことでございますか?」
俊房は、黙っていた。
(ふむ・・・)
その夜ーお婆が手づくりの粟粥を腹いっぱい詰めこみ、炉端で眠りに 入りかけながらも、大介は、
(こりゃ、何かある。おれたちが佐和山へ行くことについて、頭領の 胸の中には誰も知らぬ何かが隠されているようだ)
と、思いはじめていた。

(もう、いつでもよいのだが・・・)
屋根に寝て星も消えた空をながめながら、大介は、ためらっていた。
(だがな・・・)
と、まだ大介はぐずぐずしていた。
(おれは、幸村に借りがある)
その幸村を、大介が先頭にたち暗殺しようとしている。
(どうも、いかぬ・・・)
大介は頭を抱えた。
「われら甲賀忍びは他の忍びとは違うぞ、このことをよう覚えておけい」
と、亡父から大介は教えられた。
昨日まで、その下にやとわれていた真田本家の若殿を殺せ、と頭領が命じた。
「何をしている」
傍へ来た伊賀者の唇がうごく。
「む!」
気合と共に、丹波大介の体が宙に舞い上がった。
伊賀者は大介へ一刀を浴びせると同時に、左手につかんだ火薬玉を縦横に 投げ飛ばした。
(お婆、孫爺。おりゃ、とうとうやってしまった・・・)
甲賀を裏切った自分を、厭でも認識せざるを得なかったのである。

頭領の変節はかまわぬが、何一つきかされずに配下の忍びは右に左に うごかされ、そのためには全く人の心を無視した機械になりきって しまわねばならぬ。これでまた徳川の旗色が悪くなれば、山中俊房も それに応じて変節することであろう。
(それが、いまの忍びの仕様なのなら、おれはごめんだ)
頭領と部下の間に熱い血が通い合っていたころの甲賀忍びは、すでにほろびた。
(父上。私はまだ父上と同じような忍びでおります。安心して下されい)
大介の全身に血が沸きたってきた。
<<弟二部>>
「信濃の春を見に来い、昼寝をしにやって来い」
といった幸村の声が、晩春の夜空の彼方から大介に呼びかけてくるかのように 思えた。
その夜、丹波大介は佐和山を出発した。

その日も、朝のうちから、
「大殿の御召しー」
と、丹波大介へ声がかかった。
(またか・・・)
二の丸の宿所にいた大介が、うんざりした顔つきになり、本丸の居館へ 出向いて行くと、
「おう来たか。これへ、これへ・・・」
大殿の真田昌幸は、早くも碁盤を前にして、
「あまり待たせるな」
と、いう。
「恐れ入りました」
げんなりと、大介は碁石をつまんだ。
大介が、信州・上田の城へ来たのは、去年の5月であった。
いまは年が明けて慶長5年の1月も末であるから、およそ8ヶ月を、 この真田の居城ですごしたことになる。
真田幸村は、こころよく大介を迎えてくれ、
「好きなことをして遊んでおれ。厭になったら、いつにても去れ」
こういって、父の真田昌幸にもひき合わせてくれた。
このとき、真田昌幸は54歳。
「信玄亡きのち、恐るべきは真田昌幸じゃ」
と、徳川家康を畏怖させている人物だとは、到底、思えなかった。
「大介。さだめし退屈であろう」
その日も、昌幸の相手をしていると、急に声がかかった。
「わしは、碁を打ちつつ、相手の心、わが心を読む。わしとお前の 心と心が碁盤の上へ、白黒の石の中へさまざまに映り、またあらわれる。 いや、ひっそりと隠れていることもある。こりゃ面白いぞ」
「ははあ・・・」

昌幸は隠れもなき武将でありながら、民政にも意をつくした。
「おらが国の殿さまは天下一だ」
これが領民の誇りであった。
丹波大介が、
(居心地がよいな)
ついつい足をとどめ、一年に近い歳月を上田に暮らしてしまったのも、
(これが、国というものの・・・)
理想的なかたちだ、と思いはじめたほどだ。

あの夜、三成と上杉の家老・直江兼継が碁盤と碁石で無言の会話を おこなった情景を、大介は、まざまざと思い起していた。
白と白の間にはさまれた一個の黒い碁石は、まさに徳川家康を指して いるのではないか・・・・。
二つの白い石は上杉と石田である。
上杉の挙兵をきいた徳川が、これを討伐するため奥州へ軍を進めるや、 背後から石田が起つ。
「うふ、ふふ・・・」
大介はふくみ笑いをやめない。
(ひとはたらき・・・だれのために・・・?)
すべては、これからの情勢の流れ一つにかかっているわけだが、
(それまでは、おれも真田の大殿のために・・・)
というのが、いつわらぬ大介のきもちであった。
とにかく面白い。

二つの勢力は、天下統一をめざして必然的に対決することになる。
慶長5年(1600)9月15日、ここに関ヶ原の大戦が繰り広げられた。
結果は東軍(徳川軍)の圧勝である。
於志津の死を岩根小五郎から告げられた後、それでも気をとり直して、ここまで来たが、
(この戦のために、なぜ、あの唖の少女が死なねればならなかったのか・・・)
それを思うと、家康の本陣へ一人で襲いかかる勇気もわいてこない。
大介は今までにない疲れが心身に重く垂れ込めているのを知った。
また降りだした雨の中を、大介は脱出にかかった。
山から山へ・・・。
どこを、どう走ったものか、それもおぼえていなかったし、時間の経過もしらぬ。
気がついたとき、大介は京にいた。

丹波大介が、信州・上田の城内へ潜入したのは、11月20日の夜ふけであった。
大介が、天井の一角から父子の寝所へ下りて来たのを見て、
「生きて戻ったか」
「さすがにの」
昌幸と幸村は、よろこびの声をあげた。
ややあって、嘆息と共に、昌幸が、
「お前は、生まれてはじめて、愛しきものを戦さ騒ぎのために失うたのじゃ。 これからは、戦さというものを見る目が変わってこよう」
「は・・・」
昌幸は、うなだれている大介をちらりと見たが、すぐに話題を変えた。
「さてさてーーこなたは何人もの、すぐれた大将を寄り集うて仕かけた戦じゃが・・・ なれど、ついに、一人の家康に負けてしもうた、と、いうてもよいな」
合議の力が独裁の力に敗北した、という意味であった。

真田昌幸と幸村が、高野山蟄居の身となり、上田を発したのは、この年の 12月13日であった。
大介は、護送の一行が去った反対の方向へ峠をくだり、下の諏訪の宿をぬけ、 諏訪の湖に沿った道を南へ進みはじめた。
夕暮れであった。
風はやみ、空に張りつめた灰色の雲の層が重くなっていた。
湖岸の雪の道の彼方から、旅の僧がやってきた。
すれ違いかけて、大介が瞠目し、
「おお・・・」
思わず声をあげると、笠を上げた旅僧が、
「や・・・生きてござったか」
旅僧は、伊丹十兵衛なのである。
互いに見合い、微笑をかわしただけで、二人は、もう充分であった。
「これから、どちらへ?」
大介の問いに、
「殿の・・・島左近様の行方を探したいと思う」
「大介殿。しかし、われらは負けていながら、心は満ち足りている。 いささかも悔ゆるところはない」
十兵衛は高く笑い、
「殿を見つけ出すことこそ、おれの生甲斐なのだ」
十兵衛は、雪がふりはじめた空を仰ぎ、
「いままで、だれにもいわなんだが・・・ むかし、妻に死なれ、残された赤子の始末に困り、これを捨てたこともある。 暗い、・・・暗い夜でな・・・大きな屋敷門の前に・・・おそらく、あれは 徳川の家臣のだれかの屋敷であったろうが・・・それを思うと、皮肉な気もする。 おれは、今度の戦さで徳川方と槍を交えたのだものな」
大介は、黙っていた。
十兵衛の顔を見つめ、目ばたきもしない。
「どうした?大介殿・・・妙なめつきで、おれを見て・・・」
「うむ・・・」
大介は悲痛に微笑をつくった。
「このままで、お別れいたそう」
「そ、そうか・・・」
背を見せて、十兵衛が歩み出した。
夕闇が濃くなるにつれ、雪は激しくなった。
伊丹十兵衛は、その雪の幕に溶けこもうとして振り向き、化石のように 立ちつくしている丹波大介へ、決別の手をあげて見せた。






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