2.両親のアメリカへの旅


    

 
 
 私達が1998年12月にアメリカで結婚式をした時に私の家族もわざわざ日本から来てくれました。妹は先に友達とアメリカに遊びに来ていたので、両親にとって初めての自分たちだけの海外個人旅行となりました。その時の様子を父が新聞に投稿したのでその記事をここで紹介させて頂きます。

 海外の旅で味わった人情
 米国ジョージア州コロンバスに嫁ぐ娘の結婚式のため、夫婦で昨年12月半ば福岡空港をたった。米国内の乗り継ぎに抱いていた不安が的中、5時間遅れてコロンバス行き最終便に間に合わないとのこと。一瞬,頭は真っ白になった。
 とりあえずコロンバスの娘に電話しようと,公衆電話に25セント7、8枚を入れ番号を押すが、つながらない。近くの青年に助けを求めると、遠距離だからテレフォンカードでないとだめという。20ドルのテレフォンカードを購入しトライしたが、使用方法が日本と違うらしく、これもだめ。
 思い余って通りがかりの初老の方に助けを求めたら、親切にも直接かけてくださった。ようやく電話の向こうで娘の声を聞いたときは、神の助けかと思うほどであった。
 鹿児島でも最近、海外からの旅行者を見かけることが多い。今度は"Can you help me?"ではなく"Can I help you?"と言えるようになりたい。
  *平成11年1月12日 南日本新聞より

 結局はバンをレンタルし、先に来ていた妹と主人と私とでアトランタ空港まで迎えに行きました。コロンバスからアトランタまでは1時間半くらいなのです。アトランタに降り立ち、私達の顔を見た時の両親の”ほっ”とした顔は今でも忘れません。6時間以上も遅れたうえに、荷物が出てくる所が2回も変更になって、コロンバスに着いた時はすでに夜中の2時くらいでした。次の朝、父は義叔父とゴルフをすることになっていました。疲れてるだろうから、キャンセルしようか、と言ったのですが、大丈夫。せっかく予約してくれたんだから、と翌朝6時に起きてゴルフに行きました。(それでも成績は良く、みんなびっくりしてました)
 それから、帰りもまたまた大変だったのです。霧が深く、コロンバスーアトランタ便が出発直前になってからキャンセルになってしまったのです。私は今まで3回もコロンバスに行っていて、こんなことは一度もなかったのに、どうしてーと思ってしまいました。コロンバスから臨時バンが出て、それでアトランタまで行くことになったので、ことなきを得たのですが、両親にとっては本当に最後まで大変な旅でした。でも、アメリカで過ごした約2週間は楽しかったと言いてくれたのでちょっと安心しました。
 お父さん、お母さん、こんな大変な思いをしてまでわざわざアメリカに来てくれてありがとう。これに懲りずにまた遊びに来てね。でも今度は成田ーアトランタの直行便でね。

 
 
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