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下鴨神社(賀茂御祖神社)
下鴨神社(賀茂御祖神社)

 京都市左京区下鴨泉川町
  (市バス「下鴨神社前」停留所すぐ
   京阪電鉄「出町柳駅」から徒歩約10分
   叡山電鉄「出町柳駅」から徒歩約10分)
世界文化遺産に指定されている
 賀茂建角身命は、古代の京都をひらかれた神さまである。山城の国一宮として京都の守護神としてまつられている。平安京が造営されるにあたって、まず当神社に成功のご祈願が行われた。以来、国民の平安をご祈願する神社と定められた。
 山城国『風土記』などに、玉依媛命が鴨川で禊(みそぎ─身を清める儀式)をされているときに、上流より流れ来た丹塗の矢を拾われて床におかれたところ、矢は美しい男神になられ、結婚された。そしてお子をお生みになったとの神話が伝えられていますので、古くから縁結、子育ての神さまとして信仰されている。
 当神社は、国家国民の安穏と世界平和をご祈願する守護神であるとともに、厄除、縁結、安産、子育、交通安全など人々の暮らしを守る神さまである。
神社建築の代表的な社殿。亀腹の上に井桁を組む高床式で橋がかりを付す古代様式の遺風がみられる。
 本殿二棟はいずれも国宝で、東殿には玉依媛命(たまよりひめのみこと)、西殿には賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の両御祭神がそれぞれまつられている。
中門(重要文化財)

遷宮、行幸等々のとき祀官の座となる。
 橋殿(重要文化財)

 御蔭祭のとき、御神宝を奉安する御殿。
 古くは御戸代会(みとしろえ)神事、奏楽、里神楽、倭舞(やまとまい)が行われていた。また行幸、御幸のさい、公卿、殿上人の控え所と定められていた。現在は名月管絃祭、正月神事等年中祭事のときに神事芸能が奉納される社殿。
 式年遷宮寛永5年度(1628)造替後は、21年ごとに解体修理が行われる。
舞殿(重要文化財)

 賀茂祭(葵祭)のとき勅使が御祭文を奏上され東游が奉納される。御所が災害にあわれたとき、臨時の内侍所と定められている。
 式年遷宮寛永5年度(1628)造替後は、21年目ごとに解体修理が行われる。入母屋造、檜皮葺、桁行四間、梁間三間。
殿上は、宣命座の設置など柱間ごとに、細かく規定されている。
神服殿(重要文化財)

行幸の節に玉座となる殿舎。
 夏、冬の御神服を奉製する御殿であったため、その名がある。古代祭祀の神殿様式を伝える貴重な社殿である。
近世は、勅使殿又は着到殿となり古来殿内の一室が行幸のときは、玉座となった。
「開けずの間」として伝えられている。
古くから御所が災害にあわれた時、臨時の御座所と定められている。
式年遷宮寛永5年度(1628)造替後は、21年目ごとに解体修理が行われる。
桜門(重要文化財)

 高さ30メートル。東西の廻廊とも、古代様式を伝えている。21年ごとの式年遷宮ごとに造替されてきたが寛永度以降は解体修理をして保存されている。
 西廻廊の床張の一間は賀茂祭(葵祭)のとき勅使がここで剱を解かれる間(剣の間)である。
楼門、東西廻廊とも、式年遷宮寛永5年度(1628)造替になった。
サザレ石

 国歌「君が代」の中に出てくるサザレ石は、この石のことである。

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