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護 王 神 社
護王神社

京都市上京区烏丸通上長者町
 (地下鉄「丸太町駅」から徒歩約8分)  
 護王神社は、はじめ洛西の高雄山神護寺の境内に和気清麻呂公の霊社として祀られていたが、確かな創建年は伝えられていない。古くから「護法善神」と称されていたが、嘉永4(1851)年、孝明天皇は和気公の歴史的功績を讃えて正一位護王大明神の神階神号を授けられ、明治7(1874)年、「護王神社」と改称して別格官幣社に列せられた。
 明治19(1886)年、明治天皇の勅命により、神護寺境内から華族中院家邸宅跡地であった京都御所蛤御門前の現在地に社殿を造営、姉君の和気広虫姫を合わせ祀り、御遷座された。その後、崇敬者により境内に霊緒像(狛いのしし)が奉納され、いのしし神社とも呼ばれ親しまれている。
和気清麻呂
 天平5(733)年、岡山県和気町で生まれ、都に上り、朝廷に仕えた。


和気清麻呂と猪
 和気清麻呂は、神護景雲3(769)年、怪僧道鏡が皇位を奪おうとしたとき、宇佐八幡宮の御神託によって、その野望を挫した。
 そのため道鏡の怒りを買い、大隈国(鹿児島県)へ追いやられたが、その赴任の途中、万世一系の皇統をお守りできたことを感謝するため豊前国の宇佐八幡へお礼参りに向かった。
 その時、どこからともなく、300頭の猪が現れ、周りを囲んで無事に案内した。(「日本後記」巻八)
 護王神社では、和気清麻呂を救った猪を霊猪と称え、拝殿前には、隋神として雌雄一対の猪が相対峙している。
 足の病気や怪我に悩む人々をはじめ、旅行安全や災難除けを願う人々から厚く崇敬されている。
サザレ石

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