☆みちのく歴史案内☆
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会津若松の西郊にある天寧寺の墓地にある。 新選組局長近藤勇は、武蔵国多摩の出身。 のちに京都にのぼり新選組に参加、局長となる。 京都での新選組の活躍は、池田屋事件など華々しいものがあるが、そのあたりは他の新選組のサイトを御覧になってもらうといいとおもいます(笑) 大政奉還の後、鳥羽伏見の戦いに新選組は参加するが、敗北を喫してしまう。 江戸に逃れた新選組は、甲陽鎮撫隊として甲州へ赴くが、ここでも敗退してしまう。その後、近藤は流山にて投降し、とらわれてしまう。 近藤は、板橋の刑場にて処刑。首は京都にさらされた。 近藤の墓地は、出身地多摩の近藤家の墓地にあり、また板橋宿にも明治になってから建立された新選組墓所の中にもある。 会津の近藤勇の墓は、会津へ逃れてきた土方歳三によって、会津藩主松平容保の許しを得て、天寧寺に建立された。 その際、土方は、近藤の遺髪を埋葬したといわれる。 近藤の隣に建つのは、土方歳三のお墓。 近年、建立されたのである。 |
| 近藤勇の墓 場所:福島県会津若松市天寧寺墓地 |