英国ショート・エッセイ
Contents
| 1.ハムステッド・ヒース |
| 2.ビアズレー展 |
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7月初めの週末ロンドン北部のハイゲイトにある家から徒歩35分のハムステッド・ヒースにピクニックに行きました。
夏の間、週末の夜にはヒースの中にあるケンウッド・オープン・エアー・ステージで花火とクラシックの野外コンサートが開かれるのですが、多くの人々は入場料(£9.5〜£14)を浮かせるため、会場の外でピクニックをします。初日である土曜日に私たちもご多分に漏れず外でピクニックをしました。皆で持ってきた、おにぎりやら、ローストチキンやら広げて、聞こえてくる音楽をBGMにしてわいわいと過ごしたのは楽しかったのですが、家族連れや大人数で来るグループで賑やかすぎて、いまひとつ音楽鑑賞という雰囲気ではありませんでした。
翌日の日曜の午後、家で翻訳の仕事をする筈だったのですが、手に付かず、何故かもう一度ヒースに行きたくなりました。頭では、昨日行ったばかりだし、徒歩35分もかけて行くなと言っているのですが、どうしても、うずうずするので、思い切って行くことにしました。散歩がてらに森を通って会場近くの野原に出たとき、突然、壮大で伸び伸びとしたクラシック音楽が聞こえてきました。ヒース一面、地を駆け、風に乗って聞こえてきます。土も空気も木も草も何もかもが音楽にバイブレートしているようでした。実はリハーサルをしていたんです。しかも公開リハーサルで、土曜日には見られなかったステージも無料で見ることができました。池を隔てて向こう岸に白いドーム型のステージがあり、デッキチェアーの客席は池の手前にあります。客席の後ろにある野原に座って1時間ほどリハーサルを鑑賞しました。
野外でクラシックっていいもんですね。しかも、リハーサルだととてもくつろいだ気分で聞くことができます。ちょっとした出来事でしたが、感動したので書いてみました。
(1998年7月)
25歳の若さで夭逝した19世紀末の英国の天才ペン画師、オーブリー・ビアズレーは、ワイルド作の戯曲「サロメ」の挿し絵を代表に幾多の作品を残しました。彼は肺病と戦いながら夜間、自室に篭り、ナポレオン時代のアンティック燭台に灯された蝋燭の光の下で作品を描いたと言われています。白と黒のみによって描き出されたその世界は繊細でありながら斬新、醜悪でありながらも、妖美を放っています。異常とさえ言えるほど神経質に細かく描かれ、毒々しくも、人々を魅惑的、幻想的な世界へと引きずり込む何かを持っています。
そんな彼の作品展が10月始めからロンドンのヴィクトリア・アルバート美術館で開かれると聞き、私は期待と興奮に震えました。実は彼の作品展は15年前に東京都内の某デパートでも開かれ、私にとっては2度目のものでした。しかし、今回は彼の活躍した本場ロンドン、しかもヴィクトリア・アルバート美術館での大規模なものです。15年前に私を魅了したあの作品との再会、そして彼の他の作品との新たな出会いを期待し、胸が震えました。
早速美術館へと向かい、いざ会場へと足を踏み入れると、東京で開かれたものより、やはり規模が大きく初期の作品から順に解説を含めて展示されています。15年前に私を魅了した「サロメ」の挿し絵、十数枚は一挙に壁に並べて展示してありました。しかし、何かが違うのです。15年前に見たときに感じた、あの絵の気迫、彼のエネルギーの固まりが感じられないのです。私は一瞬自分の感受性が鈍ってしまったものと思いました。たしか15年前にはショーケースの中に並べられ、目を皿のようにして見た思い出があります。しかし、今回は何も感じません。壁に飾られた絵は、何も語り掛けてこないのです。年代さえも感じられません。ふっと、他の作品に目をやったとき、気づきました。これは原画ではないのだと。そう、すべてプリントなのです。15年前に原画を見たときは、線の細かさ、インクの微かな滲み、そして鉛筆の下絵の後、それらに死の縁にいる青年の絵にかける情熱と息遣いさえを感じ驚愕したものでした。それらはプリントでは伝わりません。
落胆したのと同時にこう思いました。15年前に東京で原画を見ることが出来てよかった。ロンドンに居てすら見ることの出来ない、英国の芸術を東京で見たのはラッキーだし、しかもそれを、感受性の強かった若いときに見ることが出来て私は幸せものです。
しかし、いったいビアズレーの原画はいったい今どこにあるのでしょうか!?
(1998年10月)
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