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祭の起源と沿革は、今から約1,400年前の欽明天皇の567年、国内は風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者であった、伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであるというので、若日子は勅命をおおせつかって、4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になったという。
また、弘仁10(819)年には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀(中紀)に準じて行うという、国家的行事になった。
なお、応仁の乱(1467〜1477)ののち、元禄6(1693)年まで約200年の間、明治4(1871)年から明治16(1883)年まで、昭和18(1943)年から昭和27(1952)年まで、中断や行列の中止があった。しかし王朝の伝統は忠実に守られてきた。
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