「先入観」
■ 悪友、林 再開の前に・・・ 「え〜と、今日のお客は・・・。」
そう言いながら、林 武夫(はやしたけお)は
今日の予定の顧客名簿を開く。
中澤 美樹(なかざわみき)、織田 裕一(おだゆういち)、
古嶋 佑介(こじまゆうすけ)、古嶋 葉子(こじまようこ)、
柳 俊樹(やなぎとしき)、横川 正敏(よこかわまさとし)、
藍川 恵梨(あいかわえり)、八重平 響子(やえひらきょうこ)、
西岩家 英吉(にしいわやえいきち)と9名の名前が並んでいる。
「そうか、今日は西岩家がくるんだったな。」
林は遠い目をしながらリビングの窓を開け、空を見上げる。
(あいつも空が好きだったな。)
林は高校時代の悪友のことを思い浮かべた。
■ 招待客たち 運命の女の子 「藍川さん、今日はほんとにありがとうございました。」
そういって、八重平 響子はぺこりと頭を下げた。
「いいのよ、気にしないで。
せっかく2枚チケットがあるのに一人で行ったら、
もったいないでしょ。」
長い髪を風に揺らしながら、藍川 恵梨はにこりと微笑む。
藍川 恵梨は近所に住む八重平 玲子(やえひられいこ)から、
ペンションの宿泊サービス券を2枚もらい、
会社の同僚と一緒に行く計画を立てた。
ところが、その同僚が急用でこられないと言うので、
八重平 玲子の娘、響子とともに、
そのペンションに向かう途中であった。
ペンションは林 武夫と言う人物が経営しているらしい。
オープンしたばかりということで、
オーナーの林 武夫は自分の知り合いに、
宿泊券を配っていたということだった。
藍川 恵梨には二人がどういう知り合いなのかはわからなかったが、
"サービス"という言葉に弱い彼女は、
そんなことはお構いなしに結構乗り気であった。
ペンションはH市の山深いところ、Y村に位置する。
Y村の最寄駅からバスで2時間、
さらに歩いて1時間ほどかかるようなところにあった。
何故、そんな所にペンションなど建てたのだろう。
サービス券によると、天然温泉が一番の見所らしい。
ペンションなのに温泉に入れるというのが、
なんとも面白いではないか、そうオーナーの林 武夫は考えたのだった。
ただし、ペンションは予約制であるため、
H市の最寄駅まで大型バスが迎えにくるようになっている。
藍川 恵梨と八重平 響子は、今そのバスを待っているところであった。
二人が待ちつづけてから5分、
藍川 恵梨の右手にはめられた腕時計では約束の時間を回る所であった。
古嶋 佑介、葉子夫妻は林 武夫とは大学時代からの知り合いである。
小島夫妻は同じ大学に通い、学生時代からの同棲を経て、
大学卒業とともに結婚。
その結婚式の親友代表スピーチが林 武夫であった。
その親友がペンションを開いたというので、
宿泊券を2枚贈ってきた。
そこでその券を持って、知り合いのペンションを見に来たのである。
今、ペンションがあるY村の最寄駅で
迎えのバスを待っているところであった。
古嶋 佑介は周りには、同じように
迎えのバスを待っているだろう、6人の姿を見つけた。
姉妹だろうか、二人の女性が楽しげに話している。
その姉妹のすぐ後ろには、
おそらくは恋人同士と思われる二人の男女がいた。
そして、自分たちの横には髪の短い男が、
少し離れた所には背の高い男がそれぞれ一人でバスを待っていた。
そして、迎えのバスが約束の時間より2分遅れて駅に到着した。
■ 出会い ありえない出会い 「皆さんそろっていますね。」
そう言いながら、林 武夫は人数をチェックする。
「ん?」しかし一人足りない。全部で9人いるはずであるが、
8人しかバスには乗っていない。
だが、誰がいないのか、彼にはすぐにわかった。
高校時代も、修学旅行などですぐにいなくなる、
悪友、西岩家 英吉である。
しかも、彼には"やつ"がいる場所には見当がついている。
「皆様、本来ならばもう一人お客様がご予約されています。
しかし、そのお客様はちょっと遅れていらっしゃるようです。
私は少し探してまいりますので、しばらくお待ちください。」
彼は、ざわつくバスを残し、駅の裏手にあるトイレにまっすぐ進んだ。
「おーい、飲みすぎか?」
ポケットに手を突っ込んだまま、
林 武夫はうずくまる人影に話しける。
「うう・・・ん?・・・うん?」
そのカーキ色の服を着た人影は奇妙にうなる。
「ったく、早くしろよ、客がみんな待ってるんだからな。」
「悪い、電車の中で飲んで・・たら、気持ち悪くなって・・・うぷっ!?」
カーキ色の服の男は便器に顔を突っ込んだまま、
元気なさげに言い訳をする。
「飲みすぎだぞ、こんな飲みかたをしていたら、
いつか死んじまうぞ!!悲しませたいのか、"あの人達"を。」
林 武夫は最後までしゃべってから「はっ」とした。
これは"あの時"から西岩家の前では話さないようにしてきたことであった。
林 武夫はそれをフォローするかのように、
「まぁ、お前がこんな風になるのは"あの時"予想してたけどな。
でもな、"あれ"は西岩家、お前のせいじゃないんだぞ。」
と、やさしく声をかけた。
西岩家は、うつむいたまま何も話さなかった。
泥酔状態の西岩家は親友の肩によりかかったまま、
彼の運命を大きく変えることになるバスへと向かった。
バスにつくと、林 武夫は、
「皆様、大変お待たせしました。約3時間ほどで、
"ペンションハヤシ"に到着します。
しばらくはバスの旅にお付き合いください。」
そう言うと、かなり立派な部類に入るバスを
さっそうと走らせた。
西岩家は、(センスのないネーミング・・・)
などと考えながら、自分の座る場所を探す。
一番奥があいていたので、
そこへふらふらと歩み寄った。
髪の短い男、その後ろに背の高い男、
その横に夫婦らしき二人、さらに後ろに恋人と思われる二人、
その人物たちの横を摺り抜け座席へ向かう。
ふと、姉妹と思われる二人が目に留まる。
同時に西岩家の動きも止まる。
「あっ、あなた、あの時、
フルフェイスのヘルメットをかぶってた・・・」
そう、姉妹の一人が西岩家に話し掛ける。
西岩家はまだ止まったままだ。時折、
バスのゆれにあわせて、体を揺らす程度である。
「この間はほんとにごめんなさい、
怪我、ホントにしませんでしたか?」と女の子。
しかし、西岩家は「あ、ああ。」といって
体を揺らすことしかできなかった。
今回は、ちょっと長い作品です。
というわけで、これは前半部分です。
続きをどうぞ。