北海道ツーリング 

五年前の事なので若干、間違い、嘘があるかも?

 

平成8年8月9日

北海道ツーリングのため10日の有給休暇を貰う。

会社を出て、夜の9時、小淵沢の自宅を出発

当初フェリーで行くつもりであったが、不幸にも切符が取れない。

フェリーでのルートは東京、茨城、新潟の3ルート

そのいずれも満席。

一月前の電話予約を知ってはいたが、電話が通じない。

通じた時にはすでに一杯。キャンセル待ちは出来ないという。

当時、電車に載せて行く方法もあった(今も有る?)が、これもダメ。

北海道へのアプローチは自走しか手がなくなった。

どうにかなるさと出発。

ただ、気掛かりだったのは青函連絡船。

果たして乗れるのかぁ?

当日、天気は曇。

天気予報は東北地方は雨。いやな予感がする。

荷物を積み込み出発。

夜間の走行は極力避けたかったが、日がない。

しかも往復自走のため、少しでも余裕を持って行きたい。

中央高速に乗り、一路東京に向かう。

八王子で休憩

首都高をすぎ、東北自動車道へ

しかし、ここからが長かった。

道路標識にある目的地までの距離が100km単位

平均100kmで走っても1時間はかかる。

SRXは振動がひどく、長時間の運転は酷だ。

手がしびれ、クラッチやブレーキが思うように握れない。

何度も休憩を取る。

雨が降り始めたのは福島あたりから。

疲れも出始め、SAごとに休憩。

しかし、青森まで半分も来ていない。

だんだんと嫌気がさしてくる。

やめるか?

そう思ったが、会社の仲間に行ってきてしまった以上、やり遂げねば。

空が明るくなり始めたのは仙台を過ぎてから。

徹夜の走行で眠気も襲う。

 

平成8年8月10日

盛岡あたりまで来ると、同じ北海道を目指すライダーがちらほらと現れる。

彼らの特徴はシートにくくられたクリアボックス(洋服入れのような物)

なるほど、とカンシンする。

バイクでのツーリングは荷物の付け方が難しい。

なるだけ少なくしたつもりでもかさばるし、その物を入れるバックも大きい。

大きくなるほど中の物が取り出しにくいし、どこに有るのかも探しにくい。

今度行くときには、とそう思う。

青森に着いたのは朝の9時

12時間走った事になる。

早くフェリーに乗って、眠りたい。

フェリー乗り場の駐車場がなにやら込んでいる。

駐車場脇の芝生にはテントが張ってある。

その数20−30張り

ん?なんだ?

その答えは切符売り場で判明した。

車は4−5時間待ち。しかしバイクは受け付けないという。

なぜ?

その答えは、あまりにもバイクの数が多すぎ、一週間待ちという。

うっそっ〜〜〜〜、うそでしょ〜〜〜〜

あまりの事に泣きたくなった。

他に方法はありますか?の答えは

”ありません!”

バイクの人たちは同じことを聞くのだろう、かなり冷たい態度だ。

一週間も待てる訳がない。休みは一週間しかないのだ。

駐車場脇のテントは皆、バイク野郎

みんな学生のようで、時間があるのだろう。

どうするかぁ〜〜?

学生達の彼らのように時間が余っている訳ではない。

ふと駐車場を見るとトラックが多い。

荷台に載せてもらうか?。

しかし、同じ事を考えている奴がいた。

しかし、彼はあえなく玉砕。

トラックの運ちゃん達は仕事で北海道に渡る。

この混雑している張本人の観光客に激怒しているのだ。

まるでこの混雑は彼のせいだと言わんばかりに怒っている。

私は恐ろしくてとても声を掛ける事など出来ない。

どうする?どうする?

東北ツーリングに変更するか?

考えること1時間。

地図を見ると野辺地と下北半島の大畑、その先の大間からも船がある。

それに賭けるか?

ダメなら、予定を変更しよう。

下北半島に向かう。

野辺地に着き、フェリー乗り場の案内標識に従う。

しかし、目に現れたのは使われていないフェリー乗り場。

閑散としている。

当乗り場は廃止されました、の看板。

ここはダメだ。大畑だ。

途中の陸奥湾沿いの国道はなんとなく北海道を連想させる。

まっすぐな道が続く。

さすがに徹夜の走行で疲れが溜まっている。

道端のタンポポの咲き乱れる空き地で、しばし睡眠。

大畑に着いたのは午後3時すぎ。

駐車場に着くと、青森港とは打って変わり、車はまばら。

も、もしかして!

その予感は的中した。

しかし、そのフェリーは一度にバイクは30台程度しか載せないようだが

でも深夜の便には乗れそうだ。

ただし、往復の切符を買えば、の話。

帰りの便は15日しかないという。それ以外は無いという。

中4日のみの北海道。

この先、大間からもフェリーが有るらしいが、そこから来たライダー達が混んでて

3日待ちだと教えてくれる。

しかたない。行けないよりは良いだろう。

出発までの時間、30分程走り下風呂温泉に行く。

公衆浴場は漁師のおやじでいっぱいだった。

 

平成8年8月11日

待合室で仮眠

朝3時乗船。

フェリーは意外に空いているのだが、バイクを止める場所が無いらしい。

もっと積み込めるような気がするのだが・・・・・

北海道まで寝る事にする。

起きれば北海道だ。

8時に室蘭着

フェリーの扉が開く。

最初に出るのはバイク

フェリーの扉が開く前から、バイクの連中はエンジンは暖気させている。

扉が開いた時は感動した。

やったっ!とうとう来たぞっ!(ちょっと言い表せない)それほどの感動!

待ってろよっ、キタキツネッ!(ちょっとちがう)

待ってたかっ!エゾ鹿っ!(ぜんぜんちがう)

とにかくそんな感じ。

予定が大幅に短縮されたおかげで、強硬なツーリングになる。

本来、北海道一周をめざしたが、それはどだい無理。

道東、道北を回るつもり。それでもかなり無茶な計画。

どのみち、泊まるはテントだから、行けるとこまで行ってキャンプ。

それしかない。

室蘭から高速を使って苫小牧まで

そこから国道に下り、門別を通って富良野を目指す。

苫小牧でガソリンを入れれば良かったのだが、そのまま進む。

それが失敗。

途中ガソリンスタンドがあると思いきや、それが無い。

本当にない。ぜんぜん無い!

リザーブにして70km

ようやく見つけたガソリンスタンドで満タン。

ほっと一息。

この時から、北海道では200km走ったら、ガソリンが残ってても満タンにする

ように心がける。

富良野への途中、アイヌ文化資料館近くの売店で思いがけない人に出会う。

同じ年の5月、四国にツーリングに行った際、足摺岬で出会った埼玉の人

(名前は忘れた)に出会う。

あまりの偶然の再会に話が弾む。

日高まで一緒に走りそこで別れる。

彼は林道を走りに来たようだ。

富良野はすでにラベンダーの季節は終わりだった。

偶然見つけた畑にあっただけ。

北の国から、の六郷の森にいきたかったが、あえなくキャンセル。

美瑛の美しい丘を眺め、旭川へ。

町中を通り、そのまま北上。

士別市で夕飯用の食材(おにぎりと、カップラーメン)を購入

夕刻も迫り今夜のキャンプ地を探す。

朱鞠内湖に決める。

湖畔の芝生にテントを張り、寂しい夕食を取る。

一人のキャンプはする事がない。

夜の8時には寝てしまった。

 

平成8年8月12日

朝の早くから出発する。

廻りのテントはまだ眠っている。

バイクを道まで押し、そこで暖気

今日はサロベツ原野を通り野寒布岬、宗谷岬を通って、行けるとこまで。

山あいを走り抜け、サロベツ原野へ。

季節的に花は少ない。

一番良い季節は6月下旬から、7月までらしい。

タンポポが目立つだけ。

しかし、広大な広さに感動!

やっほーっ、てな感じ。

途中、海岸線にルートを移す。

まさに北海道!!

まっすぐ、まっすぐ、まっすぐな道。

前方からやって来るバイクのヘッドライトの明かりが見えてから、すれ違うまで

およそ2−3分。

ピースサインを出すのに余裕がありすぎる。

お互い100km近い速度の早さでピース。

うんうん!こんなこと北海道でしか出来ない。

どことなく寂しい野寒布岬に比べて、すべてがうるさい宗谷岬。

どこの店にもここが最北のXX店、などと書いてある。

そして、おおきな音で流れる歌。

勘弁してくれよ!

ちょっと幻滅。

宗谷を越えると何もない宗谷国道。

ひたすら南下。

途中の食堂で昼飯。

季節的に今は帆立。刺身を頼む。

更に南下し、クッチャラ湖。

特に記憶無し。

ひたすら南下。

それしか書くことがない。

紋別を通過し、サロマ湖、能取湖

網走で今日は泊まる。

さすがに道東に来るとライダーが多い。

キャンプ場でまたまた早めの就寝。

しかし、隣の家族連れのキャンパーがうるさい。

寝袋に包まって、爆睡。

今日はとても疲れた。

 

平成8年8月13日

いずれ来ることがあるかも知れないので網走刑務所はパス。

いや、犯罪者としてじゃなくってっ!

海岸線をひた走り、ウトロ

知床五湖もパス。

バイクじゃ無いときに来ればいい。

知床峠で休憩。

この辺り、バイクが異常に多い。

北海道は半ばピースサインが強制的だ。

コーナーであろうとダートであろうと相手がしかけてくる。

コンビニで休んでいても、ガソリンスタンドで給油していても

ピースサインだ。

いささか疲れる。

羅臼を通り、標津町へ

内陸部に入って開陽台を目指す。

一直線な道が続く。

どこまでも続く。

おお、北海道っ!って感じ。(意味不明)

ライダーの聖地といわれた開陽台

しかし、あまりライダーはいなかった。

300度くらいの展望、地平線が見れる。

数分とどまっただけで、再び走り出す。

恐ろしく長い直線道路を通って摩周湖へ

幸い摩周湖は霧がかかっていない。

展望台で眺めた後、今度は屈斜路湖

砂浜の温かいのを確認した後、阿寒湖

うるさいみやげ物の町中を逃げるように避けた。

今日はオンネトー湖でキャンプ

真っ暗な道を歩き、露天風呂へ

途中、エゾ鹿に出合い、お互い驚く。

暗くてわからなかったが、きっとあの露天風呂、昼間は小さな池にしか見えないのではないか?

ふと、そんな気がした。

狭い露天風呂に男が7−8人

真っ暗だからいいが、きっと明かりが点いていたら、ちょっと異様かも・・・・

 

平成8年8月14日

前夜は同じ単独ツーリング仲間同士で飲み会になった。

中には一人で来ている女性ライダーもいた。

11時頃まで飲んだ。

北海道は一人で行ってもすぐに仲間が作れるとこが良い。

朝、目覚めると夜露がおり、テントはビッショリになっていた。

ふと、近くのベンチに目をやると、顔に新聞紙をかけた男が寝ている。

もちろん服は夜露でビッショリだ。

死んでるのか?

ふと心配になり、彼を観察したが、息はしているようだ。

よくもまあ、そんな姿で寝ていられると感心する。

昨夜の仲間に別れをつげ出発。

帰りのフェリーは明日の午後一時

とりあえずは、室蘭近くまで行っておきたい。

途中、前輪がすべる気がした。

タイヤを見ると山がない。

帯広の市内でバイク屋を探し交換。

内陸部に飽き、海岸線沿いを走ることにする。

帯広から下って襟裳岬へ

岬の突端に人家があった。

ちょっと意外。

あとはひたすら海岸線を走り、苫小牧へ

今夜のキャンプは支笏湖にする。

湖畔にテントを張り、寂しい夕食。

廻りには誰もいない。

後で気がついたのだが、そこはキャンプ禁止だったらしい。

早めの就寝。何もする事がないのだ。

夜半、雨が降り出す。

台風が接近していた。

 

平成8年8月15日

朝、テントを出てびっくり。

自分しかいないと思っていたが、いつのまにか20張りほどのテントが

自分の廻りに建っている。

何時、彼らは来たんだろう?

雨の音で気がつかなかっただけなのか・・・・

雨の中を出発

今日で北海道とはお別れである。

時間に余裕があったので、洞爺湖に足を伸ばせそうだったが、雨足が強く

なってきたせいもあり、早めにフェりー乗り場へ向かう。

雨は更に強くなってきている。

搭乗手続きをしようとロビーに入ると、人がいっぱい。

なにやらみんな騒いでいる。

ナント、台風の接近でフェリーは運休らしい。

どうなるのか?

係員によると、台風が通過後にはフェリーを出港出来そうだという。

待つしか無いようだ。

意外に台風は早く通りすぎ、3時間後、無事出港。

但し、行き先は大畑ではなく、青森港だという。

ラッキッー!

フェリーの中を散策していると浴場がついている。

しかも、客は一人しかいない。

話の種に、船のお風呂に入ってみた。

台風の余波か、時折船が傾く。

すると、浴槽内の水が一気にあふれ出す。

なかなかおもしろい。

よる8時に青森港

わずかに雨が降っている。

今夜の宿に困った。

北海道ならどこででも、テントを張れるのだが、青森では違う。

浮浪者と間違われそうだ。

市内を走り、今日はビジネスホテルに泊まる。

やっぱりベットは気持ちイイ。

 

平成8年8月16日

目覚めると朝9時

キャンプでは朝は遅くても6時には目を覚ましていたのだが、気が緩む

のだろう、寝坊した。

とりあえず出発

八甲田山を通り、奥入瀬渓谷へ

道幅は狭く渋滞しているが、バイクには関係なし。

十和田湖でしばし休憩した後、八幡平へ

以前に車で来ていたため、観光はパス。

ひたすら南下。

盛岡から高速にのって一気に仙台へ

なんとなく、キャンプする気がなく、再びビジネスホテル泊

 

平成8年8月17日

再び寝坊

慌てて出発

福島まで高速

安達太良山を抜け、五色沼を通って猪苗代湖

何度も来ているせいか、記憶が少ない。

しかも、北海道を走り終えた時点でツーリングは終わってしまった感がある。

本当に記憶がない。

一般道を走るのに疲れ、一気に高速で東京に帰る。

その夜は実家に泊り、北海道の報告。

おみやげを期待してたらしいので、ホクレンのガソリンスタンドで貰える旗を

プレゼント。

もちろん喜ぶはずはない。

 

平成8年8月18日

東京の実家を出て、山梨にかえる。

休みがまだ一日あったので、翌日夜まで爆睡

 

だらだらと書きましたが、なにかの参考になれば幸いです。