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日本語による精神保健サービスの需要と供給について - メルボルン(オーストラリア)

高田浩一
オーストラリア国立大学精神保健研究所 (Centre for Mental Health Research, The Australian National University)

I. はじめに

 海外在住邦人の精神保健というとき、国や地域によりその対象と考えられる「邦人」の範囲は一様でない。邦人移民の歴史の長いハワイ州、カリフォルニア州を擁するアメリカ合衆国やブラジルなど南米諸国の場合と異なり、日系2世・3世は、オーストラリアの邦人コミュニティーの中では、いまだ大きな割合を占めておらず、オーストラリアで邦人の精神保健という場合は、実際的には、言語的にも文化的にも日本との結びつきが強い移民1世、あるいは短期・長期の滞在者がその対象ということになる。
 筆者は、オーストラリア在住邦人のQOLとメンタルヘルスに関する研究を進めており、郵送による自己記入式調査票を用いたメルボルンでの実地調査を終了し、現在、集計段階であるが、本稿では日本語による精神保健の需要と供給について定性的な報告を行う。

II. 背景

 1. オーストラリアにおける日本人(歴史的背景など)

 オーストラリアへの邦人の移民の歴史は意外に古く、1880年代の木曜島の真珠貝採取ダイバー、および1890年代のサトウキビ農場労働者の雇い入れに始まり、1900年代初頭には既に3千数百人の日本人が在住していた。太平洋戦争の勃発により、オーストラリア在住日本人は全員、逮捕あるいは拘束され、国内4カ所の収容所に収容された。戦後、ごく少数の例外を除き全員日本に送還されたため、邦人数は一旦激減した。その後も厳しい反日感情の中、日本人の永住は認められていなかったが、まず、1952年以降、戦争花嫁約650人の入国が認められ[8]、次いで1957年の日豪通商協定以後、邦人数は極めて徐々にではあるが増加し始めた。1960年頃の外務省統計では全豪邦人(日本国籍)は611人となっている。オーストラリアの邦人数が急増するのは、1972年の移民制限法の廃止など白豪主義の撤廃後、とくに1980年代からで、日本の経済成長にともなって企業の駐在員、次いで移住者や学生、その他様々な理由での入国者が増えている。
 1998年の在外邦人統計(外務省)では、オーストラリア在住邦人は、長期滞在13,795、永住12,836の計26,631人であり、居住先の国としては第7位である。しかしながら、多文化主義を標榜するオーストラリアのなかでは、「日本生まれ」は全豪人口の0.2%に過ぎず、日本人はかなり少数派のほうに属している。オーストラリアを訪れる日本人は年間約80万人で、従って、土産物屋やホテル、飲食店などの観光・旅行・サービス業界では日本語によるサービスが充実しているが、これに比べ、医療、法律、税金、公共交通機関など、住んで生活する者にとって重要な”かたい”分野での日本語のサービスは整備されていない。一例を挙げると、個人所得の税金申告書には、中国、韓国、ベトナム、インドネシア、ギリシャ、イタリア、ロシア、トルコなど16カ国語で電話の案内が掲載されているが日本語による記載はない。

 2. 調査対象都市メルボルンの邦人社会

 現在のメルボルンの邦人社会は、旅行者を除くと、(1) 少数の「戦争花嫁」とそれ以前の移住者、 (2) 1960年代以降の比較的少数の技術移住者、(3) 1980年代から増え始めた永住者や、オーストラリア人の配偶者との国際結婚、(4) 同じく1980年代から急増した民間企業からの派遣者(長期一時滞在)とその家族、(5) 官公庁から派遣の長期一時滞在者とその家族、(6) 研究者・教師などの長期一時滞在者とその家族、(7) 留学など長期一時滞在の学生、(8) 語学研修などで短期滞在の学生、(9) ワーキングホリディ・ヴィザで滞在の若者、それに、(10)上記(1)〜(4)の子孫である移住2世、3世などで構成されていると考えられるが、各グループの人数の特定は困難で、実態に近い日系人人口の構成は明らかでない。実際、メルボルンの邦人人口は、外務省の在外邦人統計では、5,425人(永住者2,225人、滞在者3,200人)となっているが、1996年のオーストラリアの国勢調査では「日本生まれ」の人口は3,593人で、両者にはかなりの開きがある。前者の統計は在留届に基づいており、この場合、邦人は日本国籍を持つ者をさすが、滞在者の中には届けを出さない者や帰国時の届けを忘れる者もかなりの数あるといわれている。一方、後者は国籍ではなく出生国に基づいており、たとえ日本人の子であってもオーストラリア国内で出生していれば「日本生まれ」の数には含まれない。いずれにせよ、およそ4,000〜5,000人規模と推定される日本人コミュニティーは、メルボルンの人口332万人の0.12〜0.15%に過ぎず、イタリア生まれ10万7千人(2.5%)、ギリシャ生まれ6万7千人(1.6%)など他のethnic groupに比べれば、第20位までに顔を出さない極めて少数派であることに変わりない。
 メルボルンの日本人コミュニティーには、比較的大きな団体として、企業駐在員とその家族を主な会員とするメルボルン日本人会Japanese Society of Melbourneと、永住日本人を主としたビクトリア日本クラブJapan Club of Victoria (JCV)の二者がある。いずれも、運動会、バザーなどの行事が年数回おこなわれたり、ニュースレターが定期的に発刊されているが、会員の相互扶助という観点からは相談事業のような活動はおこなわれていない。また、帰国を前提とする者と永住を前提とする者では、日本やオーストラリアに対する帰属意識や生活の状況も異なっている。さらに、両者の会員数を足しても推定邦人人口の3割にも満たないことから明らかなように、これらの会に属さない邦人がむしろ大多数を占めている。あるJCV会員の「永住者の多くは、何らかの理由で『脱サラのような形で国を出てきた人』なのでまとまろうとしない。さらに、学生はどこの会にも入らない」の言葉に象徴されるように、日本人は一つのethnic groupとして結束しているわけではない。

III. 精神保健サービスの現状

 1. 非英語圏出身者に対する精神保健サービス

 1991年のオーストラリア国勢調査によれば、メルボルンの属するヴィクトリア州で16才以上の居住者のうち、20.0%が非英語圏生まれである。オーストラリアでは、ethnicityや英語能力を変数とした一般人口を対象とする全国規模の精神保健疫学調査は未だ実施されていないが、自己報告に基づくAustralian National Health Survey(Ridouttら[6])では、オーストラリア生まれや英語圏出身者に比べ、大部分の非英語圏出身者グループで精神疾患罹患率が高いことが報告された。Stuartら[7]は、ヴィクトリア州内の全ての一般医、精神科医、臨床心理士、公立・私立病院を対象に、非英語圏出身者の精神保健サービスの利用実態を調査し、精神保健専門家への外来受診が非英語圏出身者では少なく、精神療法を受けられる機会も少ないことや、非英語圏出身者は自国語が話せる一般医を精神保健上の相談先として選択していることを明らかにした。
 ヴィクトリア州の精神保健法では、非英語圏出身者に対しても精神保健のサービスを供給する側が説明の義務を負うことになっており、また、非英語圏出身者に対する精神保健サービスを充実させるプログラムも実施されている。なお、移民への精神保健サービスについては山本ら[9]が詳しく紹介している。ヴィクトリア州には各国語のバイリンガル精神保健専門家も相当数存在するが、精神保健サービスが区域性をとっているため患者の話す言語とこれらのスタッフの配置がマッチしなかったり、通訳サービスの利便性も不充分であること、診断や治療の際に必要なカルチャーの違いに起因する諸問題についての臨床家の知識は総じて不充分であり、オーストラリア生まれの者に比べ非英語圏出身者への精神保健サービスは立ち遅れており、患者の臨床的転帰にも悪影響していることがMinasら[3]によって指摘されている。

 2. 日本語による精神保健サービスの現状(供給と需要)

 筆者の知る範囲では、オーストラリアの医師免許を持つ日系の精神科医はシドニーに一人しかおらず、メルボルンは精神保健に関しては無医村地区であると言わざるを得ない。メルボルンには日本語の話せる一般医が数名おり、地元の日本語新聞などをとおして邦人社会には広く知られている。また、彼らの精神保健に対する関心も高いが、現時点での最大の問題は、必要なときに紹介先として日本語で臨床活動可能な精神保健の専門家が存在しないことである。Victorian Transcultural Psychiatry Unitなどが中心となって運営しているAustralian Transcultural Mental Health Networkによれば、バイリンガルの精神保健専門家(精神科医、臨床心理士、精神科看護婦、精神科ソーシャルワーカー、カウンセラー、ケース・マネージャーなど)としてこのネットワークに登録されている53カ国語、のべ2百数十件の中に日本語の登録者はいない。
 現時点で、日本語による精神保健サービスの需要を正確に把握することは難しいが、非英語圏出身者への精神保健サービスがいまだに不充分な状況下では、需要は過小評価されている可能性が大きい。野田[5]がカナダ・バンクーバーについて述べたこと、即ち、『「需要がないからサービスがない」のではなくて「サービスがあれば必ず需要がある」という事実』は、メルボルンにおいてもそのまま当てはまると思われる。
 1992年には日本人の母子心中という痛ましい事件があったが、これも氷山の一角であり、孤独感や抑うつに悩まされているものの適切な精神保健サービスを受けられないでいる日本人が少なからず存在することは想像に難くない。オーストラリア在住邦人のQOLとメンタルヘルスの関する研究では、中間集計段階ながら、全般健康調査票12項目版(GHQ-12)[1]で4点以上の高得点者(何らかの心理障害に悩まされている可能性を高く示唆するとされている)が20%近くの邦人に見られる。これは、同じGHQ-12を用いた日本に住む日本人での高得点者の割合16.5%[4]に比べやや多く、メルボルンでは少なくとも日本に住んでいる日本人の場合と同等かそれ以上の割合で精神的不調の者が存在すると考えられる。
 さらに、永住者の間では、70才を過ぎた高齢者の中で、強い望郷の念はあるものの帰国できない人たちにどう対応するか、英語が次第に出なくなってきたり、痴呆が始まってきている老人たちの介護をどうするか、邦人のための老人ホームをどうするかという問題が具体性を帯びて論じられている。1991年の国勢調査で全邦人の2.8%を占めるに過ぎなかった65才以上の邦人高齢者は、1996年にはメルボルンでは4.3%に増加しており、今後も増加傾向は続くものと予想される。高齢者への精神保健サービスでは、とくに言語の問題や文化の差異が大きな障壁となるため、既存のものより一段とculture sensitiveなサービスが必要となると考えられるが、うつ病や精神病、神経症圏や人格障害など一般の精神保健上の問題に対しても供給不充分な現状では、オーストラリア側の非英語圏出身者へのサービスの充実を待っのは現実的でない。バイリンガルの精神保健専門家を増やして移民の精神保健サービスを充実させようとするオーストラリア側の方針は理想的であるが、日本人のような少数ethnic groupの中からそのような専門家が育ってくるには、相当の年月と費用が必要であり、現時点での需要にはとうてい応えられない。
 自国出身者への援護・福祉の観点から、また、相手国側(オーストラリア)の医療福祉資源を圧迫しないためにも、日本側からの積極的な人的・経済的援助と現地機関との協力関係を構築することが必要不可欠であろう。

 3. 精神保健にかかわる邦人相互扶助活動

 メンタルヘルスに限定した活動ではないが、現地で邦人への社会福祉サービスを続けている「Hope Connection」の活動は特筆に値する。この団体は1994年、「ビクトリア在住の日本人のメンタルヘルスを考える会」を母体としてスタートし、その後、会員相互の勉強会的なものから日本人コミュニティー全体にサービスを提供する方向へと活動の形を変え、1996年にヴィクトリア政府から非営利法人「Hope Connection」として認可された。所持するヴィザの種類に関係なく、すべての日本人を対象に、(1) 日本語による電話相談(平日、昼間)、(2) 新規来豪者向けのインフォーメーション・セミナー、(3) 英会話教室、(4) スポーツ・料理・政治などオーストラリアの様々な側面を取り上げる生活講座、(5) 季刊ニュースレターの発行などの活動をおこなってる[2]。1996年8月から始まった日本語電話相談には年間おおよそ100件の相談があり、その約半数は情報提供を求めるもの(例:予防接種について)、約半数が悩みその他の「相談ごと」となっている。
 筆者の調査では、メルボルンの一般人口の約半数がHope Connectionの存在を知っており、これはLifeLine(いのちの電話に相当するもの)の周知率よりも高い。本来、Hope Connectionの業務は相談と情報の提供であって、直接に精神保健サービスを提供するのではないが、ここが最初の取っ掛かりとなって、適切なサービスへ結びついた例も少なからずあると聞く。生活者に近い立場での草の根的な地道な活動は、相談者のニーズに応えており、心強い限りであるが、資金面や人材確保の面では必ずしも順調ではなく、各方面からの継続的な支援が望まれる。

IV. まとめ

 多文化主義国家であるオーストラリアにおいて、日本人は絶対的に少数派のethnic groupであり、しかも結束力に弱く、そのことが様々なサービス供給の面で不利を生じる一因となっている。
 在住邦人の精神保健サービスの潜在的需要が高いことが徐々に明らかになりつつあるが、需要に対して既存の精神保健サービスが十分に対応できているとは言えず、また、オーストラリア側の対応にもおのずと限界があることから、詳細な実態調査を踏まえたうえで、現地の機関と協力しながら進められる実効的な対策を早急に講じなければならず、日本側からの積極的な人的・経済的援助が必要不可欠なものであると考えられる。

参考文献

  1. Goldberg DP.: The Detection of Psychiatric Illness by Questionnaire: A Technique for the Identification and Assessment of Non-psychotic Illness. Maudsley Mongraphs No.21. Oxford University Press, London, 1972.
  2. Hope Connection Inc.:Hope Connectionの活動. 全豪日本クラブ記念誌編集委員会編:オーストラリアの日本人 - 一世紀をこえる日本人の足跡. pp.188-189. 全豪日本クラブ. Asquith, 1998.
  3. Minas IH, Stuart GW, Klimidis S.: Language, culture and psychiatric services: a survey of Victorian clinical staff. Australian and New Zealand Journal of Psychiatry, 28; 250-258, 1994.
  4. 中根允文、田崎美弥子、宮岡悦良:一般人口におけるQOLスコアの分布 - WHOQOLを利用して.医療と社会, 9; 123-131, 1999.
  5. 野田文隆:バンクーバーからの報告. 鈴木満、立見泰彦、太田博昭編:邦人海外渡航者の精神保健対策 - 欧州地域を中心とした活動の記録. pp.184-193, 信山社、東京、1997.
  6. Ridoutt L, Filis A.: Mental health services and non-English speaking background consumers. A review conducted under contract by Strategic Health Research Consultants for the New South Wales Department of Health, 1992.
  7. Stuart GW, Minas IH, Klimidis S, O'Connell S.: English language ability and mental health service utilisation: a census. Australian and New Zealand Journal of Psychiatry, 30; 270-277, 1996.
  8. Tamura K.: Border crossings: changing identities of Japanese war brides. Asia-Pacific magazine, 8; 43-47, 1997.
  9. 山本和儀、ハリー・ミナス:オーストラリアにおけるTranscultural精神医学. 文化とこころ, 1; 19-28, 1996.

なお、上記の拙論は手直しをしたうえで、琉球大学医学部の山本和儀先生との共著として、下記のように相川書房の「文化とこころ:多文化間精神医学研究」第5巻(2001年8月)に掲載されました。

  • 高田浩一、山本和儀:メルボルン在留邦人コミュニティにおける精神保健サービスの需要と供給. 文化とこころ:多文化間精神医学研究, 5; 115-119, 2001.

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