Sura ya 45 自分も負けられません!(その2)

 意外に思うかもしれないが先々週アメリカで起こったテロ事件の影響がここTanzaniaにも来ている.
 実は3年前にTanzaniaのアメリカ大使館が爆破される事件が起きたのだが,今新しい大使館がなんとドミトリーからわずか約100mしか離れていないところに建設中なのである.
 当然これからテロ組織に対するアメリカ側の攻撃が予想され,そうするとテロ組織の反撃として「3年前の再現」も十分ありえるのでは?と言う事で,現在ドミトリーの使用が禁止になってしまっている.
 今はまだ良いのだが,果たして自分達が出国する12月までに解禁になるのだろうか?

 前置きはこのあたりにして,本題に入ると.
 ここTanzaniaでは,Primary School(以下Primaryと表記)は義務教育なのだがSecondary School(以下Secondaryと表記)はそうではない.
 義務教育では無い上に,学費も年間50,000シリング(多分)と高め(ほぼ公務員の初任給相当)なので,当然Secondaryへの進学率が低くなっているのは大体予想できると思う.
 では,実際どのくらいなのだろうか?

 99年のデータによると,なんとたったの8%である.
 つまり日本の様な40人学級だとSecondaryに行くのは1クラスあたりたったの"4人"なのである.Universityでは無くSecondaryにである.
 これだけでも日本との差異に驚くと思うのだが,下表を見て更に驚いてほしいと思う.

生年'87'86'85'84'83'82'81
男子5 (14%)8 (23%)8 (23%)9 (26%)4 (11%)0 ( 0%)1 ( 3%)
女子11 (31%)11 (31%)9 (26%)3 ( 9%)1 ( 3%)0 ( 0%)0 ( 0%)
16 (23%)19 (27%)17 (24%)12 (17%)5( 7%)0 ( 0%)1 ( 1%)

 上表は今年のForm1の生徒70名の生年とその人数である.
 Secondaryは14歳から入れるので今年の場合1987年に生まれた生徒からその資格がある.
 教育システムが違うので日本における義務教育が終わってから初めての教育機会である高校と比較してみると,そのほとんどは同じ年に生まれて,同じ年に小中学校に入って,同じ年に小中学校を卒業していると思う.

 しかしTanzaniaは表からもわかるように全く事情は異なっており1,2年遅れは当たり前で,むしろストレートで来ている方が珍しいのである.
 更に見ていくと,3年遅れが約5人に1人,驚くべき事に6年遅れの生徒までいる.
 昨年のForm1の生徒にも6年遅れの生徒がおり,今回の結果は決して例外ではなくどこの学校でもこんな感じだと思う.

 同僚に聞いてみると,入学が遅れる原因はやはり学費を準備できない事が多いらしいが,牛の世話や畑を耕すための人手となっている事もあるらしい.
 これらは家庭の事情だが,学校側も同じ成績ならば学費や寄付金をきちんと払ってくれそうなお金持ちの子供を選ぶ事があり,そのために苦労をして学費を貯めても入学を次の年にまわされる事もあるらしい.

 こういう数々の関門をくぐりぬけて来た生徒達だからかどうかはわからないが,みんな勉強は好きなように感じる.
 「宿題は無いのか?」とか,他のクラスとの進展具合の兼合いで授業を10分くらい早く終わらせようとすると「時間はまだだぞ」とこっちは楽をさせてあげようとしているのに,いつも見事にその気配りを裏切ってくれる.
 出来る出来ないは別にして,彼等にはやる気があるのでこっちはとても楽である.

 一方で意外に思うかもしれないが先生達の方はやる気をあまり感じない
 授業に遅れてくるのはまだ良い方で,ノートに写させる紙を生徒に渡して自分は来なかったり,それさえもしないでさぼる事もある.
 よく生徒が反乱を起こさないな?といつも思っている.

 こんな感じでTanzaniaの教育環境は日本のそれとは全く異なっている事がわかってもらえたと思う.

 ここの子供達は,勉強したくても家庭や学校の事情で思うように出来ず,もし運良く学校に入学できたとしても,先生にやる気が無く勉強が出来ない事もあるのである.

 そう言う面では日本人の我々はとても恵まれた環境にあると思う.
 ただ,何でも当然の様に与えられるせいか自分も含めてそれに気付いている人達がとても少ないのではなかろうか?
 学校に行けば先生が授業をしてくれるし,教科書が買えないと言う事はまず無いと思うが,ここではそれが「当然」ではなく「特別」な事なのである.

 と言う事で,ある意味一番大事な教育面で,ここと比較すると,とても恵まれた環境で育った自分はとても運が良かったと言う事を改めて感じている.
 教育面以外でもあまり恵まれて良い環境に置かれながらも,いつも楽しそうにしている生徒達を見る度に

 「自分も何事に対してももう少ししっかりと楽しみながらやらなければいけないのだな」

 と思わずにはいられない今日この頃である.



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