去る11月13〜17日及び11月28日・12月5日の計7日間、私は埼玉県川里村の社会福祉施設【特別養護老人ホーム:川里苑】及び東京都足立区の都立養護学校【足立養護学校】へ、中学校教職課程の一環として介護等体験に赴いた。以下に挙げるレポートは、その際に大学側から提出を命じられた『介護等体験ノート』において私が書いた内容をそのまま引用したものである。個人的な感想は、その日ごとの【Diary】において確認していただきたい。
なお今回のレポートを書くにあたり、私よりも前に介護等体験を済ませていた友人スワン氏のホームページに掲載されている体験記を参考にさせていただいた。ここに感謝の念を表わしておきたい。
まず“事前に準備した点”についてであるが、今回私が介護等体験をするよりも以前に同様の体験活動を行なった友人がおり、彼の体験記を読んだ上で活動に臨むことにした。その記録においては、「入念な下準備が必要である」とあり、実際私も電話確認(施設のある場所を具体的に聞く・初日の集合時間・服装の確認・持ち物の確認など)を経て、1週間前の下見である程度の話を聞くなどの準備をしたが、「介護に関する解説書を読む」といったようなことは特別しなかった。私が体験活動をすることになった時期は特に忙しく、読む時間が全くとれなかったというのも理由の1つである。しかし、「特に先入観をもって体験に臨む」ということをしたくなかったというのもまた、理由の1つである。友人の話では「解説書を読まなかったので初日は気苦労が絶えなかった」とあったが、私は「たとえ読んでいても気苦労はあるだろう」と思っていた。というのも、頭で考えることと、実際に体験することとは別だからである。それゆえ、必要最低限の準備しかしていなくとも、体験者本人の意識さえしっかりしたものであれば、事前準備に関しては特別な問題はないのではないだろうかと思われる(もちろん、解説書を読む時間があるのなら読んでおいたほうがいいと思われる)。そのほうが体験で受ける印象・感動も大きいだろう。もちろんそれだけのことをするには、本人の意識がしっかりとしたものであることが重要である。生半可な気持ちでいてはいけない。“生き物”“人間”としてのお年寄り・知的障害者の方々を相手にするということを絶対に忘れず、尊敬と礼儀をもって体験にあたることを意識しなくてはならない。少なくとも、私はそういうことを強く意識するようにしていた。また、介護の解説書に関しては、体験終了後にこそそのような解説書などを読み、体験によって自分の中に生まれた新しい意識の定着を確実にすることを図るべきであろうと思われる。
当然のことながら、特別養護老人ホーム(以下「特養」)と養護学校ではこちらが行なう体験活動も異なる上、我々の相手となる施設利用者も全く異なる。
まず、特養においてであるが、利用者であるお年寄りの方々は、行動的には(施設長曰く)幼児レベルであるとはいえ、その中にはそれまで60年以上も生きてきた経験・積み重ねられて形成された性格がしっかりと根付いているのであり、私にとっては「どこまで踏み込んでいいのか」ということが苦労を生む最大の要因であった。私が「これをすることは介護であろう」と思って行なうことが、利用者にとっては「そこまでしてもらうほどじゃない」ということである可能性がある。そのようなことで何度か利用者の方自身から不満を言われたこともあった。また、最初のうちは私が「介護体験で施設にお邪魔している」ということが利用者の方には理解されてはおらず(当然のことではあるが、施設からの伝達もなかったと思われる)、じろじろと不審者を見るような目で見られたこともあった。そのような時、非常にコミュニケーションの重要性を感じたが、さすがに、50歳以上も年齢の異なる上、こちらが利用者の方の行動様式・思考様式を全く把握出来ていない状態では、なかなか話題を見出しにくかった。だが徐々にこちらも慣れ、話題が特に見つからなくとも、まず「おはようございます」と挨拶し、「○○さん、どうしました?」という言葉で会話の糸口を探すようにするとコミュニケーションがとれるようになった。
養護学校のほうであるが、こちらは学校の方が2日間全ての段取りを決めて下さったため、こちらが自主的に何かを探して行動するという比率は特養よりは低かった。そのためか、特別苦労した点というものは感じなかった(反省はあるが、それは第3項にて述べる)。私は逆に「生徒たちと触れ合う」ということを主目的において行動するくらいの気持ちでいた。例えば、初日に行なったドッジボールでは、私も本気に近い気持ちで試合をした(そして負けた)。初めて会った彼らを「友人」として考えることにより、「友人」としての「礼儀」を考えれば、自ずときちんとした対応ができるのではないかと思ったためである。このことは、生徒たちを「(知的)障害者」として意識しないことにも作用したと思われる。「障害者」を「障害者」として意識していては、どうしても自らの行動に何らかのギクシャクした感じが生まれてくる。それは、「介護」という意味では必要なのことなのかもしれないが、「自立した人間」を目指している彼らにとっては、長い目で見れば少々失礼なことなのかも知れない。我々がするべきことは「手助け」であって「肩代わり」ではないからだ。もちろん、そう考えたがゆえに必要以上に「知的障害」を意識しなかったという点があり、「障害」という意識が必要とされるところでもそれを意識しなかったということがあったかもしれない。だが今回私は彼らと、それこそ「健常者」(という言い方は好ましくないが、便宜上使用する)と普通に付き合うように付き合えたと思う。私は今回の体験を通して「知的障害者も“普通の”人間であり、健常者と何ら変わらない。ただ、高校生の体に小学生の心が入っているだけだ」ということを再確認した。文章にすれば誤解を生みかねないが、少なくとも私はそう感じた(むしろ、健常者以上に純粋で無垢であるように感じたくらいである)。これは「バリアフリー」を目指す社会にとって必要なことではないだろうか。「障害は不幸ではなく不便なだけ」というジャーナリスト乙武氏の言葉が、これからの社会にとっては必要なこととして意識されるべきであろう。
特に特養の方で感じたことだが、仕事に対する積極性が欠けていたように思う。確かに職員の方が今まで作り上げてきた「仕事のパターン」のようなものや、同じ相手に長い間接してきたからこその「経験」がある。それは、たかだか1週間弱の間しか来ないような実習生には完全には理解・実行できるものではないが、それに対してこちらから積極的な働きかけ(質問)をしなければ、結局は「何をしたらいいか分からない」という状態になる。ゆえに、自分から仕事を探して動かなければならないのだが、それが出来ていなかったというのが反省である。
「教職課程」の「介護」という言葉にとらわれないことが望まれる。当然のことながら、お年寄りを介護することが教員にとって直接的な関わりがあるわけでもないし、必ずしも「介護」という言葉のイメージ通りのことを行なうとは限らない。むしろ「体験」という言葉のほうを意識してもらいたい。我々「健常者」の「若者」が「お年寄り」「知的障害者」と触れ合うことで、何を考え、何を受け取るか。そのほうがよっぽど大切なのである。もちろん、「そういうことが大切」という意識をもって体験に臨んでほしいわけではない。そのような意識を持ってしまうと、どうしても穿った見方をしてしまう可能性がある。体験活動終了後にそういうことをしっかりと意識すべきではないかという意味での、私の経験から得た助言である。
両方の施設に関して言えることだが、お年寄り・知的障害者と、“人間”を相手にする施設であるため、必ずしも事前配布された予定表通りにプログラムが進行するとは限らない。だがそれは決して怠慢な進行なのではなく、その施設が「その時何を必要としているか」によって、実習生に求められる仕事も変わってくるのだということを理解すべきである。私も特養で、予定表には『入浴介助』と書かれているのに、その時間に実際にした仕事は『利用者の話し相手』ということがあった。最初は「入浴介助をしなくていいのか?」と不安だったが、段々と「普段は職員の人手が足りなくて、話し相手をしてあげるほどには手が回らないのだろう」ということが分かってきた。
ただ、自分がその時行なわなければならないことが何かということは、積極的に職員に聞いたりして把握すべきである。ややもすると「何をしたらいいか分からない」ということになってしまう。それでは体験活動に来た意味がない。たとえ予定表に書かれたことではないとしても、必要とされることは必ず存在するので積極的に動かなければならない。この「積極的に」というフレーズは覚えておくべきである。職員・利用者両者に対するコミュニケーションは、絶対的に必要なことである。特に利用者とは心の交流を生むきっかけとなるので、常に意識しなければならない。ただし、使う言葉には注意が必要である。難しい言葉ではなく、相手の心・プライドの高さを考え、失礼のないようにしたい。
そして、何より大切なことは、お年寄りであっても知的障害者であっても、相手は1つのしっかりとした「個」を持った人間であるということである。相手に対する尊敬の念と愛情を忘れてはならない。仕事はスピードよりも心を大切に。