第二話
 目を開けると手術は終わっていた。かなり意識はもうろうとしている。病室に戻ってきたのは分かるが
それだけである。
 次に記憶にあるのは夜の暗闇であった。酸素マスクに混ざってくる水分がもれて目の周りを濡らしている。
気がつく度に目が濡れているのでマスクをちょっとずらそうといじっていたらチューブが抜けてしまった。耳元で
酸素がしゅぽーっと抜けていく。チューブをねじ込んでなんとかもとに戻す。やたらとチューブが抜けるので
これを朝まで十回くらいやってた気がする。とちゅう面倒だからチューブくわえてようかと考えたが、見つかったとき
おもしろすぎるのでやめといた。

 朝がきた。マスクとの格闘で痛いどころでなかったので痛み止めをもらってなかったのだが結構苦しいことに気付く。
が、耐えられない痛みではないので薬を断る。しかし手術の浸襲というのはすごいもので、けっこうな痛みだ。
とりあえず丸一日、ただ耐えるだけの日を送る。
 

 次の日、少しでも楽になろうと痛み止めをもらう。素晴らしい効き目だ。なんでもっと早くもらわなかったのだろうか。
歩きはじめる。こうなると一日が長い。屋上なんかにもいったりする。
 ふと胸に大きなアザを見つける。傷のところの血が落ちてきているのだ。けっこう不気味だ。

 朝の消毒時に鏡で傷口を見てみる。なんと!これは痛々しい。太いホッチキスのようなものが傷口に十数個並んでいる。
ってゆーかホッチキスだ。取るときのことを考えると気が遠くなる。
 

 29日。テレビでオウムの上祐が出所してくる様子を中継している。まだ朝の六時だ。
この病院は朝の五時半起床なのでリアルタイムで見ることができた。
 同室の患者が正月を家で迎えるためちょこちょこと帰宅し始め昼には個室状態になった。
が、引越し途中で階段から落ち足を骨折したというおやじが突如現れる。
俺も昔、大腿骨(ももの骨)を折ったことがあったのでこれから起こることは予想できたのだが、やはり出てきた。ドリル。
足に穴を開け棒を通し、重りで牽引するのだ。じゅいーんという鈍い音とともにおやじのかかとはあっというまに貫通した。
結構あっけないものだった。後で聞くと麻酔をうっていても痛かったそうだ。そういえば俺のときも痛かった。

 回診の際、担当の先生が傷の具合もいいし熱も下がっているのでその気なら年内退院も可という話をした。これは
一般の人ではまずありえないことで本当に特例としてである。
朝夕の点滴は飲み薬にし、最低一ヶ月はあまり動かないで安静にしているようにとのことであった。
 

そして31日夕刻、早すぎる退院となった。高速道路の入り口には年末年始暴走を取り締まるべく、警官隊が大勢待機
している。どうやら2000年は自宅で迎えられそうだ。手術前に剃られた脇の下が上祐のあたまのようだ。
 

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