
高校2年生になって、変わったことのひとつは、ただ無邪気に笑い転げていた生活から卒業したこと。
学年で唯一の理系の人ばかりが集まるクラスに席を置くことになり、
それまでの友達は、わりと文系に進んだこともあって、
どこか、日常的に「ひとりになった」気分があった。
全然しなかった勉強にも目が向くようになり、
そして、進路についても自然と考えるようになっていった。
それ以上に、
「自分は何者なのか」
「自分はどう生きていきたいのか」
「自分はどんな人間になりたいのか」
考えるようになった。
アイデンティティーの模索。
思春期のまっただ中で、たぶん、誰もが願うこと。
「大人になる」意味を、「大人になりたくない」意味を、漠然と。
「independentな自分になろう」
それが、合い言葉だった。
あの時程、自分に対して厳しかった時はないと思う。
それでいて、あの時程、自分を甘やかしていた時はないと思う。
自己の確立を夢見て、他が為に生きる姿を求めながら、自分が一番かわいくて、
自分が絶対だった。
進路希望調査の紙が配られ、志望大学、志望学部を具体的に書かねばならなくなったとき。
心のなかに、いろんな矛盾がありながらも、両親に話した。
「医者になりたいと思うんだけど。」
考えさせて欲しいと言われた次の日の夜。
「お父さんもお母さんも、大学のことはわからないから、
あなたの決めたことを応援してあげることしかできない。
単純にね、うちに医学部に通わせてあげるだけのお金があるとは
とても思えない。本当に行くとしたら、これまで以上に
あなたにも、あなたの弟にも苦労させてしまうことになる。
それでも、一緒に苦労しても、あなたが医者になりたいと思うなら、
お父さんもお母さんも、覚悟を決めるよ。」
「いいよ。頑張りなさい。」その気持ちだけが重く心に残ったことを覚えている。
(ホントウニ、ホントウニ、ワタシハコレデイイノカ?)
頭の中をぐるぐるぐるぐる思考が走り回った。
担任の先生にそのことを相談すると、
「栃木にある自治医科大学を目指したらどうだ」と言われた。
そこなら、県の援助を受けながら、両親に負担をかけずに医学部に行けると。
(ホントウニ、ホントウニ、ワタシハコレデイイノカ?)
頭の中をぐるぐるぐるぐる思考が走り回った。再び。
決断しているようで、決断する自分が怖かった。
なにより、自信がなくって、しかたなかった。
学力のこともそうだが、将来を決めてしまうことが不安だった。
そして、自分が「医者として、相応しい人間がどうか」、
私の中に、Yesといえるだけの自信は、まったくなかった。
ただわかることは、「私は、それだけの器のある人間ではない」ということ。
それだけだった。
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