☆みちのく歴史案内☆

 会津に転封された上杉景勝が、黒川城(現会津若松城)を手狭として、あらたに西の地に建てようとしたのが、この神指城(こうざしじょう)である。
 いまでは土塁の趾しかのこされていないが、かなり大規模な方形の城郭になるところだったらしい。またこの新しい城郭普請について、五大老筆頭の徳川家康に目をつけられ、関ヶ原合戦の原因となったのである。
 戦の後、上杉景勝は米沢三十万石に減封され去っていき、この城は幻となってしまった。
 いまは、この大きなクスの木だけが、当時を偲ぶことができようか。
神指城趾

場所:福島県会津若松市


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