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二年坂(二寧坂)
京都市東山区清水
(市バス「清水道」停留所から徒歩約10分) |
この坂は、古くからあったが、三年坂(産寧坂)の手前の坂という意味で、この名が通り名となった。
「ここで、つまづき転ぶと、2年以内に死ぬ」という言い伝えは、「石段、坂道は気をつけて」という警句が語り伝えられたものと思われる。
「坊日誌」によると「宝暦8(1758)年、枡屋喜兵衛なる者、官の許可を得て、開拓屋地と為す」と記されている。以来、この付近は、「枡屋町」と呼ばれるようになった。
大正初期、現在の家並みとなり、国の町並み保存地域に指定されている。 |
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竹久夢二寓居跡
明治、大正、昭和の三代にわたり、波乱の人生を送った不世出の詩人、画家・竹久夢二は、大正3年秋頃、笠井彦乃と出会い、運命的な恋におちた。彦乃は、東京日本橋の紙問屋の一人娘であり、彼女を愛する父親は、後継者であった娘の恋に反対であった。
大正4年に結ばれた2人は互いに「山」「川」と呼び合いつつ、人目を忍ぶ逢瀬を重ね、ついには大正5年、京都に逃れた夢二を彦乃が追うようにして訪れ、短くも至福の日々をこの地で送った。夢二には、彦乃が訪れるまでの数ヶ月をこの家で過ごしている。 |
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