<背景と目的>
タンザニア赴任前に「タンザニアの生徒は苦手である」と聞いていたので,それなりに覚悟をしてきたが、現実はそれ以上であった.
赴任1年目はForm1の数学を担当したが,平均点は常に50点以下でひどい時には30点と言う散々たるものであった.
最初は自分の指導方法が原因と考えたこともあったが,National Examinationについて見ても他の教科に比べて数学だけは特に悪いと言う結果があり,それは当校だけではなく国全体の問題であることがわかった.
そこで,その原因を調べるために以下の調査・試験
A.タンザニアと日本における基礎計算力比較
B.加減算の理解度向上指導方法検討
C.理解していないのは「公式・定義」それとも「数学の基礎」
D.理解していないのは「解法」それとも「問題の意味」(英語-スワヒリ語による正答率比較)
を行ったところ「彼らの勉強方法が良くない」事も然ることながら,教育現場およびシステムにおける問題点も浮き彫りになってきた.
今回,2年間の活動のまとめとして,それらの結果について解析し,Secondary Schoolにおける数学教育現場の実態を把握した上で「タンザニア教育省に対して数学レベルを上げるための提案」を示す事を目的とする.
<結論>
★現状の教育システムではこれ以上数学レベルが上がることは考えられない.
★タンザニアの国家の発展および数学教育レベルを上げるためには長期展望に立つ必要があり
・Primary Schoolのおける数学教育現場の改善および教師の意識改革
・Secondary Schoolにおける授業でのスワヒリ語の使用
を推進する必要がある.
<考察>
2.で示したそれぞれの提案についての背景を述べていく.
<Primary Schoolにおける数学教育現場の改善および教師の意識改革>
Secondary School(以下Secondaryと略す)Form1の数学の内容はPrimary School(以下Primaryと略す)においてスワヒリ語で習った事を再び英語で学ぶだけなので,当然ほとんどのことが理 解されていると思っていたが,前述の通りその予想は見事に裏切られた.
そこで,どうしてそうなったのか,またどうするべきなのかと言う事を検討するために,まずは現状の実力把握のために数学の基礎である加減乗除についての調査を行った.(調査A)
結果は乗除算に関しては正答率が90%以上とほぼ日本と同等であったが減算については72%で日本の88%に対して大きく劣っている事がわかった.加減乗除の混じった複雑な問題ならばこうした差が出るのはわかるが,たった2項の減算でここまで差が出るのは大きな問題では無かろうか?
次にその理解度を上げるために図を使って加減算の説明をしてみた.(調査B)
結果は,全体としては説明したクラスの方がしなかったクラスよりも点数が良くなったが,それでも日本のレベルに達することは出来ず,図を使う方法も効果があるが他の方法も検討する余地が
あると言う事がわかった.
ここで「加減算が出来なくても大きな問題にならないのでは?」と言う考えもあると思うが,実はこれがとても大きなかつ重要な問題なのである.それを証明するために行った調査Cについて見てみる.
そこでは,1次関数についての簡単な出題をしたが正答率は45%であった.
この数字だけを見ると「半数以上の生徒が1次関数について理解していない」と言う事になるのだが,誤答内容を見てみるとその半数以上が「1次関数については理解しているが加減算の計算ミ
スのために点数を失っている」事がわかった.
つまり,Form1で新しく習った事柄については理解しているにも関わらず,基礎である加減算が出来ていないために点数を失っているのである.
もしも彼等が計算ミスをしなければ正答率は75%まで上がるのである.
ここでは1次関数についてしか調べなかったが,これはForm2-6で習う内容に対しても同様の事が言えるのではなかろうか?
いくら先生が努力して新しい公式,定義を教え,生徒がそれを苦労して覚えても,それを展開するための計算が出来なければ結果としては0点にしかならないのである.
National Examinationの結果が悪いのもここが原因なのではなかろうか?
以上の結果をまとめると,Primaryで理解されていなくてはならない基礎である加減算や式の変形はSecondaryで数学を学んでいくためには避けては通れなく,かつ最も重要な内容にもかかわらず,彼らの理解度は低いと言うことがわかった.
実はSecondary Form1でもそれらを教えることになっているので,そこで再教育すれば良いと言う考えもあるのだが,実際は使用言語が英語になるのと,調査Bをした時にも感じたが内容が簡単に見えるせいか生徒に真剣味が足りなく大きな効果はなさそうで,やはり最初に習う機会であるPrimaryにおいてしっかりと教えていく事が最も効果的であると考える.
定規を使って指定した長さの線分が正しく描ける生徒が40%にしかならなかった事実(調査D後半)および基礎が出来ていなければ応用問題を解く事が出来ない事を考慮に入れると,やはり数学レベル向上のためにはPrimary数学教育現場の改善を至急進める必要があると言える.
また,先日行われたタンガ地区の数学教師会議の中で調査Aの結果を発表したところ,全員の先生が「生徒が出来ないのは加減算じゃなくて乗除算なんだよ」と失笑しながら言っていた事から,Secondaryの先生も現場を把握していないことがわかり,PrimaryおよびSecondary教師の意識改革の必要もあると言える.
<Secondary Schoolにおけるスワヒリ語の使用>
何回も述べているが生徒は数学が出来ない.
最初は解法がわかっていないと思っていたのだが,授業を進めていくうちに「授業や試験で使っている英語の意味がわかっていないのでは?」と疑問を持つようになった.
そこで実際にPrimaryで習う簡単な問題を英語とスワヒリ語で出題して正答率比較をしたところ(調査D),それぞれの言語における正答率は「英語/スワヒリ語=60%/90%」となり,数学が出来ない原因は解法を理解していないことも然ることながら,英語による出題内容自体を理解していない事も大きなそれである事がわかった.
また,生徒に定義を聞いても英語では答えられるがスワヒリ語では答えられないと言う事実もある.
つまり,英文を文章としてではなくアルファベットの並びとして覚えているだけであり肝心な内容を全く理解していないという弊害が生まれているのである.
確かにこうすればNational Examinationのような筆記問題でも点数が取れ良い成績を収めることが出来る.
今の英語によるNational Examinationはそれぞれの教科の理解度ではなく,如何にアルファベットの並びを記憶しているかを評価している可能性があるのではなかろうか?
また,数学の成績が悪いのはその方法が通用しないからなのではなかろうか?
実験的に行ったスワヒリ語による授業での生徒の反応,同僚の先生の考え,及び前述のような弊害から,授業や試験でスワヒリ語を使用すれば彼らの数学の成績は間違いなく今よりは上がる事が予想される.
それなのになぜ政府は英語にこだわるのだろうか?
詳しくはわからないが,今のやり方を数十年やって来たにもかかわらず思っているような結果が出ていない以上,大きな政策転換をする必要があるはずである.
確かに世界に通用していく人物を育てていくためには,早いうちから世界で使われている英語に親しんでおくのは大事だが,今のタンザニアにもっとも必要なのはそういう人物ではなく,それぞ
れの教科の内容をきちんと理解し,それを他人に理解させる事の出来る人物なのではなかろうか?
National Examinationの結果,および今回の調査結果を見ても今のタンザニアにはそういう人物,特に数学を理解している人物が不足しているのは明らかである.
それぞれの教科を理解している人物が増えれば,きちんと数学を理解したPrimaryの先生も増え,数学レベルの向上につながり,やがては国の発展に繋がっていくはずである.
そのためには,高等教育ではなく初等・中等教育に力を入れていくべきで,Secondaryにおける授業も普段から使い慣れているスワヒリ語にして,まずは授業内容を理解できている生徒をたくさん育てることが最重要である.
また,言葉と言うのは語学以外の教科では,その教科自体の内容を理解するための手段であるはずなのだが,普段から使い慣れているスワヒリ語ではなく理解度の低い英語を使っている今のタンザニアの教育現場は,全ての教科においてその内容ではなく英語を覚えることが目的になっているように思えてならない.
以上のような理由から,国の教育レベルを上げるためには「Secondaryの授業はスワヒリ語にすべき」と言うのが活動を通しての結論である.
もっと母国語であるスワヒリ語に誇りを持つべきではなかろうか?