
違和感―自分という存在のあやふやさを、初めて感じたのは、小学校の時。クラスメートの父兄が私に向けたあの眼。いらだちや憎悪のこもった視線。たぶん、間違いなく、記憶の中で膨れ上がり、より強力なものとして頭にこびり着いているのだろうから、被害妄想だと片付けることもできる。それでも、私の中に、影を落とし続けたのは、事実だ。父兄参観か何かが終わった後、帰ろうとした時に、3人の母親達と遭遇した。「さようなら」頭を下げる私が顔をあげた時、一瞬言葉を失った。無言のまま、私を見下ろす眼。この人たちは、私が嫌いなんだ、と悟った。他人から、大人から、あんなにあからさまに憎悪をしめされたのは、はじめてだった。「・・・。」とまったままの私を無視して、通り過ぎていく。それから、他のクラスメートに、にこやかに挨拶をしながら、去っていく後ろ姿をずっと見ていた。
理由なんて、くだらないものだ。平凡なサラリーマンの家庭に育った私が、自分たち学校の教師や医者の子どもよりも、成績がいい、それだけのことだ。小さい、公立の小学校のなかで、校長や担任の過剰なまでの私に対する期待、それが、面白くなかったのだろう。中学校に上がっても、その人たちの態度は変わらなかった。もちろん、中学校は小学校と違い、人数も増え、父兄と会うことなんて、ほとんど無くなったし、そんなことを気にする必要もなかった。
ただ、あの時から、自分の居場所、立っている位置というのが、ひどく曖昧なものに思いだした。勉強ができることが、かえって、いけないことのように思えたし、もっと平凡であるべきだと思った。なにか、サイズの大きい服をきてしまったような違和感。背負う必要のない罪悪感があった。
勉強が出来ても、それは、私にはふさわしいものではなく、不相応のものなのだ。社会の偏見の前には、私のような人間は太刀打ちできないのじゃないか。
思春期のいらだちが、更に、拍車をかけた。
ごくありふれた反抗期だったのだと思う。どこか、冷めたような(気になって)、世界をみていた。「あんな大人にはなりたくない」
渾沌とした社会、醜い感情にあふれた社会、世の中というものから抜け出したかった。学歴で決まるような人生を送りたくなかった。学歴で判断されるような社会に、居場所なんかないと思っていた。どろどろとした『世間』から離れたところで一生を静かに暮らしたい。そう、真剣に考えていた。
『夢』といえば、『夢』だったのかもしれない。私は、兼好法師になりたかった。「俗世」から身を引いて、仏の道にはいろう。その先に、きっと、人として生きるべき姿、あるべき姿、「本質」が見つかるに違いない。
中学校のあいだ、私の中に将来に対する希望も夢も存在しなかった。唯一あるとしたら、出家しようということだけだった。なにのせいにしても、いくら正当化しようとしても、うまく説明しようとしても、無駄なのだと、今なら、わかる気がする。自分がどうして、あんな風にしか考えれなかったか?
『恐怖』である。社会に対する、将来に対する恐怖の前に、私はただ、うつむくばかりだった。そして、無理矢理、つっぱろうとした。何に、そんなに怯えていたのだろう?たぶん、結局、平凡に終わるだろう人生・・・、そんな予感が、素直に夢を見ることへの抵抗になっていたのかもしれない。
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