Vision of Love
I had a visoin of love
And it was all that you turned out to be
August 20,1999 純愛
年を重ねて大人になるにつれて純愛が出来なくなってしまうのは何故だろう?
いつから人は純愛だけでは満足できなくなってしまったのだろう?
昔は好きな人と目が合ったり会話が出来ただけで、その日1日がとても幸せに感じられた。
当時はこんな単純な触れ合いでも、その時のドキドキが凄い影響力を持ったものだ。
このドキドキこそが純愛であり、純愛とは好きな相手との心神的な繋がりを言うと思う。
でも大人になるにつれて単純な触れ合いだけでは、このドキドキが感じられなくなってしまう。
それは好きな相手とは心だけではなく、身体的にも結ばれたいという欲求が出てくるからだ。
この欲求は自然な普通のことで人として当たり前の行動であると思うし悪いとも思わない。
しかしこの欲求こそが、純愛を出来にくくしてしまう原因になっていることは事実だと思う。
1度身体的な繋がりを経験すると、人はその快楽に溺れやすくなってしまう。
快楽に溺れた人は心神的な繋がりを求めずに、身体的な繋がりだけを求める状態に陥る。
これこそが人の心から純愛というものを完全に消し去ってしまっている状態だと思う。
こんな状態に陥ってしまうことを悲しいと思うのは自分だけだろうか?
最近は中学生ばかりか小学生の頃から身体的な繋がりを経験してると聞くようになった。
このような話を聞いた時、驚きと共に現在の状態をとても残念に感じた。
小中学校の時こそ1番純愛を経験できる時期なのに、その時期を今の子供は放棄してしまっている。
大人になれば自然に純愛は難しくなる。だから若いうちは純愛を出来るだけするべきだと思う。
自分は小中学校の時、好きな人とお互いに想い続けた7年間の純愛経験がある。
残念ながらこの7年間もの純愛は現在まで続かなかったが、大切な想い出として心に残っている。
純愛とは大人になり想い返してみると、当時の喜びや悲しみなどの感情を再体験できるような
良い想い出として感じられると思う。たとえそれが報われなかった純愛だとしても。
純愛こそが恋愛そのものとまでは言わない。しかし純愛を経験している時の行動や思考こそが、
その人の今後の恋愛を形成していくものだと自分は思う。
だから出来るだけ若いうちは、大人になって素敵な恋愛を形成していく上で基盤となるような純愛や、
大人になっても良い想い出として心の中に生き続けられるような純愛を経験して欲しいと思う。
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