戦  端

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♪さよならの潮騒♪

戦   端



三月に入るや、岐阜に残っていた織田の軍団に
「上洛せよ!」
の命令が下った。
「皇居の修理も終えたし、将軍家の居館も完成した。その祝いに、 織田軍の馬揃えを見せよう」
というのが、その軍団出動の理由であった。
すでに四月。
そして、祝儀の式典が開始されたのである。
馬揃えがおこなわれる。
能の興行もあった。
これには京都市民たちも自由に参加させた。
「さすがに派手好みの織田さまのなさることじゃ」
この最中に、少しずつ、目立たぬように織田の部隊が京都から出て行った。
たちまちに織田の軍勢は、西近江から若狭へ入り、途中の朝倉方の砦を 片端から攻め落し、怒涛のように越前の国へ殺到したのである。
織田信長は、馬上に叫んだ。
「一挙に一乗ヶ谷へ!」
一乗ヶ谷は、朝倉義景の本城であった。
この報は、小谷城の浅井長政の耳へ、いち早く飛びこんできた。

浅井長政は、
「もはや、これまで!」
と、決意してしまった。
浅井家は自分ひとりのものではない。
浅井長政は、ただちに出陣の命令を下した。
このとき、於蝶の密書をたずさえた甲賀の九市は、早くも上田権内邸を ぬけ出し、まっしぐらに杉谷信正のもとへ走っていた。
浅井軍進発と同時に、小谷は戦時体制に変わった。

信長の馬側に、軽武装の士が三名つきそっていた。
このうちの一人こそ山中忍びの孫八である。
「あっ・・・」
と、甲賀の孫八は叫び、
「御屋形さま。なにとぞ、御馬より御下りなされますよう」
孫八は、わめくようにいった。
「何!」
左腕を上げて手綱をさばきつつ、織田信長の顔色が引きしまった。
その瞬間であった。
下忍びの二人が、いきなり信長を抱えおろそうとし、同時に、
・・・・だあん・・・・だ、だあん・・・、
弾丸は、あり得べからざる僥倖によって、信長の腕を上げた一瞬に、 その腋下をすりぬけていったのである。
鉄砲をとっては無双の名手とよばれた杉谷善主房光雲の弾丸も、ついに 織田信長をほうむることができなかった。

そのころ・・・。
甲賀の杉谷屋敷をおとずれた一人の旅の武士があった。
杉谷屋敷では、忍び全員が出動していて、留守をまもるのは女房 たちばかりである。
「越後、上杉家の臣・宇佐美定行が手の者にて、池田平右衛門と申す」
と、旅の武士は名乗った。
「では、この書状を、お願い申す」
書状は二通あった。
一通は、杉谷信正にあてたもので、別の一通は伊佐木と於蝶へあててある。
自分と於蝶にあてられた宇佐美定行の書状を一読して、
「う、う・・・」
伊佐木はかすかに、うめき声を発した。
手紙を読み終えた於蝶の顔が灰色になった。
それは定行の遺書であり、中には、別封の池田平右衛門の手紙が そえられていたのである。
それによると定行は、一ヶ月ほど前に亡くなったらしい。

岐阜へ帰った織田信長が全力をあげて、浅井・朝倉攻略の軍をととのえて いることは、小谷城の浅井長政の耳へも次々にとどけられた。
信長は、先頃の越前出兵のときのように、進発を秘密にしてはいない。
堂々と攻めかけてくるつもりらしい。
竜ヶ鼻をかすめるようにして姉川がながれ、北近江の平野を横切って 約三里、これが琵琶湖へそそいでいる。
両軍の決戦は、この姉川のながれを中心にして、
(おこなわれるにちがいない)
と、於蝶は見きわめをつけていた。






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