☆みちのく歴史案内☆
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福島市東部にある石。 平安時代の悲恋の舞台である むかし、平安時代には、その石に衣を摺って、文様をなしたとされる いまはただの石であるが、石の下面は、鏡のようであり、別名鏡石といわれている 現在は、周辺に多宝塔などが建立され、寺院の境内となっている。 |
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| 信夫文知摺石 場所:福島県福島市岡部 |
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| 【由来】 今から約千百年ほど昔、信夫山口の里の長者の家に美しい十六、七の虎女(とらじょ)という娘がいた ある日、都から、陸奥按察使として訪ねてきた左大臣源融中納言が、虎女の家に宿泊した 源融公は古歌にもある信夫文知摺を見ようと立ち寄ったのである。 公は接待に出た美しい娘、虎女に目をとめた 虎女もまた、都の貴公子の姿に目をうばわれた。 姿形の美しさばかりでなく、その優しくおおらかな心に虎女は惹かれていったのである。 源融公と虎女の心は、いつしか結び合っていったのである・・・・ しかし、公は都へ帰らなければならぬ身。 虎女は、涙ながらに公の袖にすがった 公もまた身の運命を悲しみつつも、やさしく虎女をなぐさめ、やがて山口の里を去ってしまう 源融公の去った後、身も裂かれるほどの悲しみが虎女の胸にこみあげてきた。 せめてもの心の慰めは、仏にすがって祈ること。 文知摺観音に百日の祈願をかけ、一心に祈ることにした。 虎女は、毎日毎日、麦の穂を鏡石の面にこすり、 「この面に恋しい源融公の顔が現れますように」と、祈ったのである。 日は積ねたが、彼女の願いは叶えられなかった。 また、公からも何の便りもなく、虎女の胸は千々に乱れた。 やがて、満願の百日目がやってきた。 この日、虎女は清水で身を清め、観音堂に最後の願いをかけ、 麦の穂を持って、鏡石の傍に来た。 「最後の願いです、お願いします」と心に定め、石の面をこすると、 不思議にも、その面には、恋いこがれた源融公の笑顔が現れたのである。 虎女は岩にすがり、泣き崩れた。 自分の願いが叶い、百日の祈りが公にも通じたかと、喜び身をふるわせた。 が、公に会えない悲しみのあまり虎女は病の床についてしまったのである。 都では、このことを知った公が大変悲しまれ、絹の織物をそえて一首の和歌を送ってよこされた。 みちのくの しのぶもちずり たれゆえに みだれそめにし われならなくに この歌の意味は 「信夫摺の模様のように、私の心が乱れたのは一体誰のためだろうか。 それは、貴女を想うからだ。 私がおまえを慕う心は文知摺衣のように激しいものなのだよ」 と、公が虎女に寄せる思いもまた、虎女に負けぬほど激しいものであったのである。 この歌を読んで、虎女のほおには、何日ぶりかの笑みがうかんだ。 「あの方は、やはり私の想っていてくださったのだ」 そう心にさとった虎女の喜びは、言葉に言い尽くせぬものがあった。 しかし、それから間もなく虎女は公からの送られた和歌を抱きながら、そっと息をひきとった・・・ 虎女の魂は、遠く都へと飛んでいったのであろうか。 ◇【参考文献】:うつくしま【i:愛】物語より |
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