Sura ya 12 あなたは神を信じますか?

 こっちの人達は良く「お前の宗教は何だ?」と聞いてくる.

 特にこれと言うのは無いので「無い.信じられる物は自分だけだ!」と答えると,Tanzanian特有の少し上目遣いの表情(自分はかなりこの表情を気に入っている)で"Hah? H i〜de〜!"と言った後に必ず「じゃあ,Hideは誰が産んだの?」と言う話になる.

 自分は「母親」と答えると彼等は同じように呆れたような表情を見せた後に「じゃあ,母親は誰が産んだの?」と聞いてくる.
 「おばあちゃん」と答えると「じゃあ,おばあちゃんは?」と聞いてくるので「ひいおばあちゃん」と答える.
 大抵はここで三度あの表情で「違うんだよ〜.Hide.人間や草木は神様が創ってくれたんだよ」となる.

 そうすると今度は逆にこっちが「神様を見た事あるの?」と質問をしてみる.「見た事は無いけどいる」と答えるので「いないから見た事無いんだよ」とこっちが返す.
 この後「自分は困った時に神様に祈って助けてもらった事がある」等と続く事もあるが,大抵はここで彼等が"Hah? Hi〜de〜!"と返答に詰まったところでこの会話は終わる.

 最初のうちは何の抵抗も無くこういうやり取りを続けていたのだが,最近は少し「神様は存在するのではないか?」と言う心が芽生えて来た.

 ここではたくさんの時間があるのでいろいろな事を考えてしまう.

 例えば,魚市場に行く.
 時々専門家に連れて行ってもらうところは,漁の船が着く砂浜のすぐ近くにあるのでいろいろな魚を見る事が出来る.
 不思議な形や色をした魚がたまにいるのでそれを見て,
  「何でこんな形や色をしているんだろう?全くメリットが見えてこない」
 と考えてしまう.
 そうすると
  「これらの魚は見て楽しむために神様が創ったもの」
 とつなげてしまう.

 ここにはバナナ,マンゴー,パパイヤ,ジャックフルーツ,椰子の木,バオバブの木等がそこら中にあり実がなっている.
 それらを見て,
  「何でこれらの木には実がなるんだろう?他の木みたいに花を咲かせるだけで良いじゃないか.もし実がなる事を認めたとしても何故人間にとって美味しい物が多いのだろう?美味しくなくて食べられない物がもっとあってもおかしくないんじゃないか?」
 と考えてしまう.
 そうすると,
  これらの果物は神様が人間が快適な食生活を送ることが出来るように創ってくれたもの
 とつなげてしまうのである.

 また,近所のインド洋にはマングローブが生い茂っている.
 これを見て今度は,海が「陸だけに木があってずるい!」とだだをこねたから神様がマングローブだけを海に植えたのかな?と想像してしまうのである.

 これを読んで「とうとう頭がおかしくなったか!」と思う人もいるかも知れないが,やはりこういう自然がたくさんある中で暮らしていると少なからずとも上記の様な事を考えてしまうと思う.

 と言う訳で,特定の宗教を信仰する気は全くないが

   私は神を信じます!



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