「ゆがんだ館の殺人」
■ 西岩家の過去 写真の中の女の子 ぽかぽかした陽気の中、西岩家は煙草の煙を吐き出す。
唯一大学の中で、その喧騒からかけ離れた場所、
西岩家の研究室の窓からつたって来ることができる、
小さなベランダ、ここが彼のお気に入りの場所であった。
もちろん、二日酔いでつらいときのお気に入りは、
10時に間郵便局員が通る"あの"川岸のベンチであるが・・・・。
空は青く、雲もない。彼は空が好きだった。
いつだって同じ顔を見せることのないその景色は、
人生で最大の失敗をしたあの時から時間が止まっている彼の心を、
まるで彼の人生のお手本のように癒してくれる。
西岩家は胸ポケットに手を当てた。
その胸ポケットには小さな女の子の写真が入っている。
忘れていたわけではない、忘れようとしていた。
しかし、忘れられるはずがない、ただ思い出したくなかった・・・。
だから胸にしまってきた。しかし・・・・、
・・・・「この間、お前の別れた奥さんを見かけたぞ。」
・・・・「そうそう、その娘も一緒だったぞ。」
そのように言う銀田一警部の言葉が頭に響く。
それからだ・・・思い出し始めてきたのは・・・。
コンコン、と窓をたたく音が聞こえた。
振り向くと窓から60過ぎのおばさんが顔出してこちらを見ている。
「やっぱり、あんたはそうやって切なそうな顔をしているほうがいいわ。」
その女性はそういうと、窓縁に腰掛けた。
「いつからそこにいたのさ、桂ちゃん。」
この女性は高城 桂子(たかぎけいこ)。
昔から西岩家と付き合いがある女性である。
今では、西岩家の研究室を掃除するのが彼女の日課となっている。
「その"響子ちゃん"の写真が入ってるポケットに手を当てた時から。」
「・・・悪趣味だよ、桂ちゃん。」
西岩家はため息混じりに言った。
「写真に手をあててないで、見たら。」
「・・・・・・。」
「怖いんでしょ、写真見るのが、
英吉ちゃんはずっとそうやって逃げてきたんだもんね。」
「俺の心臓はデリケートなんだから少しはいたわってよ。」
「デリケートだよねぇ、、なんたって15年間も娘ほっぽりっぱなしなんだから。」
西岩家は体の動きを止める。
「なぁに、止まっちゃった?心臓。でも普通傷つくのは心でしょ。」
「傷口に塩を塗り込められた気分だよ・・・。」
そういって西岩家は肩を落とした。
そこへ、研究室の電話が鳴った。
受話器から聞こえる野太い銀田一警部の声。
そして、西岩家は止まっている時間から現実へと逃げ出していくのだった。
彼には現実の中にいるほうが居心地がいいのだから・・・。
■ 『傾斜館』 容疑者たち 「傾斜館!?」
銀田一警部は声帯がおかしくなったような声を出した。
「何だってわざわざ傾いた建物なんぞ・・・」
「芸術・・・だそうです。」
松井はメモ帳を見ながら言う。
「芸術ねぇ、まあ、芸術ってのは簡単な話、その人しか理解できないものだから。」
西岩家は煙草を噴出しながら話す。今日は二日酔いではないため、
"げっぷ"がいっしょにでることはなさそうだ。
松井のメモ帳によると、この"傾いた館"は次のようなものであった。
館の主人は明文字 奇連(みょうもんじ きれん)、65歳。
稀代の芸術家としてその関係では有名である。
彼は自分の芸術の集大成として、5年前この館を完成させた。
この館は全体的に傾き、斜めになり、またゆがんでいた。
明文字によれば、この傾き具合が、
人間の精神構造を表した芸術だという。
「なるほど、ゆがみか・・・」と西岩家。
すると、松井が、
「なら、西岩家さんはこの館の主としてはぴったりですね。」
「どういう意味だ?」銀田一警部が聞く。
「いや、西岩家さんはゆがんでるじゃないですか、性格が。」
「ふ〜ん、うまいこというな、松井。」
西岩家は横目で松井をにらみながら言った。
「うまいでしょ、今の。僕も思わず口から出たんですけど、
いや〜、僕もなかなかセンスありますよね。」
どうやら松井は後の仕返しを忘れているらしい。得意満面の顔をしている。
今、西岩家の頭の中ではどうやって松井に仕返ししようかを考えている最中である。
そんな3人がこのゆがんだ館に来たのは、
この館で殺人事件が起きたからである。
傾斜館でおきた殺人事件とは、・・・・
昨夜、館の一室で男の絞殺死体が発見された。
男の名前は浅野 大作(あさのだいさく)、52歳。
浅野の体内からは睡眠薬が検出された。
第一発見者は執事の富樫洋一。彼は事件の目撃者でもある。
容疑者は事件当時、館にいた4人と考えられる。
その4人とは、またも松井の手帳を借りよう。松井の手帳によると、
安藤 雄二(あんどうゆうじ)、36歳、173cm、72kg。
がっちりとした体格で、腕も太い。
学生時代はラグビーをやっていたらしい。
彼は被害者、浅野と知り合いで、今日は浅野に連れられてこの館に来たらしい。
富田 信一(とみたしんいち)、50歳、184cm、76kg。
こちらの男は細身である。バスケットをしていたようだ。
彼も浅野と大学の同期という関係で、この館には浅野と一緒にきた。
飯田 朋康(いいだともやす)、41歳、158cm、52kg。
今度は小柄な男だ。彼は柔道の有段者らしい。
この男も浅野と知り合いで、館に来たのは浅野に呼ばれたからと言うことだ。
そして、この館の持ち主、明文字 奇連、65歳、179cm、86kg。
彼は横も縦もある。特に何をしていたと言うわけではないが、
プロレスが好きだと言う。事件当日になぜ人を呼んでいたかと言う問いには、
彼はこう答えている。
「今日は私のこの館が完成して、5年目だからな。
その記念会として、私と親しかった浅野君を呼んだんだが、
浅野君は大勢のほうがいいといって彼らを呼んだんだ。」
西岩家は新しい煙草に火をつけながら、
「しかしさ、松井、お前かなり神経質だろ?」
「え?なんでですか?」と不思議そうに松井。
「あれだろ、喫茶店に入ったらテーブルのしみとか気になるだろ。」
西岩家のねちねちした攻撃が始まる。
「だから、なんでですか?そんなことないですよ、
たまにふきんでテーブルを拭きますけど。」
「はぁ〜、何でさ、お前、容疑者の身長と体重までメモってんだよ。」
「わかった情報はメモしておいたほうがいいじゃないですか。」
松井は動じない。西岩家と知り合ってから少々のことでは動じなくなっていた。
「おい!!現場見に行くぞ!!」
のんびり会話を楽しむ二人を銀田一警部が促した。
松井はその声にびくっとなり、後をすばやくついていく。
西岩家は口から煙を吐き出しながらゆっくりとついていった。
今回は、長編です。
ここまでは、前半部分です。
続きは後半部分にて。