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平 等 院
平等院

京都府宇治市宇治蓮華
 (JR奈良線「宇治駅」から徒歩約10分
 京阪電車宇治線「宇治駅」から徒歩10分)  
 ときの権力者、関白藤原道長が左大臣源重信の婦人から譲り受けた別業をその子頼通が、永承7(1052)年にこれを仏寺に改め、平等院とした。永承7年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していた。その翌年の天喜元(1053)年には平等院の阿弥陀堂(鳳凰堂)が落成し、堂内には、平安時代の最高の仏師定朝によって作成された丈六の阿弥陀如来坐像が安置され、華やかさを極めたとされている。約1000年前に建立された建造物や仏像が今に伝えられ、世界遺産にも登録されている。
鳳凰堂(国宝)

 鳳凰を屋上に戴く鳳凰堂(国宝)には仏師・定朝作の阿弥陀如来像が安置され、52体の雲中供養菩薩像が長押の上で、雲に乗って音楽を奏している。壁扉画、日本三名鐘のひとつといわれる梵鐘ともに国宝。
梵鐘(国宝)
源 頼政の墓
扇の芝

 治承4(1180)年5月26日、源 頼政は、高倉宮以仁王を奉じて平家打倒に立ち上がり、平 知盛の大軍を宇治川に迎え撃った。
 しかし、戦利なく流れ矢に傷ついた頼政は軍扇を開き、「埋もれ木の花咲くこともなかしに身の果てぞ哀れなりける」と辞世の一首を残し、この地で自刃したと伝えられている。

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