R's 思っこと

2002年11月11日 −続・庶民−
 それならば金持ちは納豆を食べたいときどうするのか、ということ今日は考えてみた。

金持ちのための納豆案1
 金持ちの食事風景にふさわしくない食事中に必死で腕をぐるぐる回しながらねばねばの糸を切ろうとするアクションを防ぐため、極秘特別組織(特別なお金持ちのための納豆協会:NATO=Natto Association for Tokubetsuna Okanemochi)の開発する超低粘性納豆、その名も「ネバネバギブアップ」を食べている。これならあの納豆独特のネバネバが抑えられ必死に腕をまわす必要がないので、納豆を食べているにもかかわらずクラシック音楽の流れる優美な食卓を演出することができる。ちなみに類似品には阪神ファンも大喜びの「ネバネバサレンダー」があるが、基本的に関西の人は納豆が好きではないという定説があるのでいまだに商品化できずにいる。ちなみに開発を要請したのは金持ちで納豆好きでおやじギャグ好きの社長とされている。

金持ちのための納豆案2
 食卓には必ず全自動納豆かき混ぜ糸切り機(超低音型、消臭機能・タイマー機能・オリジナルストラップつき、高性能な割にねぎが機械の隙間に入ってしまうと故障する)が設置してあり、必死にかき混ぜたり糸を切ったりする必要がない。限りなく花瓶に近いデザインなので金持ちの食卓にもぴったりマッチ。

金持ちのための納豆案3
 かき混ぜたり腕をぐるぐる回す必要がないように、納豆の代わりに超高級甘納豆を食べている。

金持ちのための納豆案4
 甘納豆と納豆は別物だろ!!という激しい突込みを避けるため、伝説のうまい棒なっとう味を食べている。

そして食卓でうまい棒を食べている金持ちはもはや庶民ではあるまいか、と葛藤している。  
 


2002年11月10日 −庶民−
 自宅のベランダで人魚のふりをしなければならない夢を見ました。誰か夢診断をお願いします。

 いよいよ寒くなってまいりましたが、マフラーを開発した人は天才だと思います。首筋が温かいだけでなんでこんなに幸せになれるのか!!木枯らしの吹き始めた空の下で自転車に乗ってもびくともしません。すごい。天才。博士。きっとマフラーさえしていれば裸で外に出ても平気です。人に見つかってもあまりのファッショナブルさに感激して何も気付かれません。天才。

 今日納豆を食べました。納豆を食べるときは結構必死にかき混ぜたり必死にご飯にかけたりするので今まであまり客観的にその姿を見たことがありませんでしたが、今日納豆を食べている途中、箸で必死にねばねばの糸を切ろうとして腕をまわしているときに突然冷静かつ客観的になって、きっと金持ちは食事中こんな動きなんてしないんだろうなあ、と思いました。食事中にこんな動きのできる庶民が好きです。庶民万歳。納豆万歳。天才。

 それでは良い週末を。  
 


2002年11月3日 −プンスカの日−
 いやはや。部屋の時計が狂っていたものですからまだ正月かと思っていましたよ。よって更新できなかった。あるいは部屋のカレンダーがいまだに去年の12月のままだったのでもうすぐ卒業か、と思っていましたよ。それじゃあ卒論書かなきゃいけないじゃん。おお、ホームページの更新している場合じゃない。今日はこの辺でやめよう。

 まあそういう具合です。元気です。錯乱は見せかけです。実はサフランです。

 基本的に自分のことは結構好きなのですが、たまに自己嫌悪することがあります。嫌いなはずのコマーシャルソング(白麒麟)を知らぬ間に楽しげに歌っていることがあって、そういうときに少し自分が嫌になります。あと、たまに無意識のうちにおさかな天国をひとり熱唱しているときがあって、少し自分が嫌になります。あと、見てくれている人がたくさんいるのにろくに更新しないことがあって、少し自分が嫌になります(建前)。あと、中尾彬が嫌です。

 久しぶりに更新したもんだから勘が鈍ってもうカンカンです。  
 


2002年9月22日 −親友−
 あまりしゃべるのがうまくなくて、気分屋で人への食いつきもあまりよくないので、昔からいまいち友達を作るのがうまくない。まあ、友達っていうのはわざわざ意図して作るものじゃなくて、気付いたら仲良くなっていた、っていうような感じのものなんだろうけど、でもやっぱり人とすぐ仲良くなれる人とそうじゃない人が世の中にはいると思う。自分は自分が自覚しているかぎりでは後者のほう。

 でも、そんな自分にも無二の親友と呼べる奴がいる。これは幸せなことだと思う。自分が沈み込んでしまったり何も見えなくなったときに、こいつだったら絶対に自分のことを助けてくれる、と思えるやつ。逆にそいつが同じ状況におかれたら、何はなくとも助けてやらなきゃ、と思える奴。文字通り「何も言わなくても」お互いの気持ちを分かり合える奴。そして、120%の信頼をおいて付き合っていける奴。そういう存在が自分にはいる。

 その親友が、今日海の向こうへ旅立つ。別に毎日一緒にいたわけじゃない、常にそいつに助けを求めてたんじゃない。一緒に過ごした時間なんて、数えてみればきっと人生の中の一握りの時間なんだと思う。しかも、海の向こうへ行くとはいえ地球はどんどん小さくなっている。会おうと思えばいつでも会える。それはわかってる。でもなんかなんとも説明のつかない気持ちが昨日奴と別れてから腹の中にある。別れっていうのは嫌なもんだ。

 親友よ、壁はこれからいくつもあるだろうけど、お互い頑張っていこう。次会うときはまた、心から笑い会おう。    
 


2002年9月2日 −メンチメンタリズム(MMR)−
 相変わらず細々とバイト生活を続けておりますが、最近はただ仕事をするのもあまり面白くないので、動きの30パーセントをコミカルにしながら働いています。しかし、なかなかいっしょに働いている人もお客さんも気付いてくれません。時折自分でも驚くほどの次世代的な動きが生まれますが、それに感動しているのは自分だけです。寂しいです。かまって欲しいです。仕方がないので明日からはケミカルな動きをしようかと思っています。

 夏休み恒例アニメ、タッチが今朝まで放映されていました。日本で育った20代の7割ぐらいが見たことがあると思います。男子であれば9割ぐらいかと思います。その男子のうち9割ぐらいはきっと朝倉南に惚れたと思います。「アニメのヒロインに惚れた」というと、どうにもちょっとどうかなあ、という気分になりますが、きっと20代男性でタッチを見た経験のある男子のうち9割は、いまだに南嬢に惚れていると思います。あだち充恐るべし。

 夏の疲れが残って食欲のない方に、うまいスープ2種を紹介してあげます。ひとつはザーサイのスープ。中華だしか鶏がらスープのもとでスープを作って、そこに千切りにしたザーサイを突っ込みます。以上。ほんのりした辛味が食欲を増進させてくれます。

 もうひとつはにんにくスープ。これは今日の昼に作った。オリーブオイルを温めた鍋にみじん切りにしたにんにくを突っ込んで弱火でじっくりいため、ベーコンとかソーセージとかがあったらついでにいため、お湯を入れてコンソメでも入れて煮立たせます。にんじんとか野菜を入れてやると栄養価も高まるんだろうけど、だるいときはそんなのはめんどくさいのでこれだけ。ちょっと塩とかこしょうとか入れてやると味がしまります。今日自分で入れてみたのは七味とうがらしでしたが、これもまたうまかったです。で、ちょっと塩を入れすぎてしょっぱかったので、ご飯にぶっ掛けて洋風雑炊みたいにして食べました。うまかった。

 なんか暑くてだるいときはスープ系のものが食べやすいです。なので、やる気の失せちゃったかた、こんなスープで元気出してください。食わなきゃ元気でないからね。料理もコミカルにやると結構楽しいぞ。誰もかまってくれなくても。  
 


2002年8月27日 −舐めてかかれ甘いことがわかる−
 大変な発見をしてしまった。これはノーベル賞ものかもしれない。みんな、保湿ティッシュっていうちょっと高いティッシュを舐めてみて!これ、甘いんだ!!!!!いつもは安いティッシュつかってて、それは無味無臭なんだけど、たまたま景品でもらった保湿ティッシュを舐めてみたら、なんと甘いことか!!!!!ぜひ試してみて!満たされるよ!

 なぜティッシュを舐めてみたのか、とかそういうことは聞かないでください。あまりにひもじかったのでティッシュでも食べてみようかと思ったのです。そしたらその考えが大正解。甘い保湿ティッシュを一箱丸々30分足らずで食べきってしまいました。とかそういう話ではありません。

 昨日百円ショップに行ったんだけど、いまさらながら感動しました。今まではどうせたいしたもん売ってないんだろう、と舐めてかかっていましたが、実際舐めてみたらこれ、甘いんだ!!ああ間違った。それはさっきの話だったよ。

 で、どうせたいしたもんないんだろう、って思ってたんだけど、サングラスやら双眼鏡やらたこ糸やら指サックやらお菓子やら鍋やらやかんやらなべやかんやらいろんなものを売ってました。質という点ではどうなのかよくわかりませんが、ともあれそれだけの品揃えで、何より全品100円で売っておりますので、買い物も楽しいというものです。いまさら100円ショップに感動してすみません。田舎ものっぽいですか?だって本当に感動したんだもの。30秒に一回「すげえよ」ってつぶやきながら買い物をしました。

 だんだん涼しくなってきましたが、過ごしやすい反面もう夏も終わっちゃうんだなあ、と思うとどうにもセンチメンタルです。喉もと過ぎればなんとやら、だな。今日はまあこんな感じで。まったり。    
 


2002年8月26日 −逃亡願望−
 更新しようと思って何度か思ったことを書き始めるんだけど、だらだら書いているとはじめ書きたかったことからだんだん話がそれていて、改めて読んでみたらあんまり面白い文章じゃなかったから更新するのを止めた、ということがたまにあります。毎回そんなに推敲して作文しているわけじゃないけど。まあ、その辺がひとりでこっそり書く日記と、他人に見せることも考えて書くこのページとの違いだと思います。一応他人へのメッセージ、という観点もこめて、このページを作っています。心して読みたまえ。

 時間にゆとりをもつことが妙に心地いいことってありませんか。朝10分早く目が覚めて、いつもよりゆっくりコーヒーを飲んでいる時間とか、待ち合わせ場所にちょっとだけ早く着いて、そばの本屋で立ち読みしている時間とか。ほんの数分のことが、何かものすごい幸せに思えたりする。昇天するほどの幸せを勝ち取ることっていうのは難しいことなのかもしれないけど、些細なのにそれでいてその後数時間を幸せにしてくれるようなことっていうのは、結構その辺に転がってる。改めてそういう幸せをかみしめてみようよキャンペーン。(〜8/31)

 何つって、結構美しい文章じゃない?別にこんなこと書きたかったわけじゃないんだよなあ。今日もまたはじめ書きたかったことから話がそれた。っていうか、そもそも今日は何を書きたいのか大して考えてなかった。とりあえず、今必要なのは忍耐と集中だと思う。もう脈絡も何も関係なし。  
 


2002年8月14日 −nanika−
 いやあ、やっと日本に帰ってきたよ。暑いね、日本は。なんつって、オーストラリアに語学研修に行っていたフリをしてみたりして。夜明け。

 どうにもこうにも、このページを読んでくれている人がいるのかどうかもはや定かではないんだけど、でもきっと3人ぐらいは定期的にチェックしながら、また更新止まってんな、って思ってくれていると思います。そんな3人のためにお送りするアールズアワー。

 暑くてたまりませんので、毎日寝ています。やる気は無いです。コンビニで働くと涼しいので良いです。工事現場の人が買い物にきますが、鉄人だと思います。この炎天下で肉体労働をする人を尊敬します。工事現場の人は買い物をする態度が横柄であったりするのですが、この時期に限ってはあまり責めません。というより、お茶とか弁当とか良く買ってくれるいいお客なので、あまり責めません。というより、肉体労働系の人はがたいがいいので、あまり責めません。けんかはできません。

 もはや、人生ってなんだ、と悩む気力も無くなって、これこそが無気力なのだ、という状態です。でもこうやって久々にここに何か書き記そうと考えたということは、少なからず気力が復活してきたんだと思います。独白が始まることは、自分にとって良い兆候です。

 常連さんは、阪神タイガース応援記というコーナーを知っています。今年はまだ一度も書いてない。なぜならば、タイガースが強かったからです。あまり強い強い、とはやし立てすぎるといつか弱くなってしまうんじゃないかと思って書かずにいたのです。多分。でも、いいかげんそろそろ書こうかなと思いました。なぜなら、阪神タイガースが今やばいのです。アリアス、檜山、濱中、矢野、ホワイト、坪井、藪、安藤。誰もが主力として活躍しているべき選手で、事実アリアス以外は開幕からかなり結果を残してきた選手です。そのすべてが今一軍にいない。全員が怪我をしています。飛車角落ちどころの話ではありません。飛車角金銀桂馬落ちです。昨日今日のスタメンを見たら驚きます。これは2軍のスタメンです。3番平下4番片岡5番関本のクリーンアップ。昨日なんて、5番沖原です。阪神を知らない人にはわからないでしょうが、これはまさに2軍です。片岡の調子が良くなりつつあるとはいえ、いまだ2割前半のバッター。関本だって、今年頭角を現してはいるものの、まだ下位打線においておきたいところ。まして、沖原に至ってはあくまでもつなぎの人。2番におきたい選手です。そうせざるを得ない現状では、どうにもこうにもしんどいです。勝てません。今日は横浜のグスマン相手に僅か2安打の完封負け。まあこのピッチャーだって2軍レベルのはずなんだけどなあ。

 ま、こうなってしまった結果として、藤原、梶原康、中谷ら若手に出場のチャンスが生まれたことは不幸中の幸いなのかもしれません。今頑張っておけば、タイガースの未来も明るくなるかもしれません。

 ま、なんだかんだで、誰もみんな頑張ってるってことです。自分だけ頑張らないわけにはいかないんじゃないんですか。黙っていたって誰も見向きはしてくれないんです。何て、自分にいってるんだよね。

 この更新を知った定期的にこのページを見ているであろう人は、掲示板にメッセージを残してください。その他の人は掲示板にメッセージを残してください。  
 


2002年7月6日 −ワンデイ/ライフ−
 普段から割合いいかげんに生きているほうだとは思っているんだけど、でも最近はどうも健康のことを過度に気遣ってみたり、物事をまじめに考えすぎたり、どうも真っ当な生き方に納まろうとしている気がする。時々自分の年齢を忘れることがある。もっとジャンクに生きたい。もっと無茶をしたい。無理をすることはきらいだ。疲れたなんて言いたくない。

 大学時代は1年間が学期単位で動いていたように思う。うちの大学は3学期制だったので、春の1学期、秋の1学期、冬の1学期がそれぞれその単位だった。で、それぞれの学期をいかに良く過ごすか、その合間にある休みを以下に充実させるかが、1年をどう過ごしていくかの勝負だった。そうやって区切られた時間というのは制度であるからフレキシブルではないにせよ、大まかにそうやって自分の時間が区切られていることというのは、とても建設的なことだと、今思う。

 今はバイト生活に勤しんでいるけど、自分ですべての時間を管理することはいいことであり悪いことだと思う。大学や社会人のような時間的制約がない分、好きなときに働いて好きなときに寝られる。このフレキシビリティーは快適そのもの。でも、その反面、毎週毎週の仕事や収入はすべて自分で管理する必要があるし、生活のリズムだってうまく付けられない面がある。そういう点で、今の生活はいわゆる「1学期」的な区切りがなくて、その日その日を生きてしまっている。こういう生活は、ともすれば目標を失ってしまって、たまにいろいろ哲学的なことを考え込んでしまう生活に陥る。それは悪いことじゃないけど、時に自分が沈んでしまったとき、そこから引っ張り上げるのも自分であって、つまり、出来上がった生活のリズムや仕事のペースが与えられているわけではないから強制的に外からの力で復活できないことがあって、それはなかなか難しいことだと思う。

 でも、与えられた日々の中を与えられたリズムで生きていくのなんてまっぴらだ。目標を常に持ち続けたい。休みながらだって、自分の力で歩き続けたい。悩みすぎた自分のけつを蹴り上げるエネルギーを勝ち取りたい。  
 


2002年7月3日 −世界−
 この夏からアメリカで学ぶことになっためったに連絡をよこさない友人が、さっき電話してきた。旅立ちの日が迫って、新しい世界での夢とか希望とか、ひとりになる寂しさとか、人と出会う楽しみとか、いろんなものを抱えているんだろう。それでもいつもどうりの奴の声でほっとした。電話っていうのはどうも苦手で普段はすぐ切ってしまうのに、他愛もない話をしばらく続けてた。そういえばしばらくあってないんだけど、別段そんな気はしなかった。その割に電話を切るのが名残惜しい気がした。海外で学ぼうとする友人が多くて、今年はさらに何人かの友人たちを見送ることになる。電話を切ったあと、無性に寂しくなった。自分が日本から出て行くわけじゃないのにな。みんな、頑張ってきて欲しい。

 特に書きたいことも見つからないので今日はこれだけ。      
 


2002年6月27日 −ヒト−
 身近な人は私がザ・シンプソンズのファンであることを知ってくれていると思います。最近ではビタミンC系の炭酸飲料水のCMにも露出していて、だんだんその存在を知る人も増えていることと思います。そのザ・シンプソンズの日本版DVD、『ザ・シンプソンズ シーズン1 DVDコレクターズBOX』がついに発売されました。そして、それを即刻手に入れました。

 このDVDはすごい。とりあえずファンは買っとけ。何がすごいかというと、シーズン1が全話収録されている。さらに、さすがDVD、日本語吹き替え版も英語のオリジナルも楽しめる。さらに、日本語字幕も英語字幕も楽しめる。英語字幕のおかげでバートの早口のセリフも文字で理解できる。さらに、なんと、それぞれの回について、作者であるマット・グレーニングや製作関係者が解説している音声バージョンにも切り替えられる。つまり、話が淡々と進む中で、副音声的に「ああ、ぼくはここではこんな音楽を使いたかったんだよね。」とか言っているのが聞ける。スタジオの雑談みたいな感じ。これはすげえよ。

 とりあえずファンは買っとけ。感動するよ。そういえば、おまけトラックにもいろいろついてるらしいぜ。まだ全部見てないからその辺はよくわかんないけどね。とりあえずファンは買っとけ。

 最近思うことがあります。それは、ある人の本質に触れることはかなり心地いいんじゃないかという事。人はいきなり本当の自分を見せることはなくて(日本人だけかな?)、たいてい初対面のときは少し引いた感じで、いわゆる「よそいき」的な自分を見せていると思います。それにもかかわらず、人は割に第一印象でその人のイメージを固めがちだと思います。まあ、人によるのかもしれないけど。で、そうやって付き合っていく中で、ふとしたことでその人の本質というか、本性が垣間見られたときというのは、何かすごく心地いいなあ、と最近思います。

 本性といってもいろいろあって、中には悪い本性って言うのもあると思うけど、基本的によい本性が見えたときというのは心地がいい。ある人の何気ない行動がものすごく思いやりにあふれていたり、ふとしたときに一生懸命な姿を見せていたり。そういう姿からその人に対する新しいイメージが生まれる。それが、簡単に見逃しそうな小さなことであればあるほど、なんかその心地よさが増す気がする。わかってもらえるかわからないけど。まあ、別に特定の人に対してそうやって感じているわけじゃなくて、周りにいるいろんな人をそうやって眺めたりして楽しんでいます。

 でも、こうやって意識して見つめなきゃ人の本質が見られないというのは、ある意味病んでいるのかな。いわゆる最近の若者の特徴のひとつとして、傷つけあわないように生きる、っていうことがよくあげられるけど、そうやって生きてきた中でぶつかり合うことをやめて、その結果他人の本質をなかなか見抜けないようになっているのかもしれない。けんかをすることは好きじゃないけど、できるだけ本音で、自分の本性を出し合って、お互いに心地よい思いをして、人とは付き合っていきたいです。  
 


2002年6月22日 −追記−
 なんかほろ酔い加減で更新したもんだから、間違って昨日更新した分を消してしまいました。誰か覚えていたらどんな内容だったか教えてください。最近記憶中枢が少しおかしいので思い出せません。お願いします。すいません。  
 

2002年6月22日 −少年サッカー−
 先日バイトをしているときに、お客さんが900円ほどの買い物の支払いに2000円札を出しかけてためらって、思い直して5000円札で支払っているシーンに出くわしました。依然として2000円札はレアアイテムなのですね。かくいう私も、最近お釣りとしてもらった2000円札を使えずにいます。記念にとっておこう。

 大学を卒業してからしばらく会っていなかった友人に会った。まだ卒業してから3ヶ月とはいえ、それぞれに違う道を歩んでいるやつら。社会に出るということは、まだ社会に出ていない私の想像する以上に厳しいことらしい。人間関係とか、複雑なしがらみとか、考えなきゃいけないことって多いんだろうな。社会を知らないペーペーな私がいうのもなんだけど、それでも社会に出ている人たちにはへこたれずに頑張って欲しい。自分の選んだ道なんだから。たまには根性を見せることも大切ですよ。頑張れ、せめて1年ぐらいは。応援してるよ。

 ワールドカップでは、今までこの大会で一勝もしたことのなかった韓国がベスト4入りを決めました。共催国であると同時にお隣の国であるので素直に応援したい気持ちは山々だけど、ポルトガル、イタリア、スペインという強豪を破ったという事実には、少なからず何か疑ってみたい気分がある。公正なスポーツの大会の運営を願いたい。

 その韓国、先日のアメリカ戦では得点の際に、スケートのパフォーマンスをしてかつてのソルトレイクオリンピックのショートトラックでの判定の不満をあらわにしていました。しかし、今行われているのはワールドカップであり、オリンピックではありません。いくら根に持っているとはいえ、そういったパフォーマンスをこのワールドカップに持ち込むのはどうかと思います。少なくとも開催国としてのプライドを持って、大人の対応をして欲しいと思います。

 さらに続けてしまって申し訳ないんだけど、その韓国では日本代表チームがトルコに負けた際に大歓声をあげ、拍手喝采だったそうです。歴史的事実から、日本が韓国に嫌われる要因はあるし、仕方のないことだとは思います。かつて犯してしまった過ちを正当化する気もありません。でも、なんか悔しいです。一生懸命闘った日本代表チームの、負けた姿に対して拍手をするというのはどういう気持ちがあったのか。腹が立つ。

 でも、韓国に負けてしまったイタリアのクラブチームである、ペルージャの会長の言うこともまた大人気ない。ペルージャ会長ガウチ氏は、ペルージャの所属選手である韓国のアン・ジョン・ファン選手がイタリア戦の決勝ゴールを決めたことに対し、「ここまで育ててやったのに」とかなりの不快感を表したそうです。じゃあ、不正をしろと言うのか。確かに審判の判断への不満や、それによってイタリアが負けてしまったという気持ちは強いだろうし、見ているほうだってイタリアが負けてしまったのはかなりショックだった。でも、いくらなんでもそうやって当り散らすのはいかがなものか。ここでもまた、大人の対応を願う。

 熱くなるのは仕方のないことだし、熱くなれずにいることは生きていくうえでとても寂しいこと。でも、時として冷静に物事を見つめることも必要だと思う。韓国が勝ったということも、イタリアやポルトガルやスペインが負けたということも、自分が今バイト生活を送っているということも、友人が社会に出て苦しんでいるということも、2000円札がいまだにレアアイテムであるということもすべて事実。まずはすべての事実を理解してから、アツイ思いや未来への希望が生まれる。  
 


2002年5月19日 −こわいいひと−
 面倒くさいので思ったことを月別に分けず、1ページにまとめて編集していたら、やたらと容量が多くなってしまったっぽくて、だから新しく作らなきゃ、と思ってたんだけどなんかめんどくさくて、でなんだかんだしていたら5月も終わりに近づいていました。やばいんじゃん?

 なんとなく部屋の掃除をしていたら、昔部活の後輩にもらった寄せ書きが出てきました。無口なほうであり気分屋なので、わりあい出会ったはじめのころは怖い雰囲気をもった人に見えるらしく、卒業する頃は良く「はじめは怖い人だと思った」といろいろな人から打ち明けられました。実際のところはどうなのかは別として、他人が見るとそうらしいのです。

 ところが、そんな私の自分でも知らない一面を見抜いていた人がいました。それがその寄せ書きの中に書かれていたことなのですが、一年生であったその人が私に書いたメッセージは、「見ているだけでお笑い路線の方だとわかりました」と。……。そうなのかな?実際。でもコントとかやったことないしなあ。無謀に体張ったりしないしなあ。そんなことを考える夜更け。

 最近聞いて(読んで)感銘を受けた言葉2つ。
 千住3兄弟という、長男が絵画に秀で、次男が音楽に秀で、長女がバイオリンに秀でているという、世界的にも有名な3兄弟がいらっしゃいますが、その3兄弟を育てたお母さん(実際は亡くなったお父さんか?)のお言葉。「人生は30歳からやり直せばいい。」30歳からやり直しが聞くから、30歳まではわき目を振らず、ひとつのことに没頭すればいい。で、だめだったら30歳から新しい人生を歩めばいい。ということだそうです。そういう子育てをして、結果立派な3兄弟が育ったそうです。そういう言葉を聞くと、まだ若干20代前半の私は無茶をしたくなるのです。夢をもたなきゃな。

 もうひとつは、かの有名な漫画家、藤子不二男A氏のポリシーとした言葉。「明日できることを今日するな。」なんともネガティブな姿勢ではありませんか。普通は、今日できることは今日やってしまえ、延ばし延ばしにするな、というのが世間一般的に立派とされる生き方のように思います。ところが、藤子不二男A氏は、明日できるなら明日でいいじゃん!という生き方をして、すばらしい作品を残したのだそうです。また、とにかく気分を滅入らせないように、自分のテンションをあげるべく、好きなことをたくさん見つけ、触れてきたのだとも語っています。そうすることによって自分を鼓舞し、作品を生むエネルギーとしたそうです。この、「明日できるなら明日でいいじゃん!」的な生き方は、私の大好きな生き方です。何でも延ばし延ばしにする!好きなことばっかりやっちゃう!…でも、私は大学では大成しませんでした。才能の違いか?ちきしょう。

 とりあえず今しなければならないことは、早寝早起きだと思っています。  
 


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