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壬生寺
京都市下京区坊城通四条下る
(阪急電車「大宮」駅から徒歩約7分) |
本堂
律宗の本山で宝幢三昧寺又は心浄光院と号し、本尊として地蔵菩薩立像(重要文化財)を安置している。
寺伝によれば、創建は、奈良時代と伝えられ、正暦2(991)年、三井寺の快賢僧都により復興され、小三井寺と呼ばれていた。
その後、火災により、堂宇を焼失したが、正元元(1259)年、平 改平により再興され、さらに正安2(1300)年、仏の教えを身振り動作に仕組んだ「壬生大仏狂言」を創設し、大いに栄えた。
現在の本堂は、昭和37年に焼失したため、昭和42年に再建された。 |
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千体仏塔
平成元(1988)年に、創建1000年を記念して、改築された。
この塔の石仏は、明治時代に京都の都市計画の際に、市内各地から集められたものである。境内には、室町時代からの地蔵菩薩や阿弥陀如来、大日如来など3,000体以上の石仏があるが、この塔には、そのうちの丁度1,000体が安置されている。
塔の形は、ミャンマー(ビルマ)に数多く見られるバコダに似ている。 |
新撰組隊士墓地
壬生寺境内には、新撰組隊士の墓地や顕彰碑があり、新撰組ファンの花・線香が絶えない。 |
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新撰組の歌彰碑
「 あ々 新撰組 横井 弘 作詞
中野忠昭 作曲
三橋美智也 唄
加茂の河原に 千鳥が騒ぐ
またも白の雨 波雨
武士という名に 生命をかけて
新撰組は 今日も行く
・・・・・ 」 |
近藤 勇の胸像
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新撰組の顕彰碑
新撰組は、文久3(1863)年に、壬生の地において、結成された。
現在もその屯所跡が、壬生寺正門前の坊城通に残っている。
かつて壬生寺境内は、新撰組隊士の兵法調練場に使われ、武芸や大砲の訓練が行われていた。
壬生塚にある墓碑は、新撰組隊士やその遺族によって建てられたもので、毎年7月16日み池田屋騒動の日に、「新撰組隊士等慰霊供養祭」が行われる。 |
| 人丸塚 |
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新撰組墓地の手前にある池 |