Sura ya 25 時は流れている

 先週末にドミトリーで2or3年間の任期を終え帰国する先輩隊員達のKwa heri partyがあった.(Kwa heriはスワヒリ語で「さよなら」の意味)

 早いもので自分達が来てから4回のKwa heriが終わった.
 当然なのだが毎回とてもお世話になった先輩達が帰国していき寂しくなるで正直言って,このpartyは好きではない.

 しかし帰国する方にとってはこの日を待ちわびていた事と思う.
 そうして考えるとKwa heriは「別れ」の会ではなく「無事に任期を終えた事に対する労い」と「これからも頑張ってくださいと言う激励」の会ととらえるべきなのであろうが,やっぱり自分としてはどうしても寂しさの方が強くなってしまう.
 特に次回は同じ任地から3人が帰国するので,泣きはしないと思うが寂しいと言う思いはより一層強くなるだろう.

 このpartyは帰国する隊次の一つ後の隊次が幹事をする事になっているので,いよいよ次回7月のKwa heriは我々が仕切らなくてはならない.
 更にその次はいよいよ我々が送り出される番である.

 最近Tangaの夜も蒸暑さが無くなり寝付き易くなってきており,とうとう協力隊員としての最後のTanzaniaでの暑期が終わってしまったらしい.
 事務所からは自分の後任の候補生が確保できたと言う情報も入って来た.

 自分が帰国する日が確実に近づいていると言う事を感じる機会が多くなってきている今日この頃である.

 まわりがのんびりしているのであまり感じないのだが,どうやら時間はちゃんと過ぎているらしい.

 そろそろ帰国後の事を考え始めた方が良いのだろうか・・・



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