『3年B組金八先生X』感想

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第12話『辞表提出その後…』(00/1/13)
 やべぇ、これを書いてるのは第14話が終わった後だから、少々忘れているかもしれん。
 まず、金八が辞表を提出して3Bの教室が騒然となっているところにやってきた国井教頭の言葉が印象に残ったね。正確には忘れちゃったけど、「金八先生の事を一番心配しているのは私たちだ」みたいなことを言ってた。これってやっぱり、金八と20年ほども一緒にやってきたからこそ吐ける言葉だよね。こういうことが言えるのは、国井先生と乾先生しかいないと思う。で、一方、乾先生に連れられて大西のところに行った好太。デラが入室を阻止した気持ちもよく分かる。自分の好きな人を殺しかけた人を「ハイそうですか」とあっさり許して謝らせることは、そう簡単には出来ないよねぇ。ま、それはいいんだけど、タイミングよくジャーナリストがいるなぁ。それっぽい理由はあるみたいだけど、こういうところはやっぱりドラマだね。
 さて、今回も兼末です。前回の暴露でクラスの中での影響力を失った健次郎だけど、明彦に脅迫されてカツアゲされるほど立場が逆転するって、凋落しすぎだろ。多分これは、今まで明彦の上の立場に立っていたという事実とのギャップと、家庭の事情による精神の不安定要素が健次郎の心を乱れさせているからだろうと思う。この家庭の事情が彼に与える影響は、金八の家庭訪問を絶対に阻止しようという態度にも出ているけど、う〜ん……。おそらく、健次郎は“家族思い”というよりも“プライドが高い”性格なんじゃないのかなぁと思う。とりあえずは優等生で通っている自分なのに、兄がワケの分からん行動をしているなんて口が裂けても言えないだろうし、しかも「兄は海外留学中」というウソをついてまで隠しているんだから絶対に、ほんの少しでも兄のことがばれる手掛かりを見せてはいけないと思っているんだろうな。
 と、ここで放送を観ながらとったメモに「友子が一番クラスのことを考えてる」って書いてあるんだけど、何だったっけなぁコレ。確か、騒然とする教室の中で友子がそういう台詞を放ったんじゃなかったかなぁ。で、それが印象に残ったはずなんだけど……。ま、いつか分かる日も来らぁな。それよりも金八の「奇麗事を言うべきだと思うんですよ。首をかけても」。「“大人は嘘つきだ”と思われたくない」という思いからの言葉だけど、ホントにね。ウソだけはいかんよ、ウソだけは。「頑固だ」とか、自分の意志を貫き通す上で他人とぶつかる事はあるだろうし、正反対のことを考えるかもしれないけど、ウソだけはいかんよ。
第13話『私立推薦入試開始』(00/1/20)
 青葉高校のロケ地は友人よっこの出身高校であるとか、金八家でのコントが最近面白いとか、「また今回も“彼も人なり 我も人なり”って言ってるよ。受験前は必ずコレだネ!」とか、そういうことはどうでもいいんです。
 怖いよ加奈恵。
 あれじゃぁ好太じゃなくたって怖がるって。好太の台詞を借りれば、そのストーキングはまさに「こわ……オマエ、こわ……」である。でも、それで一番迷惑しているのはその落合加奈恵役の中島由香里ちゃんじゃないのかなぁ。だって、あんな強烈な役やっちゃったら、しばらくはああいうイメージで見られちゃうからねぇ。役の上でのことだって分かってても、ねぇ?
 まぁ仕方ない。それよりも健次郎と幸作だ。花子先生には裏切られたと思い込み、クラスでは爪弾きにされ、誰も信じられなくなった健次郎は、自分の殻に閉じこもるか荒れるかのどちらかしかない状態になってる。だから、ちはるの優しさ(恋心)を知りつつもそれをうざったいと思う。もはや自分の他に信じられる人は誰もいないんじゃないのかな。で、幸作。ちはるに恋しながらも、そのちはるが健次郎を好きなのを知っている幸作って、何か高校生時代の僕自身に重なって見える。あんまり詳しいことをここに書く気もないけど。幼馴染みとはいえ、今の健次郎には友情と共に憎悪や嫌悪感が入り混じった心境になっている一方で、そんな健次郎をある意味盲目的に気にかけるちはるに対しては、もうどうしようもないやるせなさが渦巻いているはずだよ。ちはるが自分を信頼してくれるという誇り・嬉しさとともに、そのちはるの心配している対象は、今自分が嫌悪感を抱いている幼馴染みであるという悔しさ。メチャクチャ複雑だと思うよ。惚れた女のために、やりたくないことでも渋々引き受けてしまう。ホントに僕自身に重なるよ。それだけ幸作の気持ちはよく分かると僕自身は思ってる。それにしてもちはるも、わざわざ試験前に「健次郎を頼む」って幸作に頼まなくてもいいじゃん。幸作は健次郎とはこれから向かう高校が違ってるのに。そりゃあ幸作も試験中パニックになるって。ちはるは自分に幸作が恋してると思っていないはずだから罪はないかもしれないけど、試験前に言わんでも。ある意味ちはるが幸作を推薦不合格にしたようなもんだよ。しかもちはる自身は受かってたって何なんだよ。幸作が可哀想……。
第14話『入試前は恋の季節』(00/1/27)
 申し訳ございません。誰かこの回の話の最初の頃に出てきたであろう「てじり」もしくは「こじり」についてインフォメーションを下さい。メモにはそう書いてあるんだけど、何故か度忘れしました。なお、この回については、放送翌日にこれを書いているにも関わらず、あんまり覚えておりません。これを「松村の集中力のなさ」ととるか「それだけ印象に残らなかった回なのかな」ととるかはアナタの自由。
 微妙に印象に残ったのは、台詞自体は覚えてないんだけど、篤の力強い一言があったのは覚えてる。入試前の金八の言葉に対して慶貴が反応したことに始まる話の中でのことで、その一言を発した後にわずかに健次郎を見ていたが、その視線もまた力強かった。よくここまで強くなって戻ってきたなとさえ思った。内田祐介、いい演技だ。で、その話の「山の頂」。高校受験は、登りつめた先ではないということはよく言われるかもしれないが、高校受験を通ってもそれは「山の麓」に着いただけのことに過ぎないってあんまり言われない。でも事実だよね。
 で、金八家の家庭の事情も分かってきた。乙女ちゃんは看護婦とともに教師も目指すようになったんだねぇ(チッ、また競争率が上がったよ)。父親の背中を見てその後を追おうとするんだなぁ。それにしても、父親の教えを忠実に守って(てゆっか逆手にとって)、自分の意見をしっかり言える乙女ちゃんを見て、単なる視聴者として観ているだけのこっちも「あっらぁ〜本当に親離れしていくんだねぇ〜」と思っちゃったりして。
 あと、小田切先生の熱血指導ぶりにちょっとチェックを入れた「“こうすれば合格する”という“コレが正解だ”という教え方はしないでもらいたい。正解は自分が見つけ出すものだ」という言葉。う〜ん、心にしみるなぁ。でも、受験のテクニックは“コレが正解だ”とは教えてはならないけど、それは受験に限らず人生全ての場面においてのことなんだと金八先生は言いたかったんじゃないのかな。「“親切”は“親を切る”と書く」って言ってたけど、こっちのほうはサラッと流してたね。むしろ「“思”い詰めすぎるとツノが生え尻尾が生えてしまうぞ」=「鬼」というほうに、極端ながらあながちウソでもないと感じたということを書いてこの回はおしまい。
第15話『金八も受験生の父』(00/2/3)
  • この回のサブタイトル通り、坂本家の受験生が1つのキーワードになっていましたね。で、幸作のことを考える話の流れから乙女姉ちゃん(マリちゃん大人気fromDynaBook)と彼女の進路についての話になっていきました。でも、金八の教えを“忠実に”守って成長してきた乙女ちゃんはそれを逆手にとって自分の生き方を貫こうとしていました。親離れする時期になってきたと考えると、見ているこっちまで“微笑ましい”と思えてきました。
  • それにしても慶貴は素直じゃないね。この負け惜しみぃ!
  • ただ、高校受験の合否の喜怒哀楽の様子は誇張しすぎだと思うね、相変わらず。僕は公立中学校出身だけど、あそこまでオーバーに騒いだり落ち込んだりしていた記憶はないよ。受かった人はまだ受験が終わってなかったり落っこちた人に対して自然と気を遣った覚えがあるよ。そりゃあ誰が合格したかというようなことは聞いていたけど。まぁ、ドラマだからいいんだけどね。金八も言っていたけど、「嬉しい気持ちを抑えろというのは無理だけど、泣きたいのを我慢している人もいるんだよ」ということに気付かないと。
  • 芸術学校の説明を始めたアスミに茶々を入れたヤツ(三郎?)に対してアスミが発した一言「うっせえ」がいいね。この森下加奈も今後伸びてくれないかなぁと期待。
  • で、不合格になった幸作。「まぐれってないなァ〜!」という金八の言葉は、ちょっとねぇ。だって、いくら公立がまだだからって、落っこちたんだよ?それにしては余りにも簡単に発していなかったか?
  • で、今回も兼末家。親子のくせに凄くよそよそしい感じを受けた。「育ちがいい」とか「しつけが厳しい」とかそういう言葉だけでは片付けられない感じだ。
  • “朝の10分間読書”で気になる本があった。まぁ、いかに僕が本を読んでいなかったかということでもあるんだけど。『あの金で何が買えたか』(村上龍)。気になるね。う〜ん、てゆっか、色々と読みたい本はあるんだけど、全然読めていない。時間も金も、余裕もないような生活をしているような状況でしてね。というわけで、“朝の10分間読書”は15歳の少年少女にとって良い影響を及ぼしているようだね。敏江は経済の本を読んでいたし。
  • 「田んぼは土でできている。マア」デラがついに「野」が書けたね〜!書き順とか、字のバランスが悪いのは御愛嬌。幸作も敏江も含め、みんな青年になっていくんだね。「親が指しているものを見るためには親を見ていちゃいけないんだな」って、親離れを端的に表している言葉だと思う。いつまでも親を頼ってちゃならず、自立していかなければならない。そうか、この第15話のテーマは『自立』だったんだな。
  • 上に書いたことを否定するような言葉が、ラストの金八の言葉。「合格してこい。自分自身としっかり戦え」というその言葉は、幸作を完全に1人の個として認め、その力を信用していることを認めていることを示すと同時に、親離れを自分でも受け入れようとしている金八自身の心境を表しているように思えた。
第16話『ガラスの少年T』(00/2/10)
  • あ、慶貴、開栄落ちたんだ……。
  • 一方、合格した健次郎。「おめでとう」と言うちはるに「……あんがとな」と一言だけど返したのは、金八に対して心を開いてきたことが影響を及ぼしているように思う。人の優しさを少しずつ素直に受け入れられるようになってきたんじゃないのかな。
  • 一方、合格した篤。「みんな!ありがとう!」という力強い一言は、不登校から完全に復活したことを示していたよ。
  • 慶貴の母親役のうつみ宮土理。面白いね。慶貴への過度の愛情と金八に対する事務的な顔の使い分けはさすがベテラン。テレビドラマよりは舞台演劇向きの演技だけど。ああいう演技ができないかなぁ、大宮高校演劇部!まぁ、それはいいとして。慶貴の内申書の成績を見て荒れていたけど、自己中心的だね。母親も慶貴本人も、慶貴自身の短所に気付いていない。自分自身の力を過度に意識しているため、協調性のなさや、それこそ自己中心的なものの考え方、思い込んだら回りが見えなくなる点など、「ちょっとねぇ……」という部分もあるよ。ま、それが人間の個性というものなんだけど。
  • ところで、バーバラが落ちているとは思わなかったな〜。今までの傾向からいけば、バーバラは不合格にはならないキャラなんだけど。ヒルマンは落ちるキャラだけどね。で、彼女らを自分も落ちたのにも関わらず慰めている真規子。強い子だね〜。金八じゃないけれど「中学生だったら、きっと真規子に恋してるな」。いや、ホントに。僕の中で真規子が急上昇。ということを増田に話したら「俺の中じゃずっと前からいいポジションだったよ」とのこと。で、TBSの金八ページにある真規子の紹介を見たら、なんだ、倉沢桃子って『おはスタ』金曜レギュラーなんじゃん。道理で可愛いわけだ。
  • 金八家に全敗組を集めて激励会をやっていたね。全部落っこちていた人は「ほっといてくれ」と思うかもしれないけど、もしそのままにして本当にほっといていたら、その子は自分の殻に閉じこもってしまう可能性がある。それを防ぐためにも、ああやって全敗した人だけを集めて行なう激励会は、「自分だけじゃないんだ」と思わせるためにも必要なことなんだなーと思ったよ。ただ、「今度がダメでも次がある」という言葉。確かにその通りなんだけど、1つだけ。もしその年度の全ての学校の全ての受験日程が終わっても同じことが言えるか。「来年があるさ」という意味で言うんだとしたら、それは残酷だよ。
  • 兼末家はなんなんだろう。合格祝いの食事なのに、凄くよそよそしい。うわべだけの心のこもっていない団欒にしか見えない。それはやはり雄一郎の存在があるからなのか。と考えてもみるが、それだけではないような気がした。おそらくそれはこの話の最後の方で金八が言っていた「あなた方は健次郎君に愛情を感じていないのではないですか」ということに由来するのかもしれない。
  • 田島怜子は本当に計算高い教育ママの役が似合うね。『GTO』しかり。雄一郎の事故からの流れで「内密に!」「知られないように!」という意識の塊としての存在は鬼気迫るものがある。でも、実際ああいう母親だったら、雄一郎ならずとも息が詰まって仕方がないだろうな。過度に期待をかけられ、決して本気で叱られることのない母親。僕だったらいやだ。で、その兄が潰れて代わりに期待をかけられた健次郎も同じ気持ちだったに違いない。ただ健次郎は強く優しい子だったからその期待を裏切らず、必死になって母親を支えようとしていたのだ。それでもそれは家の中だけ。息が詰まる思いをしながら母親を支えていた健次郎のストレスのはけ口は必然的に学校ということになったわけだ。これで今までの全ての健次郎の行動が理解できる。だから、家での健次郎・学校での健次郎の両方を理解しているただ1人の人物には何の邪念も抱くことなく抱きつくことができたのだろう。それが金八だった。自分に頼りきっている母親と、行動力のない父親。兄は壊れ、姉は亡くなった。健次郎には誰1人として頼ることのできる人物がいなかったのだ。花子先生を姉の代わり(というかほぼ姉そのもの)として信頼したことも、その「SOS」を示していた。が、初詣の一件で花子先生への信頼が若干揺らぎ、ほぼ同時期に裏の顔が暴露され、友達も無くし、それこそ誰も頼ることができなくなった。幼馴染みのちはるには弱い自分を見せたくない。そんな時、自分の裏の顔を暴いた金八が同時に健次郎を救おうと手を差し伸べてくれた。健次郎には金八以外頼ることができなかったのだ。健次郎を理解することは、そのまま子供の複雑さを理解することにもつながる。現実世界に置き換えてみれば、「学級崩壊には必ず裏の事情がある」ということになるだろうか。
第17話『ガラスの少年U』(00/2/17)
  • 兼末家の片付けの様子。母親には金八の説教もそれほど通じていなかったのか。嘘がばれるのも時間の問題と、その地を離れて“非難”を免れようとする行動は、高いプライドが崩れたときどうなるかということを示しているような気がする。父親の方はまだ立ち直ろうとする意識は見えるが、最後の一線を越えられていないような感じがあった。離婚(もしくは別居)を可能性のあることとして考える父親に対して、いやだと言う健次郎。「嘘はいつかばれる」という思いは持っていたが、実際に兄の入院が及ぼした影響がそこまで大きなものだとは思っていなかったに違いない。泣き出す気持ちも分かる。
  • アスミが「こんなバカと一緒に……」とデラに向かって言ったのには少々失望した。確かにデラの行動は周りから見ればおかしい部分があるかもしれないが、それも「個性だ」と金八は第1話で認めていたではないか。なのにそういう発言をするアスミには失望した。金八の教育が浸透していなかったということを示しているような気がして。そりゃあデラだって「バカって言ったな!俺だっておまえみたいなバカとは一緒に……」って言うさ。だけど、それ以上にがっかりしたのは、そういう発言をしたアスミに対して、金八が何も言わなかったことだ。
  • 慶貴は「いい学校に行け」とだけ言われてきたんだろうな。だから、「いい学校に行って何をするか」「何のために大学へ行くのか」ということを考えたことはなかったのだろう。だから、そのことを金八に指摘されたときに何も言えなかったのではないか。おそらく「ベンチャー企業に興味がある」という“夢”も、「それっぽいことを(=優等生らしいことを)書いた」というだけなのかもしれない。定時制で様々な価値観の人と触れ合うのはいいことかもしれない。もちろん慶貴だけに限らないだが。「諦めるという字は言べんに帝と書く。諦めることは一流の人しかできない」というのも事実だろう。この言葉は「一流になりたい」という慶貴の自尊心をくすぐるのと同時に、慶貴を励ましているのだ。「お前は諦めることのできる一流の人間なんだ」という意味ともとれるし。ま、もともと力のない人間は諦める以前に、目標に届くだけの力もないわけだし。
  • ところで、面白いね。3Bの恋模様は。
    ・幸作 ⇒ ちはる ⇒ 健次郎
    ・加奈恵 ⇒ 好太
    に加え、
    ・恵美 ⇔ 邦平
    ・慶貴 ⇒ 真規子
    という構図があったんだね。あーちくしょーうらやましー!
  • 明彦の健次郎からのカツアゲ問題。こっちも家庭の事情だったんだね。勉強の話しかしない母親と、店がうまくいかない父親。こっちもストレスになっていたんだ。でも、「原因は家庭の事情」というパターン多くないか?まぁいいや。そんなもんだろう。母親に関しては、ベクトルは全く逆だけど「期待されている」という点においては同じプレッシャーを感じていたんだね。1人旅にも行きたくなるさ。今後の軸は明彦か?ところで、何で大森巡巡査は制服姿で金八家で酒を飲んでいたんだ?勤務中じゃないのか?
第18話『自分を探す旅』(00/2/24)
  • 相変わらず兼末麻美は分かってない。相変わらず健次郎を頼っているし、何より、金八の説教にも関わらず、自分が雄一郎のお荷物になっていることに気づいていない。何か、見ていて健次郎のとき以上に腹が立ってきた。『過保護』という次元を超えているような感じがする。安井先生(柴俊夫)が前回「あのお母さんの方が病気」ということを否定しなかったのもよく分かる。いくらなんでも、大学生にもなった息子に対して、家から持ってきた服をどけてまで新しい服を自分で選んで着せようとするって何なんだよ。雄一郎も、そんな母親に対して何も言えないのかっ!……と思ったのだが、よくよく考えたら、雄一郎も金八の言う「親思いの優しい子」だったのかもしれない。自分に期待を寄せる母親を裏切らないように、自分を殺し、自分の意見を出来るだけ言わないようにして生きてきたのかもしれない。だから、抑圧されたフラストレーションが、親から逃げようとした留学先にまで母親がついて来ようとしたことによって爆発したんだろうなぁ、きっと。
  • 慶貴が定時制に慣れない気持ちはまぁ分かる。でも、ヒノケイは何なの?何か、遊びたいから定時制に行く……みたいな感じで定時制を受けたように見えるのは僕だけ?
  • 慶貴と提灯職人との出会いってのは、早速定時制のいい面が出たね。定時制という学校の性質として、社会人も同じ教室にいるということがあるけど、大学に行く目的が見えていなかった慶貴にとっては、自分の将来を考えるために非常に有用であるに違いない。自分が進む道がどのようなものであるか、その例が自分の周囲にいるのだから、ある意味否応なしに「大学へ行く目的」を考えざるをえないもんね。
  • 幸作を心配する金八。レベルが高い高校に幸作が合格したと聞いて驚喜していたけど、やっぱり金八も人の親だということをよく示しているシーンだったね。幸作、オメデトウ。あれ、ちはるは「おめでとう」って言ってたっけ?ちょっと忘れちゃったぞ。確認してないけど、もし完全に忘れられてたら、幸作が可哀想でならんよ。
  • 最近大西さんに覇気がなくなったように思えてならない。。何か、言葉に「強気」みたいなものがなくなって、「丸い」人間になってきている。どうしちゃったんだろう。入院して弱気になってしまったんだろうか。……と思ってたら、おいっ!来週大西さん死んじゃうんじゃねーか!まぁ話の流れからいって、大西さんに死んでもらわんと(っておい!)、今後の盛り上がりに欠けるというか、何というか「今回のシリーズに足りないものを補う」ことが出来ないような気もしていたけどね。
  • 健次郎が明彦に対して卑屈になっていたけど、ちょっとだけ元に戻った感じがした。明彦が高校の合格書類を持って教室に入ってきた時の健次郎の軽い「おう」という言葉。「金は返したぞ」という意味なのか「高校合格おめでとな」という意味なのかは分からないけど、いずれにしろ健次郎が自分の「強さ」みたいなものを取り戻していたように思う。
  • 「創造力=学力」ということについて、カンカン(ちょっと意外。カンカンはこんな“熱血”みたいに語るキャラじゃないのに)や遠藤先生(意外。でも「そういうキャラっぽいなぁ」とも思ったけど)が語っていたけど、これからの日本に必要なのはそういう力なんだろうなぁと納得。でも、僕自身にはあまり備わっていない力。う〜っ。ところで、慶貴は真規子を好きなんだろうけど、真規子は慶貴をどう思っているんだろうね?
  • 3つのカレーがそれぞれの境遇を象徴していたね。1人で生きていく予行演習の自分を探す旅の途中で、独立していこうとする明彦は、自分の金で食べるカレー。健次郎は、相変わらず母親に本当の自分を理解してもらえず、父親は家を怖がり、兄は倒れたところから起き上がろうとする途中で、誰も健次郎に手を貸そうとしていない兼末家でたった1人で寂しく食べるカレー。そして、母はいないものの、優しい姉と、温かく見守ってきた父に囲まれて、高校合格を喜びながら食べる幸作のカレー。三者三様のカレーは、今回の話の1つの象徴でしょう。
  • 『見守る』金八。明彦が1人旅で寝ている横で、火を囲みながら、明彦には直接何もせずにただ見守っている金八や大人たち。これは、今シリーズの金八の特徴かな。今シリーズの金八は、「後押し」するのではなく、「見守る」という姿を前面に出している。今回の話にしたって、たとえば第1シリーズの金八だったら、寝袋を持って来て明彦の横で一緒になって寝ているだろう。下手したらいっしょに旅をしているかもしれない。でも、今シリーズは、ずーっと子供達の成長を見守っている。何というか、円熟味が漂う。
第19話『生きる事・死ぬ事』(00/3/2)
 今回の話は、個人的には非常にタイムリーだった。というのも、僕の母方の祖母も入院中で、ちょうどこの放送日に「ほぼ危篤状態」という連絡を受けていたのだ。だから、ドラマの中での大西先生の状態はとても他人事とは思えずにこの日の放送を観ていた。
  • 本当に大西さんの気が弱くなってきていた。でも、入院で、今までの自分や、自分の子供達への接し方について考えていたのかもしれない。また、入院という何も出来ない状況で、人生についても新しく思うところがあったのかもしれない。自分の死を予感して「人はね、一生宿題の一つ一つを片付けていくもんなんだよ」という言葉には、大西さんの人生観が表れているように思う。人間には必ず、自分にしか出来ないような課題が与えられており、それをこなすことが、人が生きることであり、使命であるということなのだ。そして、子供達に自分の経験を伝え、教えていくことが自分の使命だと、大西さんは考えていたのだ。だから、“大西さんの死”ということ自体を邦平が「大西さんのメッセージ」として受け取ったこともあり、金八は「大西先生は死ぬまで桜中学の先生でした」と言ったのであろう。
  • 「生きているということは温かい血が体の中を走り回っているんだということを教えられたような気がしました。温かい血を体いっぱいに流しているんだから、冷たい心を持ってはダメだって、それが大西さんからのメッセージだと思います」という邦平の受け止め方は、その内容も含めて素晴らしいと思う。僕だったら、近しい人の死を看取った場合、とてもそんなことを考えている心の余裕はないだろう。だから、邦平の「大西さんが息を引き取ろうとしている時、僕は怖くなかった」という感じ方には賛成できない。先日祖母の見舞いに行ったとき、かなり危険な状態だったこともあり、「いつ僕の目の前で息を引き取ってしまうか」「死んでほしくない」という思いから、呼吸の弱い祖母を目の前にして僕は怖くて怖くて仕方なかった。人の死を目前にして怖くない人って、よっぽど心が強い人だと思う。
  • 大西さんの「まもなく夜が明けるね」という言葉は、もちろん「朝と夜を間違えた」という物理的な意味もあろう。だが僕はそこに「中学校を卒業するキミたちには、まもなく21世紀という新しい世界が広がるんだよ」という意味もあったのだと信じたい。うがった見方ではあるが、脚本家の小山内さんが、いわば大西さんの遺言となる言葉にこの台詞を持ってきたのには、それなりの意味があるはずだと信じて。
  • でも、毎回思うんだけど、何でこういう(葬式とかの)イベントに関わるのは3年B組だけなんだよっ!他のクラスの人たちは、全くデイケアセンターの老人方とは関わりを持っていなかったのか?おかしいじゃないっスか!何か、『3年B組金八先生』というドラマには、“桜中学校”の『学校』としての“厚み”のようなものが感じられないのだ。唯一、デイケアセンターに入所している老人の飼い犬であるタローの犬小屋を2年生に先を越されて作られたという時に他の学年が出てきているだけなのだ。職員室にも、1・2年生の先生の存在は感じられないし。ま、さらに言うなら、今回のシリーズは、3Bの中でも個々の生徒の掘り下げが少なかったように思う(現時点で)。母が「茂木照孝って、何かあった?」と言っていたし。第一、僕はまだ今回の3Bの生徒の顔と名前が一致しない人ってまだまだいるんだよ。
  • 体験学習で、3B卒業生の修一の家であるラーメン屋に来ていたが、……ここでは何も言えないねぇ。相変わらず杉山家は家族ぐるみで乙女ちゃんを狙っているし(「ダ!」)、慶貴は細かいし(ラーメン作りなんてある程度は大雑把でいいのに?)ハイハイ五月蝿いし。まぁラーメン屋でも仕事の流れが決まっていたり、忙しかったり、決まりがあったりするということを学んだということでこのシーンは片付けてもOKでしょう。気楽に観ればいいんじゃないのかな……。
  • 兼末健次郎の母親思いは感動するものがあるね。兼末麻美の「食餌療法ができないから仕方なく入院させている」というのは、半分は本当だけど半分は誇張だと思うよ。で、そんな母親に気を遣うあまり、そういう状況に追い込んでいる元凶の、兄・兼末雄一郎に対して憎しみを持ってしまっているように思う。でも、もし本当に憎んでいるのなら、そもそも入院先にまで押しかけて出歩いたことを咎めに行きはしないんだろうし、心の底では愛しているのかなぁ。でも、そんな健次郎の言葉の端々に「母親を優先する」という健次郎の傾きを読み取って、孤独感を感じる雄一郎は「俺だって苦しんでいるんだ!」と叫んで、健次郎に飛びかかってしまったのだろう。唯一信頼できると思った弟も母親の手先のように思えたんだろうな。
第20話『ガラスの少年V』(00/3/9)
 この回は印象に残ったシーンが強烈過ぎて、それ以外のシーンのことはあんまり覚えてません。
  • 「お別れ会で何をやるか」ということに関して、健次郎の「“ロックソーラン節”をやりたい」という意見が通っていたけど、これは、クラスで「“単なるワル”ではない健次郎」が認められつつある証拠ですね。やっぱりみんなも、健次郎の“ワルぶり”が複雑な事情によるものだと薄々感づいているのかな。
  • でも、そんな健次郎も、家では相変わらず麻美に『いい子』像として求められている。麻美の雄一郎に対する過保護ぶりは、弟・健次郎の存在がそれほど重要ではないのでは……とさえ思わせる。その過保護ぶりは、本人は気づいていないものの、安井医師には明らかに分かるほど。それが“異常”でさえあることが安井医師にははっきりと判断できる。何より、「ママにはあなただけなのよ」と雄一郎に対して言う麻美を見ると、母を愛しているのに母に愛されない健次郎が不憫でならない。
  • で、そんな母から離れようと、ナイフを持ち出してまで家を出ようとした雄一郎。「愛され過ぎ」というのも、正直なところ「ウザったい」もんね。だが、そのナイフを逆手にとって雄一郎を阻止しようとした麻美がマズかった。この行為で雄一郎は気圧されたものの、揉み合いになって麻美が重傷を負う。いくら自分を愛してくれない母とはいえ、自分が愛している母親を指したナイフが自分の手に握られていたら、誰だって呆然とする。でもさぁ、健次郎って冷静だと思うよ。もし僕だったら何をどうしていいか分からなくなってると思うけど、健次郎はちゃんと救急車を呼んでるからねぇ。このあたりの健次郎の心境は分からないなぁ。どんなふうに考えていたんだろう?何を思っていたんだろう?
  • で、自分がやったんじゃないけど、大森さんの自転車を無断拝借して行方をくらましたことで警察に追われる身になる。多分、ちょっとだけでも事情を話したら大森さんは喜んで自転車を貸してくれたんじゃないのかなぁ……。雄一郎を探すためだって一言言えばね。さんざん探して最後に思い当たったところが、幼い頃兄に「そこにいれば守ってやる」と言われた水門。今ではあんまりいい印象を持っていない兄だが、兄との良い想い出が兄を発見する決め手になるというのが、皮肉……とも言えるし、逆に素晴らしいことだとも思う。
  • 水門の部屋で兄と対面した健次郎。やっぱり雄一郎は兄貴でしたね。自分は引きこもりになってしまってはいるけど、そんな中でも弟を心配し愛しているんだよ。弟に罪を負わせないために、健次郎を失神させて自分は警察の目を引き付けて走っていく。何と言うかね、ああいう兄貴ってカッコイイと思う。ああいう兄貴になりたいけど、そんな兄貴に自分はなることができるのだろうか……?
  • そんな健次郎に対して「力になってやれなくてごめんな」と涙を流す金八。そこ(家庭の事情)までは教師の仕事の範囲ではないと思うが、金八が「力になれなかった」と悔やむのは、苦しむ健次郎の心の支えになってやれなかったことだろう。どんなにつらくても、すぐに自分(金八)を頼ってくれるほどの存在になっていなかったということ。そんな健次郎でも警察に引き渡さなければならないことに、必要性と悔しさを感じているはずだ。
第21話『ガラスの少年W』(00/3/16)
  • 留置所に面会に来た栄三郎に対して健次郎は、そういう状況であるにも関わらず母親の心配をする。健次郎は強い子だよ。家庭に振り回されるけど。でも、弱さも見せた。それが“両親が離婚するかもしれない”ということに対して「帰るところなくなっちゃうよ!」と言ったこと。健次郎は、今回の事件をきっかけにして家庭が崩壊することが嫌で嫌でたまらないのだろう。姉を亡くし、家庭まで崩壊することって嫌だって。これは第4シリーズの広島美香(小嶺麗奈)の家庭と似てるね。強いようで脆い面を持ち、家族思いで、家庭が崩壊することに対して悲しみを持つ。ま、それが思春期の中学生の姿なのかもね。
  • でも、そんな健次郎に対する3Bの思いには個人差があるね。「雄一郎のことでみんな(特にヒノケイら)に対して嘘をついた=みんなを信用してない」ということ、「みんなを脅したことを反省しろ」ということ、そしてちはるみたいに「心配しようよ」ということ。複雑なんだろうな。健次郎の家庭の事情は薄々感づいていても、そのことと今までクラスに対してやったことを天秤にかけて揺れまくっているんだろうな。
  • でも中野先生は変わったね。健次郎に関して事情聴取を受けても、自分に対して暴力をふるったことを訴える前に、自分が健次郎のことを分かってやれなかったことを責めていたからね。結果論だけど、健次郎に暴力を振るわれたことが自分を見つめなおすいいきっかけになったんだろう。
  • どうでもいいけどさぁ、アスミはナニ?芸能界志向が強くって、遊びに走るというキャラクターは分かるけど、何か彼女は『今時の少女』というステレオタイプを体現しているキャラクターなんじゃないかと思えてきた。軽く、全てをノリで済ませ、性に関して認識が甘く、目立つことが好きで……。まだクラスメートとの“遊び”の性行為にまで及んでいないだけ安心したけど。それにしても、アスミのようなコは、教師としても面と向かって話し合うことが難しいキャラだよ。真剣に話をしても、それを軽く茶化して受け流す。それを叱れば「何キレてんの?」みたいな感じでからかわれる。どうやって言えばいいのかねぇ?
  • そんなアスミの事件に基づいて行なわれた本田先生の“性の授業”。養護の先生は普段授業をしないので、こういう機会があるだけでも珍しいけど、必要だろうね(全く同じ話を女子・男子に分けてやってたが)。今回は第1シリーズ第6話や第4シリーズ第11話の時のような“愛の授業”ではなく、より実践的な(?)性感染症の授業だったけど、今のコたちはそういうことに関する知識がないまま性行為に及ぶから絶対に必要でしょう。


「第22話以降の感想を読ませてくださいぃ〜!!」