京都経営

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♪さよならの潮騒♪

京都経営



観音寺城と、その支城を攻め落とした織田信長は、 これで近江の約半分をわが手につかみとったことになる。
しかも、この南近江は、岐阜から京都へ通じる関門というべき 重要な地帯である。
激戦につぐ激戦をにきたえぬかれた上杉や武田の軍団とは、
(まともに戦さしては、とてもかなうまい)
と、信長は考えている。
(わしが、名実ともに天下に号令するまでは、なんとしても 上杉や武田と戦さをしたくない)
これが、織田信長の痛切なねがいであった。

観音寺さま父子が、甲賀から伊賀へ逃れたので、いまは杉谷忍びも 活動する余地がない。
「当分は、息をころしておることじゃわえ」
と”ねずみのおばば”はいう。
いま、日本全国のうち、天下をつかみとるだけの武力と経済力を もっているのは、先ず3人と見てよい。
 一は、織田信長。
 ニは、武田信玄。
 三が、毛利元就である。
むろん、武力もすぐれていたが、毛利家は生野と石見に銀山をもっといる。
毛利家の”銀”に対して、織田と武田は”金”を多量につかんでいる。
「これからの大名は、金がなくては何もならぬ」
と、織田信長はいう。
「もはや・・・」
伊佐木は、しぶい笑いをもらし、
「上杉謙信公も、かすんでしもうたわえ」
於蝶は、不愉快であった。
金も銀も、あまりない上に、上杉謙信という大名は、京からもっとも 遠い(信長や信玄にくらべて)雪国が自分の本拠なのである。
(ああ、宇佐美定行さまは、いかがしておられよう・・・そして、 岡本小平太どのは・・・小平太どのは、まだ妻を迎えておらぬかしら?)
於蝶にとっては、春日山での生活が忘れきれない。
「なれど、於蝶よ」
と、伊佐木は自分のふところや、ひざの上にねむる数匹のねずみをゆび先で 愛撫しつつ、
「まだ、あきらめることはあるまい」
と、つぶやいた。
「おばばさま・・・?」
「信長も信玄も、それから毛利元就も、死んでしまえばまた世の中も 変わってこようわえ。まとまりかけた天下も、ふたたび乱れさわごうぞよ」
「はあ・・・?」
「生き残ったものが勝ちじゃ。わしはな、甲州にいて、どうも一つ、 気にかかることがあっての」
「それは・・・?」
「どうもな、武田信玄は病気もちらしいということよ」
「まことのことで?」
毛利元就は「天下をとろう」というよりも、自分の領国をきびしくまもりぬいて 行きたいというのが、本心らしい。
すると、織田信長と武田信玄が天下を争って、いずれは対決せねばなるまい。
「そこへ、うまく謙信公が割りこめたら、ちょとおもしろいがのう」

そのころ・・・。
突然に、善住房光雲が甲賀へ帰って来た。
於蝶は久しぶりで、善住房の大好きな”にらがゆ”を煮た。
「うまい、うまい」
と、熱いかゆを何杯もすすりこみつつ、
「於蝶。さびしそうじゃな」
善住房がいった。
「善住房さまも、何か、おさびしそう」
去年、織田信長の伊勢出陣を目がけ、得意の鉄砲をもって、信長を 暗殺すべく観音寺城を出発した善住房であったが、ついに目的を果たせなかった。
この夜、於蝶は善住房から京都のはなしを、いろいろときいた。

元亀元年の正月を迎えるや・・・。
「さて、また、ひとはたらきしてもらわねばならぬ」
杉谷信正が、自分の居間へ於蝶をよびよせ、
「近江の小谷城へ、な・・・」
小谷城は、織田信長の妹婿浅井長政の居城である。
於蝶の胸はおどった。
浅井長政夫人・お市の方の侍女となって、小谷城の様子をさぐると共に、 甲賀との連絡をたもつのが、今度の於蝶の役目だという。
お市は、信長の実妹である。
「それだけに、じゅうぶん気をつけるよう」
と、頭領さまはいった。
”頭領さま”との打ち合わせがすみ、伊佐木の住居へもどって、このことを 告げるや、
「いよいよじゃな」
伊佐木は双眸をかがやかせ、
「於蝶よ。こたびこそは、一緒にはたらけようぞ」
「おばばさまも、私と共に・・・?」
ここで”ねずみのおばば”は、浅井長政と織田信長の関係について、 くわしく於蝶に予備知識をあたえてくれた。
「間もなく、信長は越前の朝倉へ攻めかかるにちがいない」
と、伊佐木は断言した。

やがて・・・。
於蝶の姿は、杉谷屋敷から消えた。






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