前回までの話
〜初めての宿泊有りのStudy Tourに参加した.
乗ってきたバスは故障ばかりで,移動に費やす時間の半分以上が修理に費やされながらもどうにか事故無くTourを続けられている.
3日目にはNgorongoroのクレーターに行ったが先生のいい加減な計画により生徒全員が入ることができずにそのうちの2人の女生徒がHostelに戻る途中のバスの中で泣き出してしまった.
困った先生達は一応の対応策を考え4日目を迎えた.〜
<4日目>
昨日寝たのは12:30過ぎだったのだが今日も6時に起こされた.
いつもの様にダラダラと無駄な時間を過ごすのかと思っていたら昨日修理に出ていたバスが7:30に来て我々も8:30には出発する事が出来た.
「こんなこともたまにはあるのか」と思いながら生徒に荷物をバスの上に載せてもらってChai(紅茶.右写真の様に直径約60cmの鍋で作る)を飲んでいると,突然「ウーウー」と自分が持って来た荷物の中の懐中電灯についている護身用警報機のロックが外れて鳴り始めた.
そのまま荷物の中に入れておいて何かの拍子で再び鳴り始めても困るので,そこから取出して警報機部の電池を抜いて手元に置いておく事にした.
それが後で重要な役割を果たすとは知らずに…
今日はManyara National Parkに行った.
珍しく無駄な時間があまり無かったので「今日こそは順調に行くのでは?」と期待をしていると,最初にトラブルが起きたのはもう一方の車で燃料が無くなりそうとの事だったので途中で戻ってしまった.
「こっちの悪運が向こうに行ったようだから今日は期待が持てる」と思っていると何とすぐにこっちの車にもすぐトラブルが起き後輪がパンクした.
目的地についた時にはブレーキが壊れていたようで小さな山に突っ込んでかろうじて止まることができた.
そこには温泉が湧き出ていたので,その見学と修理で1時間くらい時間を潰した後どうにか出発する事ができたが,その後も冷却水の追加等で何回か修理を繰り返しどうにかNational Parkを出る事が出来た.
小さな街に出てから万全を期すため(?)に修理をして15:30に出発する事が出来たがもうこの悪い流れを止めることはできなかった.
当然の様に冷却水の追加やエンジンオイルの追加.更には荷物の積みすぎで一人捕まってしまった.
それでもどうにか舗装された道に出て釈放されるのを待った後18:30に再出発することができた.
これなら先輩隊員の家に21時には着くだろうと思っていると今度はギアが入らなくなってしまった.
さすがにこれはどうにもならないと思い初めて車中泊を覚悟したが,何と45分後に復活.
ここで朝に偶然手元に置いた懐中電灯が役に立ったのである.
「さすがにこれ以上はもうトラブルは起きないだろう」と思ったのだが,世の中はそんなに甘くはないらしい.
今度はヘッドライトが切れてしまった.
しかし,これならば全く走れない訳ではない.確かに街灯等はないので真っ暗なのだが,逆にそれが幸いして助手席の人が懐中電灯で照らしながら走れば大丈夫そう.
これでベッドで横になって眠れる!
と思ったのだがなかなか発車しない.どうやら真っ暗な道は危険と言うことで発車を見合わせているらしい. 30分くらいすると,彼等なりに考えていた作戦が実行に移された.
大きなトラックに我々の後ろを走ってもらいそのヘッドライトで道路を照らしてもらうと言うなかなかのものであった.
「やるな!Tanzanian」と少し感心していたのだが,すぐにボロが出て再び止まってしまった.
20分くらいでトラックの目的地に着いてしまったのである.この時すでに21:30.再び他の車を待つらしい.
ソーダの飲みながら待っていると10分くらいして車がやってきたが,運転手等は気付いているはずなのに何とあっさりと見逃した.
作戦は変っていないはずなのにその後通る車を捕まえる様子も全く無い.
おかしいと思い理由を聞くと「大きなトラックじゃないと明るくないから」との事.
これだけ真っ暗なら乗用車のライトでも十分なはずなのだが,ここも任せてみる事にした.
が,さすがになかなかトラックは通らない.起きていても仕方ないので寝る体勢になりウトウトしていると,22:45に起こされ先生がビスケットを配り始めた.
さすがに先生達も車中泊を覚悟したらしい.
それを食べて再びウトウトし始めると突然車が動き出した.
時計を見ると23:15.やっとトラックを捕まえたのかと思い後ろを見たが真っ暗なまま.
理由がはっきりしないので先生に聞いてみると.
何と!意外な作戦でバスは走り出していた.