好きな言葉な話
日本語の素敵なところ
ごみばこが好きだ。
唐突ですまないのだが、「ごみばこ」が好きだ。
何度も言うようだが、「ごみばこ」が好きだ。
ただし、ここで言う「ごみばこ」とは、言葉のことである。
別に毎日3食ごみばことか、ごみばこでご飯3杯は軽いとかそういう意味ではない。
「好きな言葉は何?」と聞かれたら、自分の中で3本の指に入ってしまう。
(だからって履歴書に書いたり、面接で言ったりはしませんが、)
しかし、本当は「ごみばこ」ではなく、最近は見かけないが、
護美箱
という言葉が好きなのだ。
「美を護る箱」
なんという素晴らしいセンスだろう。そして、これこそが日本語文化の美である。
(・・・と思う。)
表音文字のみの英語なんぞにはこんな真似はできまい。
日本人に生まれてきて、自分は幸せ者である。
もう最高! 日本語最高! 護美箱最ノ。。%。ハ)”
熱くなって思わず文字化けしてしまいました。 (冷静に!自分)
さて、日本語は表形文字の漢字 と 表音文字のひらがな、カタカナ、(アルファベット)などで
構成される。
この2つの文字が共存している言語は、他には韓国語くらいしか自分は知らない。
(ハングルと漢字)
両者の違いとしては、表形文字1字は意味を持つが、
表音文字は1字では意味をなさないというのがある。(例外あり)
そして、護美箱は、この2つを駆使する事で、
名詞としての{ごみ箱」をさらに説明しているのだ。
本来は、「ごみを捨てる箱」でごみ箱なのに、
「美を護る箱」という意味をもたせてさらに厚みを持たせているのだ。
「ごみ箱」と「護美箱」で、きちんとごみを捨てる割合が違うかどうかは
わからないが、こういうハイセンスな文化は残していくべきだと思う。
というわけで自分も1つ考えてみた(1つしか思いつかなかった)のだが、
消し誤無
なんてどうでしょう。
・・・駄目?・・・自分もそう思う。
自分で考えてみるとやっぱ「護美箱」はすごいなって思いますよ。
終
追記
護美箱の不思議として、「護美」を他で使えない というのがある。
例えば、生護美 等がそれである。どう考えたっておかしい。
これは、「護美」が「ごみ」ではなく、「美を護る」という意味で使われているためである。
ごみは基本的に「美を害す」だしね。

これもある意味では「護美箱」と同じかもしれない