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豊国神社
京都市東山区大和大路通六条東側
(市バス「三十三間堂」停留所から徒歩約3分) |
豊臣秀吉を杞り、一般に「ホウコウさん」の呼称で人々に親しまれている神社である。
慶長3(1598)年に63歳で亡くなった秀吉は、後陽成天皇より正一位の神階と豊国大明神の神号を賜り、遺骸は、遺命により阿弥陀ケ峰の中腹に葬られた。また、その山麓には、廟社が造営され、その偉観は、豊国祭礼図屏風(重文)にも描かれている。
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しかし、豊臣氏の滅亡後、その廟社は徳川幕府により取り壊され、秀吉の御霊は新日吉神社に移された。その後、明治13(1880)年、当地に社殿が再建され、別格官幣社として復興された。
唐門(国宝)は、伏見城の遺構と伝えられ、二条城から南禅寺の金地院を経て、ここに移築されたもので、その両脇の石灯篭は、秀吉恩顧の大名が奉納したものである。 |
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