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六角堂(頂法寺)
六角堂(頂法寺)

京都市中京区六角通烏丸東入る
 (地下鉄「烏丸御池」駅から徒歩約8分)

西国三十三ヶ所の18番札所
 紫雲山頂法寺と号する寺で、本堂が六角形であるところから、一般に「六角堂」の名で知られている。
 開祖は、聖徳太子で四天王寺建立の用材を求めて聖徳太子がこの地を訪れたとき、霊告によってこの地に御堂を建て、守護仏の観音像を安置したのが始まりと伝えられている。早くから人々の崇敬を受け、弘仁13(822)年には、嵯峨天皇の勅願所となり、また長徳2(996)年には、花山法皇の御章があり、西国三十三ヶ所観音霊場(18番札所)となったと伝えられている。建仁元(1201)年、親鸞上人が当寺に百か日間参籍して霊告を告げ、後に真宗を開宗する根源となった。
 本堂
 
 本堂には、聖徳太子の持仏と伝える本尊如意輪観音像、親鸞像、毘沙門天立像(重要文化財)などを安置する。
 本堂前の六角形の礎石は、「へそ石」と言い、古来、京都の中心に当たるとされてきた。
合掌地蔵

 このお地蔵様は、お参りに来られた方の願いを手のひらにやさしく包み込んで、その願いが叶えられるようにと、お祈りされている姿をされている。
聖徳太子沐浴の古跡

 用明天皇の2(587)年、聖徳太子は四天王寺を建てるための用材をたずねて、ここ山城国愛宕郡に入った。夕方、御持仏を多良の木にかけ、泉で沐浴をされた。沐浴後、枝にかけた持仏が木から離れず、光をはなって「我は汝の本尊となって七世を経たが、ここは衆生に利益を与えるにふさわしい地であるから、御堂を建ててほしい」というお告げがあり、この地に六角堂が建立されたと伝える古跡である。
へそ石

 桓武天皇の延暦12(793)年、京都へ遷都の時、六角堂の所在が道路の中央に当たったので、天皇が遷座を祈願されたところ、御堂がにわかに5丈ばかり北へ退かれたという。この石は、その際に残された礎石であると伝える。
 また、京都のほぼ中央に当たるところから、へそ石とも要石とも呼ばれる。
いけ花発祥の地モニュメント

 壁には、「池坊専応口伝」の冒頭が書かれている。

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