終章
T 社会福祉学の理論的課題
a 広義の社会福祉学への合意
本書で私は私なりの社会福祉学のパラダイム探求のプロセスと到達点を示してきたつもりであるが、それは大筋でいうと福祉国家・福祉社会における諸社会サービスの政策的研究と運営に関わるものであり、実質的にはソーシャル・ポリシーとソーシャルワークの二側面として表せるものであった。
ここで正面から学問論を展開する余裕も能力もないが、「学」の成立についてそれぞれのその独自の方法論を重視する考えがあるが、私はよりプラクティカルに、一つのテーマをめぐっての知識の体系的論理的整理ぐらいにとっている。
パラダイムの構築で最も注意すべきはセマンティクス(意味論)の問題であるとはじめから思っている。我々の用いる言葉は同じ言葉でも文脈によって内包が異なる。一語一義とは限らないのであり、特にわが国では漢語、和語、英語などを源流とする用語が混在しており、歴史的慣用と相俟って明確な共通の定義を困難にしている。記号としての用語よりも指し示す内容に即して考える姿勢が大事である。これは特に抽象的なことばを用いて理論を形成しなければならない社会科学にとつては宿命的で、抽象度が高い程混乱の種であり障害のように感じる。
例えば<社会福祉>と言った場合、普通には狭義のパーソナル・ソーシャル・サービスやケアワークのサービスの局面を指すが、それだけでは文脈を尽くす事が出来ず、どうしても広義の社会福祉、ソーシャル・ポリシーと関連づけなければならない。またまた専門職業的実践であるソーシャルワークの局面も関連づけなければならず、また国際的にもそれぞれの国での微妙な用法の違いがあり、普遍性は極力望まれるだけである。
それはともかく本書の序章や第一章の序でも扱っているが、ソーシャル・ポリシーとソーシャルワークとの関係を中心に、社会福祉学の守備範囲のアウトラインをもう一度整理してみよう。
社会福祉もソーシャルワークもいずれも広義と狭義の内容を持っている。
社会福祉の場合は広義はソーシャル・ポリシーである。ソーシャル・ポリシーの範囲は便宜的であるが、英国のモデルに沿って、ベヴァリッジの五 巨 人悪を取り上げるのが便利である。巨人悪とは英国では時には聖書に次ぐ古典と目されるジョン・バンヤンの『天路歴程』に出てくる天国を目指す巡礼者の前途を阻む巨人から取られたものであろうが、ベヴァリッジの第二次大戦後の社会再建を阻む五巨人悪とは、ベヴァリッジの順に従えば<欠乏><疾 病><無 知><陋 隘><無 為>であり、すなわち、社会保障、医療、教育、住居と環境、雇用、の諸問題を指す(その後の発展としての第六のものとしての介護問題については後述)その背後にある鍵概念は<基本的人間的必要>という概念といえる。ソーシャル・ポリシーの政策はこの鍵概念を巡って諸社会サービスの体系として展開する。社会福祉は本来問題解決中心というネガティブなものを修復するという契機を持っている。それはまたナショナル・ミニマムという政策的観念(少なくともそれだけは保障する、しかしそれ以上は不要という<自由主義的要素>の概念)を含む。
まず<欠乏>であるが、ベヴァリッジは他の巨人に対応するサービスが前提としながらもむしろ一番解決しやすいとしている。これは具体的には社会保障の体系である。ヒューマン・ニードの純粋な経済的側面である。<病気>と<陋隘>は医療と住宅問題を意味するが住宅問題を環境問題まで広げればエコロジカルな側面と捉えることができる。<無知>は教育問題を意味し生活文化の側面である。第五の<無為>は失業問題を意味するがこれは経済的側面と生活文化的側面の双方を含むと言えよう。
問題は今日狭義の社会福祉として医療と並んで福祉とよばれている部分である。一九四二年に出されたベヴァリッジ報告ではまだ大きな問題になっていなかったと言える部分である。第六の巨人悪とも言える。<ケアレスネス>(無介護)とでも言えようか。勿論この問題は早くから芽生えていたであろうが、次第に大きくなり組織的な対応に迫られるようになったのは比較的最近と言えよう。英国では一九六八年のシーボーム報告が契機となって対人福祉サービス(Personal Social Service )とかコミュニティ・ケアという概念が定着してきたのであり、わが国でもそれに前後して、サービスの体系が出来上がっていった。その背後には家族と地域コミュニティの変貌が大きく作用していると言ってよいであろう。すなわち、ケアサービスと言ってもよい対人福祉サービスは、家族と地域コミュニティの機能の縮小から公的対応の必要が生まれてきたとしてよいであろう。
アメリカなどで医療・福祉・教育をまとめて<対人サービス>と捉えられることがあるが、キーワードはキュア、ケア、デベロップとでもすることができるであろう。
医療・キュアは身体的障害(病気)が対象で医者・看護婦の仕事であり、福祉・ケアは生活の障害が対象でソーシャルワーカーの仕事であったのである。最近身体的な側面に近い生活面の障害という対象の重要性が高齢化社会や障害者福祉の普及によって量質共に増し、介護・ケアが浮上してきたと言えないであろうか。
教育は同じヒューマンサービスでも少し様相を異にし、その欠如が福祉の領域に含まれる部分であろうが、広義のソーシャル・ポリシーに含まれ、さらにそれを超えさえする大きな文化的な領域でもあると言えよう。
ではソーシャルワークとはなにか。ソーシャル・ポリシーが社会福祉政策であるのに対し、ソーシャルワークは社会福祉実践と捉えることができる。出来上がった現在の諸社会サービスの体系のなかでは、そのサービスの運営配給に関わる専門職というニュアンスが強いが、歴史的視野の中で見るならば、もう少し社会福祉の開拓的主体という側面を合わせ見ることが必要である。(本書の第二章参照)
私の捉える社会福祉学のアウトラインは上述のようであるが、さらにその根本にある価値選択的イデオロギー的背景を十分理解しておく必要がある。
イデオロギー的背景は歴史の拘束を免れ得ない。それはまた諸社会問題を契機に発達したネガティブなものを埋めるという補完的な面を持つている。経済的な面がすべてとは言えないが、それは主として現代資本主義社会における社会問題への対応であった。英国を例にとると一九世紀は経済に国家は介入しないという自由放任主義が主流であったが、世紀末になって資本主義の二大社会悪と言われる貧困と失業の問題が発生し、その対策として二〇世紀にかけて自由主義的修正資本主義(福祉国家主義)とマルクス主義的共産主義の二つの流れが発展した。ソーシャル・ポリシーといわれるものは前者に関係するものであり、その政策の中核と言ってもよい。第二次大戦後福祉国家の建設は本格化し、いくつかの産業先進国において一応の成功を見た。二〇世紀の一大実験とも言える、一九一七年に台頭した共産主義は一九八九年のベルリンの壁の崩壊で象徴的に破綻したが、その結果現在生き残っているのは前者といえる。
冷戦の集結により左右のイデオロギーの対決の局面は右に移動し、端的に、経済(自由主義的市場経済)と福祉(福祉国家主義)の対峙とバランスの問題となってきた。そのパラダイムは、T・H・マーシャルの民主−福祉−資本主義のモデルがよく説明する、T・H・マーシャルはイデオロギーと社会福祉を整理し、社会福祉の中道理論パラダイムを唱道する。政治セクターの議会制民主主義と、経済セクターの市場経済と、社会セクターの福祉社会のバランスの追及である。福祉国家主義と言ってよくその社会セクターの政策の中核をなすものがソーシャル・ポリシーである。人間性の理想と結び付けて倫理的社会主義と位置付ける人もいる。それは大きくは修正資本主義の流れにある。
以上からも分かるように狭義の社会福祉である対人福祉サービスは広義の社会福祉であるソーシャル・ポリシーに含まれその一環であるという認識が必要である。
問題は序章でも述べたようにわが国ではソーシャル・ポリシーの概念がまだ十分定着してないことである。私は、ソーシャル・ポリシーを社会福祉政策とするか、社会政策とするか、あるいは新しい言葉を用いるか(<福祉社会政策>はどうであろうか)、いずれにしても、まず社会福祉学の広義の守備範囲の新しい合意と確認が必要と思う。
b 社会福祉学の精緻化とその態勢
というのも社会福祉学の再構築に懸ける我々は、それが新しい時代にますます必要であり、優先性を与えるべきであることを信じるからであり、また、我々が知的営為、知識獲得を目的とする学問に懸けているのは、それだけ信じているわけではなくとも、他の諸々の権力や勢力とはとはまた違った、知というものの力、世を動かす力を信じ期待しているからに他ならない。
そこで我々は、その守備範囲の新しい合意を前提とした上で、社会福祉学という学問の精緻化を計る必要があるのである。
社会福祉学はまず社会科学として位置付けることができようが、哲学や諸人間学を含む人文学の面も大きく備えている。ロバート・ピンカーは「社会福祉学は究極は政治的文脈における人間性の研究である」と言っているがよくポイントを突いていると思う。社会の法則と人間性の局面の双方に跨がった学問としてよいであろう。そういうのを学問の分類ではどう呼ぶのであろうか。
社会福祉とは理念的に言えば「良い社会」(good society)の社会的条件の学問的(科学的哲学的)探求ということことにならないか。その奥には、「よい社会とはなにか」という問題があるが、それは大きく価値の問題になる。そしてそれは社会哲学の問題であり、特定の価値と立場の選択に迫られる。
このように見てくると政策学としての社会福祉学は単なる普遍的実証的な学問であるまえに、いろいろな仮説と前提に限定されざるを得ないように思われる。
まず第一に人間性の規定という側面であろう。人間性は善か悪かということに一つの前提を選択しなければならないであろう。私は(キリスト教の立場に近いと思うが)人間を善悪の両面性を持ち両面に大きな可能性を秘めたものと捉える。政策の基本もしたがって、できるだけ悪を抑え善を奨める事になる。私には、共産主義の破綻は制度さえ改めればユートピアが来るとした人間性に対する甘さにあるように思われて仕方がない。また人間への尊敬の度合いが不足したと言えないであろうか。
第二に特定の規範の選び取りによる規範による拘束である。ここで自然主義と理想主義の対立の問題が絡んでくる。社会福祉学の立場は理想主義的たらざるを得ない。少なくともマルチン・ルッターの言葉とされる「あす世の終りが来るとしても、今日リンゴの木を植える」という心がなければ社会福祉学などやっておられない。福祉国家主義の系譜が倫理的社会主義と規定されるのもそのへんに理由があろう。社会経済の秩序を維持するための倫理道徳性にも荷担するのは自然であろう。
しかし現代は思想的にも大きな転換期であり、戦後五〇年に亘り築き上げられた福祉国家主義のパラダイムも根本的に変らないとは保証できない。福祉国家の政策の重要な柱である雇用問題だけ見ても、ヨーロッパのドイツやフランスの最近の失業問題など見ていると、少なからずグローバルな要素が入ってきいて、今までの考え方がそのままでは通用しないので、何らかの変更に迫られているように思われる。新しいケインズが待望されている。そして変わるものと変らないものとを仕分け、また手段の部分と目標の部分をはっきり仕分ける必要があると思う。
福祉国家主義が理性と個人の自由とに重きを置く近代主義のの産物であることは否定できないであろう。最近ポストモダンということが盛んに議論され社会福祉の領域にも及んできている。伝統に基礎を置く前近代主義やポストモダニズムとの区別を明らかにすることが一つの課題である。時代に応じて社会福祉学のパラダイムが修正変更されるのも避けられないかもしれない。
いずれにしても社会科学一般ひいては社会福祉学も、自然科学や科学技術・工 学に比べるとその発達かなり遅れていると言わざるを得ない。現代は自然科学と科学技術・工学の発達がますます加速し、生物科学の発達など、どのような社会が現れるか予断を許さず不気味な程である。。またコンピューター革命、情報革命を軸とする社会の変貌は目覚ましく、社会の様相も根本から変わろうとしている。このような時代の自然科学や技術工学の研究延いては企業の運営などにおける、しのぎを削っての競争において払われるのエネルギーは莫大なものである。それに比べると社会科学の進歩は足踏み状態である。社会科学にも自然科学や技術革新に匹敵するようなエネルギーを注ぐ必要があるのではないか。
おくれている理由は、目標の不透明ということもあるが、一つには社会科学の対象の複雑性である。特に社会福祉学では人文学と重なっているので余計そうである。極度に複雑化した今日の世界では知識の獲得は比較的容易となってきたが、それでもそれを一人の人間で統合することは容易ではなく、不可能に近く、社会科学の分野では極端に言うと断片的な意見や論説が見られるだけである。
私は、このような状況の中で、知識の総合化とそれを結集する目標の価値的検討を任務とする知的エリート集団の必要を考える。エリートというと反発されやすいが、R・H・トーニーは民主主義は大衆が保持し専門知識は知的エリートが提供するといっているが、貴族主義的なエリートではなく真理に奉仕する良心的なエリートである。そのようなエリートは偶然には養成されない。それを生む土壌が耕されていなければならない。わが国は英国などに比べてその点遅れているような気がする。
戦後五〇年わが国は経済成長を国是としてきた。社会福祉は無視されたわけではないが経済に従属してきた。その結果は今日社会のいろいろな歪みとして現れている。義務教育におけるいじめや、官僚はじめ企業など社会の指導層におけるモラルハザードの問題などそれと無縁ではないように思う。社会福祉学は過去五〇年間周辺的に主として私学に任せられてきたところにもその姿勢が現れている。
二一世紀には社会福祉はわが国でも少なくとも国是の主要な柱として掲げられるべきであり、今だに根強い官尊民卑のエートスを逆手に取って、東京大学に社会福祉学部を設置して専門的エリートの衆知を集めるコアにするという構想は突飛であろうか。
私は「福祉国家」から「福祉世界」へと発想を発展させたが、「福祉世界」における世界ソーシャル・ポリシーともなればさらにエリート集団の結集が必要になるのではないであろうか。その時の課題は多いが、「社会的進化論」的世界経済勢力との対決が主要な課題であろう。「経済は国境を越えて浸透するが福祉は境界を持つ」というロバート・ピンカーの理論が生きてくる。
なお「福祉国家」の社会福祉学自体にもまだ追及すべき問題が多々ある。私にも以前から思っていて果たせなかった研究課題がたくさんある。例えば、a 国内の各宗教の福祉に対する価値観の個性、b 教育、社会教育で他の価値観と対立してのどの程度福祉の価値観が定着しているか、などの把握である。「福祉国家」の成立に致命的に重要なのは国民における連帯感と合意であるからである。
二一世紀に向かっての課題は、国内的には「福祉国家・社会」の充実であり、国際的には「福祉世界」の達成である。そしてこれらはすべて若い世代の奮起に期待される。
U 社会福祉学の政策的課題
a 我国の社会福祉達成の評価
戦後五〇年経った我国は国民の努力と勤勉により経済成長を為し遂げた。私はごく最近まで、社会保障制度や医療制度など日本の社会福祉は第一級ではなくとも他の諸国に比べればまあまあ良いところを行っていると思っていたが、ここ数年バブルの崩壊以後急に破綻が目立ってきた感じである。五〇年経った今日大きな金融的破綻が到来して永年の努力の成果も半減してしまった感じがある。しかし不況というが、豊かさも一応これぐらいで十分であり、浪費社会の様相さえ呈しているのではないだろうか。持続可能ということがもっと基本的ではないだろうか。真の豊かさとは何だろうか。経済的豊かさと精神的豊かさは逆相関という法則があるのかと思いたくなる程である。本当の社会福祉学がなかったのかもしれない。
ベヴァリッジの五巨人の内、住宅問題は日本では十分社会政策の視野に取り入れられていず組織的な政策の欠如が指摘されてきた。雇用問題は今まではわが国特有の慣行によって比較的深刻でなかったが、これからは大きな困難な問題となるであろう。
介護問題はこれから本格的という情勢である。国民の英知の試金石と言えよう。
ここでわが国のソーシャル・ポリシーの成果を全面的に批評するつもりはないが、特に指摘したい二つの点が頭に浮かぶ。
その第一は、年金制度の将来についてである。今の老人には比較的有効にはたらいているように思うが、年金改革と言われているが、条件の悪化で次の世代に不安を感じさせているのは、社会保障の理念の根本を欠いていて問題である。高齢化社会、少子社会とかいわれるが「社会保障中でも年金制度はソーシャル・ポリシー延いては社会的安定の根幹」という認識が必要であり、要は財政問題であるから知恵を絞ってしかるべき解決を計るべきと思う。財政学に社会福祉学的発想が求められるのである。アメリカに真似て私的年金の発想などもある情勢であるが少なくとも基礎的な安定を保障するのは政府の責任である。
第二は義務教育における生徒の定員問題である。これは単純な発想であるが、四〇人というのはどう見ても多すぎる。私は四〇年来そのことを思いつつも発言する機会がなかったが、今でも散発的に意見は出るのを見るが大きな世論にならないのはむしろ不思議である。日本的体質に根ざしているのであろうが、教育学に社会福祉学的発想が欠けているのでないかと思う。
b「福祉世界」への戦略
従来「福祉国家」対象の社会福祉の世界で社会問題の領域を3Dとして分ける発想があった。3Dとは<Destitution >(貧窮)、<Disease >(病気)、<Delinquency >(非行、犯罪)である。すなわち人生の三局面、経済的、身体・環境的、社会関係的な諸問題であり、それに対する対策がすなわち社会福祉であった。私はこの発想を「福祉世界」に延長拡大して、3Wの攻略というアイディアを掲げた。すなわち<Want>(絶対的貧困)、<Waste >(環境破壊)、<War >(戦争)である。これらのは相互に密接に関連しているから、同時にアタックする必要がある。この三つの問題の各々について述べられることは多いが、<Want>(絶対的貧困)削滅という社会福祉側からのアプローチであることがこの発想の<みそ>である。この3Wを解消するために真剣に世界の知力を結集するのが私のヴジョンである。
世界ソーシャル・ポリシーの戦略の確立がなによりも求められている。前節でも述べたが、地球益に立つ知的エリートの高級のシンタンクが必要である。UNやNGOなどすら国益や企業益にまだ引きずられている。くりかえすようであるが、今日国内を問わず自然科学や企業サイドのサバイバル競走に基づくエネルギーの注入はすざましいものがある。社会科学にもそれに匹敵するそして明確なヴィジョンの下でのエネルギーの注入が求められている。
その具体的戦略の探求として『「福祉世界」論』を書くことがが私の今後の課題であるが、とりあえず思い付く二つだけを述べておこう。
a <戦争>について言えば、「我々は単なる平和研究者(peace researcher)でなく平和実現者(peace maker )にならなければならない」(ガルトゥング)。戦争削滅の戦略の一つは歴史的教訓の明確化と教育である。二〇世紀は戦争の世紀であり、人類の幾多の名も無き多くの子供を含む男女の市民が筆舌に尽くせない苦難を嘗めたことをもっとはっきり記録し周知させ教育しなければならない。人類はもう十分歴史に学んだ筈である。精神の改革が決め手であり、教育の役割が大きい。
具体的には『戦争の世紀−二〇世紀』という記録書である。歴年で戦争とその犠牲及び破壊と愚かさを具体的実証的に明確に分かり易く訴える記録書を私は捜している。
b もう一つは各国家の政治家の責任である。今日暴力で権力保持と私利を計るものは二一世紀の政治的リーダーとしては失格であるということを、国際社会の世論は決めつけることが必要ではないだろうか。前近代的な政治的リーダーがまだ多く、迷惑を蒙るのはその国民はもとより全人類である。
国際金融界に各国の銀行を格付けする第三者機関(ムーディーズ)がニュースを賑わしているが、それに倣って独自の価値判断でも構わないから、世界の各国の政治・経済・社会的の福祉度・民主度を格付けする中立的機関があってもよいのではないか。勿論その指標が問題であるが、知恵を集めて議論して決めればよい。貧富の格差、政治的民主度、絶対的貧困の程度、環境保全度、などの複合的指標を用いて格付けを発表する。すぐには効果がないかもしれないが世界の世論を刺激して次第に効果が出ることを期待する。
私は一九九六年に「<福祉国家>から<福祉世界>へ」(本書第六章)という論文を発表して以来、上の発想を暖め、関連する国際会議にも努めて出てきたが、世界は広く同憂の友も必ずしも少なくないということを発見して力づけられている。(第六章英文末尾の文献に加えて)少し雑多であるが、ここ数年に手に入れた文末の参考文献はその一端を示すであろう。
今は世界的に政治的変革の時代である。しかし我国の政治家の議論を見てみると、相変わらず国内的視野だけに引きづられ、グローバルな視野で共に生き残るために協力しサービスをするという議論に欠けている。グローバルな共存共栄が今後のモットーでなければならない。
私の結論では「福祉国家」を達成させたのは英国の思想家たちであったのであり、私の理論も英国のものに大きく頼るものになった。そして、英国人が理論的であるのに比べると、日本人は情緒的で理念がないというのが私の観察でもあるが、「福祉世界」を達成させるものは案外、経済大国を造り上げ、経緯はあるものの平和憲法を持ち、古今東西の思想を融合させる、日本発の思想かも知れない。しかしそのためにはこのままでは駄目で、少なくとも何らかの変革と転換が必要であろう。 (1998,10,4)
追記
(終章ができあがった後で、参考文献集を読んでいて、私が本書で到達した結果に大きく沿った文章を見つけたのでここに訳出しておこう.)
我々は、人々がお互いによりよく知り合うようになるために、科学の成果に頼らなければならない.人々が全面的な情報を入手できるようになれば、ほとんどが無知(イグノランス)
に由来する偏見や不信を除くのに役立つであろう.我々は、不和や戦争の悪意ある助長者である好戦的愛国主義(ショーヴィニズム)や外国人嫌い(ゼノフォビア)を克服するために、知的な交通(インターコース)のための諸道具(トゥールズ)を動員しなければならない.我々は、多くの新しいコミュニケーションのチャンネルを、我々を一つにし真のグローバルな共同社会(コミュニティ)を形成うるために、活用しなければならない.我々は世界市民(ワールドシティズンズ)にならなければならない.そのための第一歩として、人々に世界市民資格(ワールド・シティズンシップ)を教育しなければならない.
(ジョセフ・ロットブラット編『世界市民資格−人類への忠誠』序11頁)
We have to build on the
achievements of science to get people to know each other better. Access to
full information will help to remove prejudices and mistrust which stem from
mostly from ignorance. We must utilize the new tools for intellectual
intercourse to overcome chauvinism and xenophobia, those malevolent fomenters
of strife and war. We must exploit many new channels of communication to
bring us together and form a truly global community. We must become world
citizens, and, as a first step, educate the people for world citizenship.
(Edited by Joseph
Rotblat, World Citizenship: Allegiance to Humanity, Preface, p11)