『3年B組金八先生X』感想

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第22話『卒業直前スペシャル:特別授業は大混乱』(00/3/23)
  今回は細かく書いていくぞー。
  • 定時制とか社会勉強とかで、慶貴が色々な物事に目を向けるようになったんだね。今までは視野が狭いだけの人間だったけど、逆に言えば今まで狭かった分、これから視野が広がる慶貴は本当に凄い人間になるかもね。
  • すげー!佐野泰臣(幸作)が片手で玉子を割ってるよー!でも、そんな幸作の横で、幸作の言うことに素直に耳を傾ける健次郎を見て微笑ましく思ったのは僕だけでしょうか?素直な健次郎は可愛いよ。本当に「イイ子」だからなぁ。あんな健次郎だったら僕も友達になりたいっス。イノヤスみたいに、僕もそう思うよ。
  • 本当に中野明先生は丸くなったね。いい先生になったよ。謝罪しに来た健次郎を、心から許そうとしている。同時に、自分の非もきちんと認めている。金八が言うように「まだまだ至らない部分もあるが、教え子からの暴力を一切責めなかった点において立派な教師」。だけど、自分にも火があることを認めて“暴力を振るわれたこと”を責めないことは素晴らしいと思うけど、やっぱり“暴力”を振るったことに関してはその意味(「暴力を使わなければならなかったのか/そのことに自分で責任を取れるか」ということ)をただし、叱るときは叱るべきだと思う。
    #現実の教育現場では『もみ消し』が行なわれるかも知れんのやなぁ……。
  • 北先生がスウェーデンの教育に関する本を読み上げたことに対して、金八が言った「日本には日本の風土にあった教育がある」という言葉はどう受け止めればいいのかな?確かに日本人や日本の風土には、因習・慣習に基づいていたり、国民性による教育があるし、必要かもしれないけど。でも、そのまま取り入れるのではなくても、外国のやり方を参考にして教育を改革していくことも必要不可欠だと思うんですが。う〜ん、どうなの金八っつぁん?
  • 幸作(と乙女姉ちゃん)と健次郎が青嵐の制服を受け取りに行く。やっぱり開栄には未練があるんだろうなぁ健次郎……と思っていたら、その横の試着室から篤がその開栄の制服を着て出てくるっていうのは皮肉だね。やっぱり未練があるってはっきり分かるのは、そんな篤に健次郎が何も言えなかったというコト。健次郎にはツライよ。ま、そんな2人の制服姿を見て「似合う」っていう金八も、ご馳走を用意する乙女ちゃんも、兼末家以上に健次郎の家族っぽく見えたし、健次郎自身もそんな風に考えたかも。でも、兼末栄三郎も最近ようやく行動力が出てきたし、麻美に対してもはっきりと自分の考えを言う。子供の自立を認め、“本当の父親“っぽくなってきた。
  • カンカン独身だったんだ……。
  • 「人の痛みが自分のものにならないと」という言葉には共感。これから相手にしようとすることを、自分がされたらどう思うか。それを考えることによって、人に対して優しくなれる。でも、僕自身も「まだまだ」な点なんだよね。バイトしかり、このページしかり。
  • 「目と手と声で、勉強しよーう!」って、日テレの『夜もヒッパレ!』の「見たい・聞きたい・歌いた〜い!」っぽいね。まぁそれはいいとして。ゴミに関する特別授業(社会科見学など)での「自分の目と手と声で」勉強するというのは、本・教科書の上に書かれていることを読むだけでは身近なものとして感じられないことでも、「体感する」ことよって自分のものとするための経験。自分の価値観にも大きな影響を与える。決して文章からでは学びきれない、いわば行間を読むということを自分の体で経験するのだから。
  • 花子先生の栄養バランスの授業は、そのまま普通に続けてほしかったなぁ……と思いつつ。偶然の出来事とはいえ、花子先生に対するセクハラとなってしまったインターネットの画像。あんな感じでスクリーンに投影されるものなのかね。でも「セクハラに対抗するためには良識の団結が必要」という花子先生の意見には賛成。同時に、金八つぁんの「それは自分の意見を言っているだけです」というのにも賛成。でも、(その程度を考慮することは必要ではあるが)一教師として自分の考え方を伝えることも必要なのではないだろうか?マニュアルに書かれていることや「教えるべきこと」を教えるだけでは、それこそ画一的な人間ができてしまうのではないだろうか?たとえ「自分の意見」だとしても、「教えるべきこと」と同時にそういう考え方も示すことによって、子供たちは多様な価値観に触れ、個性的な人間が育つのではないだろうか?
    #とは言え、決して『金八』や小山内さんに失望したとかそういうことではない。そういうことについて考えるきっかけを与えてくれる番組を作ってくれることに感謝している。
  • で、「どんな“事故”が起ころうと、それを授業にまで高める。それが教師の仕事」と花子先生を叱責・指導する金八を見て、「50歳になった金八は後進の指導をするようになったんだ」と改めて思った。今回の第5シリーズは、渡辺花子・小田切誠・遠藤達也という若手教師(遠藤は40代……)を教える金八の姿をも描いているよね。
  • それにしても同情すべきは健次郎かな。「パパを頼む」「ママを頼む」と、結局両親のことを頼られてる。
  • あー!でもさー!何で3Bだけ3年生の教師全員を引っ張り出して特別授業ができるのかなー!?
第23話『最終回スペシャル:さよなら金八先生』(00/3/30)
  • 好太⇔加奈恵 / 邦平⇔恵美 / 修三⇔蘭子 に加えて 乾 ⇔小椋 がありそうだっていうのが、最終回に来て面白い。でも、好太が加奈恵を受け入れた(のかなぁ)っていうのが驚く。あと、学級委員コンビはイイ仲だったんかぁ〜。
  • 「言葉には言霊がある」という話。心の中にいる「鬼」に「あきらめたらあかん」と声をかけてやれば、心を「魂」にまで高めることができる。言葉には心を揺さぶる力があるということは、良きにつけ悪しきにつけ心しておきたいもの。
  • 健次郎が『ママ』ではなく『お母さん』と麻美を呼んだことについては、「やっぱりそろそろ親離れしなきゃいかんよなあ」と思う。
  • ようやく乾先生が今シリーズ最初の授業らしきことをしてましたな。円周率は「3」ではない。小数点以下を省くな。例え円周率のように未だ割り切れない思いを持っていても、割り切れるまで挑戦をやめないでほしい。多面体のように物事には複数の見方があり、そんな多様性を見ることができる人間になってほしいという言葉に、僕は感動しましたな。昔のカンカンは事務的にしか授業をしなかったような覚えがあるだけに、丸くなったというか……。だから3Bも「ありがとうございました」と言い、カンカンも「ありがとうございました」と返しているのだろう。凄く人間味溢れる先生になってるよ。その人間味があらわれたことに、小椋さんとのことがあるね。「四角四面な人間に見えますが、勤勉なところとトンチンカンなところがあります」みたいなことを必死になって言うところがイイね。数学をもじった口説き方とか、ボーっとしちゃうところとか、恋に関してはちょっと不器用そうなところがまたイイ。でも多分小椋さんはカンカンの想いに気づいていないよ。で、「私は今とても幸せです。“幸せ”とは多分このような気分をいうのでしょう」なんて、およそカンカンらしくないことを言ってデラとうなずき合っていたけど、この“幸せ”って、小椋とのこともあるけど、3Bに「ありがとうございました」と言われた“教師冥利”みたいなこともあるんだと思うよ。
  • 雄一郎が服部先生のフリースクール“風”で働いていたけど、雄一郎らしい……というか、雄一郎役の須藤公一らしいというか、太ったキャラらしいというか、とにかくそんな感じの優しそうな働きぶりだったね。雑巾絞りに“てこの原理”を当てはめてみても何の嫌味もなく、本当に中野先生が言ったように「理論と実践の融合」という感じがしたよ。子供のためにシーソーを建てるための穴を掘っている姿も、子供思いという感じに僕の目には映ったし。親元を離れ、本当に自立しようとする姿を見て、とりあえず現段階では一人暮らしは成功しているんじゃないのかなと思う。
  • 雄一郎との、久々の“兄弟”としての触れ合いが、見ていてイイ感じ。うまく説明できないけど。多分、こういうのを「感動した」とかって言うのかな?とも思うけど、そこまで凄い衝撃じゃないんだけどね。で、ジョギングから帰ってきた健次郎に篤が“ロックソーラン節”のテープを渡すシーンで「頑張れ!」と声をかけたのは、幼馴染みであり、健次郎の心の中を理解しており、今まで健次郎に脅されていたことから立ち直り強くなった篤だからこそ言える言葉であり、幸作にもちはるにもない説得力がある言葉だよ。で、そのテープで練習する健次郎の踊りのキレのあること!
  • 多分3Bの面々は「謝らない限り健次郎を認められない」とは言うものの、心の中では既に仲間として認めてるんだろうな。だけど、“けじめ”としてちゃんと謝ってもらわないと100%健次郎を認めることはできないというのはよく分かる。だって、それが“けじめ”っていうもんだから。
  • 卒業式のシーン。校長室で健次郎がスピーカーから流れてくる卒業式の中継を聞いていたけど、やっぱりというか何というか、健次郎の名前だけは呼ばれなかった。仕方のないこととは言え、やっぱり3Bはショックだったろうし、健次郎も落胆したろう。だが3Bや健次郎には諦めのような気持ちはあったかもしれないが、誰よりも残念に思ったのは金八先生だったはずだ。今まで一番目を掛けたと言ってもいい健次郎だが、ようやくみんなの仲間入りをしようという段階で卒業を迎えるその日に、みんなの名前と一緒に健次郎の名前を呼ぶコトができないのだ。少なくとも、僕だったら悔しく思う。涙も流しちゃうかも。
  • 卒業生答辞。毎回そのシリーズでのキーパーソンがやっていたけど、今回は誰だろう?と思っていたら、邦平ですか。いや、「がっかりした」とかそういうんじゃないけど、僕は「健次郎じゃなきゃデラ辺りかな」と思っていたので。でも、大西さんから生命の大切さと人の温かさを教えられた邦平なら納得。そんな邦平の答辞は、確かに心には染みる。でも、うがった見方をしてしまえば、何かとってつけたような感じがしたんだなぁ。奇麗事とまでは言わないけど。でも、そんな台詞を言うのが“答辞”なんだけどね。

     この良き日、校長先生はじめご来賓の皆様より数々のご祝辞を賜り、ありがとうございました。……しかし、僕たちほど先生方や保護者たちを悩ませた学年はいないのではないかと思いました。
     問題は先生方への不信感でした。どの先生方も本当は僕たちのことを考えてくれず、親は分かっていないと思い込んでいました。そうしたストレスの中でクラスはクラスではなく、友達は友達ではなくなっていました。そんな中で、勝手な授業放棄や反抗を募らせていったのです。
     担任への暴力事件。続けて受け持たれた先生からの、教師生命をかけた体罰。僕たちの愚かさはこの2人のかけがえのない恩師を失うところだったと思うと、今でも体が震えてくる思いです。
     多くの先生方も、決して諦めず見守り、常に励ましてくれてありがとうございました。僕たちは今、人の心の美しさ・優しさ・強さを知って心から感謝しています。
     ケアセンターのみなさん。色んなことを教えてくださって、ありがとうございました。今日、大西さんのご出席がないことが本当に残念ですが、病室を共にした僕だけではなく、生徒みんなに“生きることの意味”を教えてくださいました。大西さんのことは決して忘れません。人に向かって「死ね」などと言ってはいけないこと・「命愛しむ」という言葉を肝に銘じました。
     そして在校生のみなさん。君たちに僕たちの誓いを受け継いでほしい。時にはむかつく事もあるでしょう。けどそれは、僕たちの未熟さだったと知りました。なぜならば、その混乱した心をぶつけていけば必ず体ごと受け止めてくれる先生がいるからです。そしてそれは、人間と人間の勝負だということを教えられました。そしてこの宝のような言葉を魂に刻み、今日卒業していきます。
     魂に刻む!この桜中学を!出逢った友達を!僕は誇りに思います!そしてこの思いを、在校生の君たちに託します。
     卒業生起立!!
     先生方に、ありがとうございました!!
     ケアセンターの皆様!父兄の皆様!ありがとうございました!!  

    平成11年度卒業生代表 山田邦平

  • ……でもさぁ、3Bウルサイ(特に慶貴。真規子も「やれやれ……」だ)。「仲がいいから」「団結しているから」と言ってしまえばそれまでだけど、厳粛な卒業式の最中に声をかける人なんて、少なくとも僕の経験した卒業式×3にはいなかったよ。そういうところが国井教頭とかに「また3Bですか」と言われる所以なのでは。
  • 出張先から卒業証書授与に間に合った栄三郎。ようやく兼末家が一つにまとまった感じがした。
  • で、校長室で校長から卒業証書を渡される時になって3Bの教室に行った健次郎。やっぱりみんなに謝ってからではないと卒業する気になれなかったんだろう。そんな健次郎を迎えた3Bの面々の目がとても優しかった。だから、健次郎がためらいがちに教室の中に入ってきても「温かく健次郎を迎える」という空気が満ちていたし、邦平の答辞を踏まえて(ストレス・反抗)の健次郎の謝罪の言葉が途中で詰まっても、敬太が温かく「頑張れ健次郎!……頑張れ」と声をかけた。これに続いてみんなが「頑張れ!」「健次郎!」と声をかける。これはやっぱり「心の中ではもう許している。後は健次郎の謝罪の言葉が必要なだけ」という3B全体の心を示しているのだ。これに続いて健次郎が「ごめんなさい!」と謝るが、この健次郎の言葉の中には「ありがとう」という含みがあるように思えてならない。その後敬太の「みんな許してるよ!……許してるよなぁ!」という言葉には“仲間”としての響きがあった。「パトカーにも乗った。留置所にも入れられた……そんな僕を心配してくれてありがとうございます」に対する明彦の「友達だろ……それくらいあたりまえじゃないか」は本音だよ。「学校に来たかった……3Bの教室に来たかった……みんなに逢いたかった!逢いたくて……逢いたくて……逢いたくて……」という健次郎の言葉……。お別れ会の日程や嘆願書など、クラス全体が健次郎のために動いていることを誰も厭わない……。素晴らしいクラスだよ。僕は健次郎が「本当にごめんなさい!」と言った瞬間、涙が溢れてきました。
    でも、冷静な目で見直してみると、この【謝る】という行為自体は“けじめ”だから構わないとしても、何か健次郎1人が悪者みたいな感じになってしまっているのは残念。
  • で、家庭裁判所での審判の日。金八とクラス全員で健次郎の審判結果を待ち、じっと待っている。そこへ、建物の中から健次郎が家族と共に出てくる。クラスメートを見つけ、手で「無罪放免」を示す。雄一郎に背中を押され、クラスメートに向かって走り出し、3Bも健次郎を迎えるように走る。クラスメートの中でもみくちゃにされる健次郎……。何か、【本当の仲間】という感じがして、僕は再び涙が溢れてきましたよ。
  • ケアセンターの人たちが“ロックソーラン節”のための衣装を作ってくれていたけど、ここでも「何で3Bだけなのかなぁ!?」。確かに、文化祭のときにケアセンターの人たちと共に踊っていたけど、だからといって衣装を作ってしまうの?はっきり言うけど、この『3年B組金八先生』というドラマでは、3年B組以外のクラスは完全に無視されている!!
  • でも、このケアセンターでのお別れ会のシーンは面白かったね。何だかんだ言っても慶貴と真規子はくっついているし、篤と有里子も然り。また、邦平の口元に付いたごはんつぶを恵美が指で取って自分の口に入れるシーンなんか、「うっわ〜!アツアツ!」とかって思っちゃいました。
  • で、その衣装を着るために3Bの教室に帰ってくる。そこで金八の説教となるのだが、今回は今までのシリーズとは受ける印象が違った。今までは、机とイスを片付けて他の先生を交えた楽しげなお別れ会の中で金八の話が始まっていたが、今回は机は並べられてるし、金八と3B以外の人はいない。いつもと雰囲気が違っていた。そんな中で生徒1人1人に語られる「○○な人になってください」という“贈る言葉”も、何かいつもよりは安っぽく感じてしまった。それは【それぞれの生徒の名前はどんな願いが込められているのか】ということを語り「○○な人になってください」と言うのだが、その【名前の文字解き】という発想が「安易」と言うか「ネタ切れなんか〜?」というか……。いや別にそのこと自体は悪くないんだけど、何というか今までの最終回での“お説教”に比べると受ける“感動”みたいなものが薄かったんだよなぁ……。でも、「あなたたちがいたから、私たちも頑張った」という言葉には感動したね。何か、「あなたたちははっきり言って手の掛かる生徒でした。しかし、そんなあなたたちと人間と人間の勝負をするという上で私たちも頑張ったのです」というような意味が込められているんだろうな。でも、同時にこれは“役者・武田鉄矢”として「半年間よく頑張った」という意味も込められているのは間違いない。
  • 最後に河原で踊る“ロックソーラン節“。まぁこれは生徒全員を見せるという意味合いの方が大きいんだろうけど。撮影時には奇跡のようなエピソードがあったらしいけど、それも凄いよね。


シリーズ全体を通して
 ドラマというより、ドキュメンタリーを観ているような感覚でこの感想文を書いてきた気がする。
<以下次回更新を待て>

主題歌『新しい人へ』/海援隊
  

第5シリーズの3年B組
市村 篤(内田祐介)
 竹冠に『馬』と書きます。これは、大草原をひづめの音を響かせて懸命に走る馬の姿が字になったものです。その懸命さで、どうか人の胸を篤くする人になってください。
入船力也(西原幸男)
 力也の『力』は、力いっぱい重い物を持ち上げようとする腕の形がこの字になりました。素晴らしい働き者になってください。笑顔のいい働き者になってください。
小野寺良輔(香川佑太朗)
 良輔の『良』の字は、木の升で物をはかる手の形です。時間がかかってもいい、自分の木の升で納得できるまで物をはかってください。
兼末健次郎(風間俊介)
 『健』という字は、人偏に『建てる』と書きます。自分という人間を、しっかり地面に打ち立ててください。
 「こっ…こわざ?」
塩沢好太(森雄介)
 『女の子』と書きます。おう、好太、優しい男になれ!な!女の子が護れるからこそ、男です。
田口三郎(佐々木仁)
 『三郎』という意味は、「3番目に生まれた男の子」という意味があります。お兄さんの名は『太郎』『次郎』。太郎・次郎に負けるな三郎!
戸田幹洋(本橋卓朗)
 『幹(みき)』という字は、太ーい木のイメージですね。どうぞ、その幹を大きく育てて、夏には人を木陰で休ませ、冬には旅人を風から守るような大きな幹になってください、幹洋!
中込祥夫(平野良)
 『祥(よし)』という字は、しめすへんに『羊』と書きます。これはね、「とても素晴らしい幸運がやってきた」という意味があります。君が生まれたとき、父母(ちちはは)はそれほど喜んだんです。そのことを一生涯忘れないでください。
日野敬太(片山雅彦)
 敬太の『敬』の字は、人に対し深々と頭を下げる人の姿がこの字になりました。人に対しいつでも謙虚な啓太でいてください。
比留間和憲(小川一樹)
 『和(かず)』という字は、のぎ偏に『口』と書きます。人の心を穏やかにたおやかにするそんな話し上手な人に、また人の心を和やかにする聞き上手な人になってください。
深川明彦(亀梨和也)
 君の『明(あき)』というこの字は、月の光のことです。どうぞ月の光のように、夜道をしっかり照らしてください。自分のために輝くな!人のために輝け明彦!
 ジャニーズの野球でのエース。少年団での松坂大輔の後輩。
茂木照孝(長田雄一)
 照孝の『照(てる)』は、赤々と燃える炎のことです。くすぶるな照孝!轟々と燃えて寒い人を暖めてあげてください。
森山慶貴(桑原朋宏)
 慶貴の『貴』の字は、「美しい貝殻が山ほど詰まれている」という意味があります。心の中に美しい貝殻をいつも持っていてください。
山岡修三(古川和彦)
 君の『修(しゅう)』という字は、塵を落とし身を清めるという意味があります。自分の塵ばかりでなく、人のこともきれいにしてあげてください。
 スイス行き決定。
山田邦平(五十畑迅人)
 『邦(くに)』という字は、ある地方・ある国のことを指します。そこを平らにする男で『邦平』。君にはまだまだ力があります。この街を、この国を、平らな素晴らしい邦にしてください。
阿部カオル(中山史奈)
 君の名前は『カオル』。どんなに暗い時代になっても、暗ーい闇の中でも、沈丁花や金木犀のように、ありありと香る人になってください。
市川雅子(永山まり)
 君の『雅(まさ)』は「優雅」の『雅(が)』と書きます。これは【新しいものと古いものが織り交ざった美しさ】。そんな人柄の人になってください。
太田アスミ(森下加奈)
 君の名前はカナです。でも響きにお父様とお母様の願いが込められています。明日を夢見る人になってください、アスミ。
落合加奈恵(中島由香里)
 君の名もまた、響きに意味があります。お父様とお母様は、君の願いが「叶え、かなえ」と、加奈恵という名にしたのです。ですから、美しい願いを持ってください。
加藤バーバラ(大山千穂)
 この『バーバラ』という名前はね、実はイエス=キリストを信じて炎の中で死んだ人の名前がバーバラだそうです。今も美しい教会に残る伝説の人です。強く祈る人になってください。
小松由佳(高徳美絵)
 由佳の『由』という字は、竹で編んだ質素な籠のことを意味しています。質素でもいいんです、愛らしい竹の籠のような人になってください。
佐伯蘭子(金田美香)
 『蘭』という字はね、これは、恋人たちがデートをするときに、髪に挿した花だそうです。そして恋人たちは美しい歌を歌ったそうです。あなたも、美しい恋をしてください。
桜田友子(小高早紀)
 友子の『友』の字は、倒れそうな友達を一生懸命手で支える形が字になりました。この『友』の字をこれからも目指してください。
 “ドール”。
鈴木サオリ(佐々木恵理)
 君の名前も、響きに意味があります。【さおり】とは、きめこまやかに編んだ布のことです。傷ついた人がいたら、どうぞガーゼのようにその人を慰めてあげてください。サオリ、木綿の人になれ!
関 恵美(木舘雪恵)
 『恵む』という字は、たくさんの幸せを人にあげるという意味があります。『心』という字が生きています。恵むという字を目指してください。
平吹有里子(金井愛砂美)
 『里が有る子ども』と書きます。心の中にユリの花がいっぱい咲いている小さな村里を持つような、そんな女性になってください。
松岡敏江(清水沙映)
 敏江の『敏(とし)』は「機敏」の『敏(びん)』です。この字は、懸命に働く手の形が字になりました。愛嬌のある働き者になってください敏江。
室岡美佳子(浅井美歌)
 「美しく優れた人」という意味です。でも、「美しい」字を見てください。「羊が大きい」と書きますね。これは、この字を作った遊牧の人たちが、そう、大きな丸々と太った羊こそ美しく見えたという証拠です。美佳子、痩せた美人になるな!大きな美人になってください。
安井ちはる(岡あゆみ)
 君の父と母は、君に千回も、千度も春が来るように『ちはる』と名づけました。春が余ったら、人に分けてあげなさい。
米田真規子(倉沢桃子)
 真規子の『規』という字は、まぁるい円を書くコンパスという意味があります。どうか、人生の中で素晴らしく美しい円を書きながら生きていってください。
 「おはー!」こと『おはスタ』金曜日でおなじみ。
坂本幸作(佐野泰臣)
 死んだ母ちゃんは、まだ赤ん坊の君を見ながらこう言っていました。「幸せを探す人ではなく、幸せを自分の手で作る人になってください」って。死んだ母ちゃんは、よくそんな風に言っていました。死んだ母ちゃんの言葉を忘れるな。