つれづれ話 〜Personal Essays

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夏の思わぬ弊害

 6月も半ばに入り、どんどん夏らしくなってきた。私は基本的に暑さに弱く、夏全盛期(?)には、そうめんとすいかとかき氷のみで毎年命を繋いでいるくらいなのだが、それでもイベントが目白押しの夏の到来には、やはり心が騒いでしまう。(とか言いつつ、今年も特に何も予定は無いが ^^;;)
 ところで、私は毎朝通勤に地下鉄を使っているということは、このHPの他の場所でも書いているから、ご存知の方もいるとは思う。地下鉄のホームや、ぎゅうぎゅう詰めというほどではないが混雑している地下鉄の車内に立ち、人々の間でつかの間文庫本を読むのが毎日の日課であり、またささやかなオアシスでもあったのだが……ここに来て、重大な事件が発生していることに気付いた。本を読む気に全くなれないのだ! どんどん気温が上がっていくにつれ、比例するように読書欲は減退していく。今月に入ってから、地下鉄でも空調が入り出したのだが、それでもあの密閉空間での暑苦しさ、息苦しさを消すことはできず、かえって風がページをめくる邪魔になっていたりもする。うーん、これはゆゆしき問題だ。このホームページの存続の危機にもつながりかねない。……なんて、大袈裟だけれども(笑) でもそういえば、去年の夏を思い返してみても、通勤電車では本は読まずにCDばかり聴いていた気がする。おお、私の通勤読書は春・秋・冬の期間限定だったのか。初めて気がついた。
 もちろん私の読書は、通勤電車が全てではない。雑誌やハードカバー、マンガなどは家で読んでいるし、特にマンガは一日最低1冊ペースを崩したことはここ10年くらい無い。そう、私はマンガマニアでもあったのだ。だけど、文庫本だけは通勤電車で読もうと決めている。例によって根拠の無いポリシーではあるけれど (^^;;
 さてこれからどうするか……。『Books for Subway』なんて銘打ってしまったばかりに、いらぬことで悩んでいる気がする(笑) まあ、この先読書日記の更新が止まるようなことがあれば、暑さにやられたのだと、そう思っていただきたい。秋には必ず復活するので。 (1999.06.18)

昼の文化、夜の文化

 いつ誰に教えられたのか、それとも何かで読んだのかは定かではないが、一つの知識として「夜に書く文章は変になる」ということがある。夜に書くと、どうしても一人よがりな物になりがちなので、人前に出すべき文章ならば後で落ち着いて読み返し、推敲すべきだという意味だったように思う。そしてそれは、私もいつも実感しているところでもある。
 文章を書く場合だけに限ったことではないが、なぜか夜だと感情的、感傷的になりがちだ。どうしてかはわからない。もしかしたら、生物学的観点から脳内物質がうんぬんとか、オカルト的解釈だと月の魔力がうんぬんとか、いろいろと理由付けはできるのかもしれないが(言っておきますが、前述の2つは全くのでたらめです ^^;)、今はあえてその辺は追求せず、もっと実際的なこと、すなわちどんなものが昼書くのに適し、そして夜は何を書くべきかについて考えてみようと思う。
 昼に書くべきものとしては冷静さが必要なもの、例えば研究レポートや論文などがあるだろう。感情を交えず、客観的であることは論文の基本。しかし、締め切りに追われると、どうしても夜に書かざるを得ないのが辛いところである。私にとっても胃が痛くなりそうな思い出だ。また、書くのに神経を使うような書類は、感情的になる以前の問題で昼に書いた方がいい。例えば願書とか履歴書、税の還付申請とか(笑) 眠いと大抵、ろくな事にならない。
 逆に夜に書いた方がいいもので真っ先に挙げられるのは、多分ラブレターだと思う。これを冷静に、客観的に書いてしまってはどうしようもない。(それはそれで面白い物が出来上がるかもしれないが、十中八九フラれると思う(笑)) 昔に自分の書いたラブレターがひょっこり出てきて、読んでみたら恥ずかしくて死にそうだった……ということが往々にして(?)あるのは、その時の感情がたっぷりこもっているからこそだろう。同じく後で読んで恥ずかしいものとしては、日記もある。まあ夜以外に日記を書く人は、あまりいないだろうが……。出来事の記録としてではなく、その時の自分の記録としての日記は、ぜひ夜に書くべきだと思う。また、ジャンルにもよるが、小説でも夜に書いた方がいい場合があるかもしれない。
 じゃあ、とここで私は考える。今書いているこの文章。これはどっちに分類すべき物なのだろうか? まあ、そんなのお前の好きにしろと言われてしまえばそれまでではあるのだが。(ちなみに、今回のこの文章は昼に書いてます。一目瞭然っすね ^^;) 例えばこれが、『もー、なんか肩こっちゃって死にそー』とかいうような、完全言文一緒体だったら間違いなく夜の分類なのだけれど、一応このコーナーはクール&ストイック(爆笑)を目指しているので。……たまにやりたくなることあるけどね。言文一緒。
 昼と夜。これから文章を書く時にちょっと意識してみると、面白いかもしれない。 (1999.05.26)

Swimmer おそるべし!

 ここ一週間というもの、とにかく眠くてたまらない。いつも通りに睡眠を取っているつもりなのだが、朝起きるのがつらく、昼はうとうとし、夜は既に半分意識を失っている(笑) 眠くない時が無いなど、なかなかの非常事態ではないだろうか。と言う訳で、本日は予定を変更し、睡眠について少し考えてみようと思う。(いや、他に書こうと思ってたことがたくさんあったんですけど、あまりに眠いので…… ^^;)
 TVチャンピオンだっただろうか。少し前に、何時間眠らずにいられるかカップルで挑戦するという番組をやっていた。初めは、眠らずにいるなんてそう難しいことではないのではと思い見ていたのだが、その内容たるや、まさに壮絶。最後の方では「眠いなら寝かせてやれよ……」と身もふたも無いことを思ってしまうほどだった。それでも、お互いに励まし合い、時に頬を叩き合い、優勝した二人は、ある意味尊敬に値すると思った。
 眠気は自分ではどうこうできるものではない分、かえって他の欲求よりもたちが悪いものなのかもしれない。そういえば、学生時代の友達は「眠り≒死」だと言っていた。確かに、意識を失うという点では近いものがある。寝ている間に顔に落書きされたり、写真を撮られたりするのは、修学旅行などで定番の微笑ましい青春の一ページだろう。(そうか?>自分 ^^;) また、本当に眠くて眠くて仕方のない時によく、「もう寝る」と言うべきところを間違って「もう死ぬ」と口走ってしまうことがある。これも、死と眠りを近いものと見ている無意識の現れなのかもしれない。逆に、眠っているときに死ねたら、これ以上の幸せはないなぁとも思う。
 確かに、眠っている間は何もできない訳であるから、それは時間の無駄だと考える気持ちも解るし、ある意味正しいのだと思う。しかし、放っておかれれば15時間でも20時間でも平気で寝ていられる、自称睡眠マニアの私としては、睡眠の大切さも声を大にして訴えたい。睡眠が不足するととにかくイライラするものだし、何をするにも能率が落ちてしまう。それに、十分に睡眠を取った後のあの爽やかな目覚めは、何物にも代えがたい幸せではないだろうか。また、私は頻繁に夢(それも不条理な夢)を見る方でもあるのだが、自分で知ることの無かった精神の一面を見せられているようで、それすらも楽しみだったりする。睡眠はいつでも手軽にできる旅なのだ! 眠りたい時に眠りたいだけ眠り、起きたい時に起きるというのが本来あるべき人間の生活リズムだと思うのだが、社会的生活を営む上でそうできないのは甚だ残念である。
 ……だめだ。どうも文章がおかしいし(これは相変わらずか ^^;)、どうしても話が眠りたい方向に行ってしまう。実を言うと、この文章を書いている間にも、のべ12時間の睡眠を挟んでいるのだが、それでも眠いなんてまさに、おそるべしは春の睡魔、である。ああ、やっぱだめだ。私の負け負け。もう寝ます。おやすみ…… (1999.05.15)

肩こり話 第2弾 (突撃体験レポート編)

 マッサージ……その甘美な響きは多くの悩める人々を魅了する……。などと、訳の分からないつぶやきはさておき、先日、あまりの肩こりに耐え切れず、とうとうマッサージに行ってきた。今回はその体験談を。
 その日は、近年まれに見るほどのひどい肩こりだった。元々職業柄、体質柄、肩こりにはなりやすい方なのだが、それでもここまでひどいのは初めてだった。しいて言葉で表すとするならば、肩から背中にかけて筋肉全体が強ばり、それによって脳への血流が妨げられているような感じで。(気分の悪くなった方、すみません ^^;) そこで、仕事もそこそこに切り上げ、以前から気になっていた治療院に行ってみることにした。
 そこは小さいながらも針・灸・整体・指圧・マッサージ・アロマテラピーと一通り扱っている所で、以前、新聞にも紹介されていたことがあった為、一応信用できると判断した。まあ、私のことだから、たとえそれが怪しげな所だったとしても、平気で足を踏み入れてしまっていたかもしれないが……(汗) 15分間の首・肩・背中のマッサージコースがあったのも、気軽に寄れた理由の一つだった。
 閉店間際だった為か客はほとんどいず、受付を済ませるとすぐに奥に案内された。そこには奇妙な形の椅子が2つ並んでおり、マッサージ師らしき男性が「うつぶせに座って下さい」と言う。は? と思わず聞き返しそうになったが、見ると確かにそういう造りの椅子だった。よく、姿勢が良くなるというので、背もたれが無く座る部分が前に傾き、ひざを乗せるクッションが付いている椅子があるが、ちょうどそれの前側に腹もたれ(?)と肘掛けとドーナツ型のヘッドレストを付けたような形で。(この説明で分かった人がいたら、あなたプロですね?(笑)) 要するに、お尻を乗せる部分をまたいで座り、前にもたれかかって顔をヘッドレストに埋めるのだ。そのポーズでマッサージを受ける訳である。そして治療が始まった。かなりの力を込める為、当然痛いのだが、その力加減がまさに絶妙! さすが、専門家の手は違うと思った。見ていた訳ではないので実際どうだったのかは分からないが、後頭部・首・肩・背中の左右別々に行っていったのは、やはり両手を使っていたからだろう。肩の部分でも揉むのではなく、4本の指で押さえるようにやっていたようだが、もしかしたらそれがプロのコツなのかもしれない。そんなこんなで、15分はあっという間だった。本当にひどい肩こりだった為、とても完治するまでは至らなかったが、それでもまあ、我慢できなくはない程度までは回復できた。
 終わった後、「腰とかだるかったりするでしょう?」と訊かれた。はいと答えると、腰から来ている肩こりだから、一度徹底的に全身やった方が良いとのこと。おそらく親切心かプロ意識か、あるいは商売心からの言葉だったのだろうが、そこまでしなければならないほど重症なのかと、ちょっとがっくりきてしまった。さらに、追い討ちをかけるかのように、帰りの受付での「お大事に」の一言。肩こりは立派な病気だったんだなぁと、改めて実感した一日だった。 (1999.04.22)