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       怪しいアジア旅行         1998/06/02 No.13
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【 じいふうの最後?? 続編 】

・・・・生きていた。死んではいなかった。
なぜなら意識があったからだ。 でもどれだけの時間が過ぎたかわからなかった。
辺りを見回した。 車が土手に落ちていた。幸いそう高くない土手に・・・。
・・・・今私は?? そういえば私はまだ車のなかにいた。
でも、なんかおかしい。 窓が上にある。さっきまで私の横にあったはずの窓が・・・。
ぶつかって凄い衝撃があり、ぶつかりどころが良かったのか??
正面衝突は割けることが出来運転席のところにぶつかり、
勢いあまって、土手におちた。ゴロンと回転したみたい。
社長が降ってきたような気がした。(私の記憶によると) なんだか変だ。
口のなかにガラスの破片がたくさん入っていた。 不思議な事に無傷だったが・・・。
雨が振り込んでいる。 そうだ!ここから出なければ!!
出ようと思っても結構の高さがあった。
だれもいなかったはずなのに当たりに5.6人の人が群がっていた。
その時の記憶は断片的であやふやだったが、 とりあえず車から出してもらった。
・・・・ふと赤い色が目に飛び込んできた。 李が泣いてる・・・叫んでいる・・・。
うそ・・?? 赤い色は張の血だった。
頭から真っ赤な血を流していた。 それをみて言葉を失った。
言葉が出なかった。
ほんと血まみれだった。 叫びたくても叫べない状態だった。
張は死ぬ??私のあたまのなかで死ぬってことばが回転していた。
みんな車から出された。
・・・・ふと空をみるとさっきまで大雨だったのにうそのように 晴れ渡っていた。
映画のワンシーンのようだった。 煙台の会社の人が電話をしてくる。
といって歩いていった。 運転手も血を流していた。 相手側も血を流していた。
でもどこをどう怪我していたかわからなかった。
しばらく経って煙台の会社の人が車にのってきた。
張をのせて、病院へむかった。 私たちもあとを追った。
私達は外傷がないということで見てもらえなかった。 張は頭をきっていて、
命に別状はないということだった。 私たちがいてもしょうがないということで、
そのままホテルで休むことになった。 ホテルまでの距離が結構あったはずだが、
あまりのショックで時間さえも感じることが出来なかった。
社長のめがねき大きな傷がついていた。 めがねをしていなければきっていたはずだった。
少し口の周りをきっていた。 常務もガラスですこしきっていた。
私は無傷だった。スーツをきてなくて正解だったらしい。
部屋にいてもどうすることもできなかった。
ANAで働いている日本人のともだちに(中国で働いてる) 電話した。
「無傷のほうが恐いよ。きっといまはどうもなくても、
明日、きのうはあんなに元気だったのに・・・ってことに なるかもよ」と言われた。
冗談でいったらしいが、 今の私には冗談にとることが出来なかった。
親に電話すると心配だろうから、辞めた。 明日私は死ぬんだろうか?
朝起きたら、自分を眺めている自分がいたらどうしよう??
などたくさん考えた。 時計をみても時間は進まない。 張はかえってこない。
電話がかかってきた。 「今からごはんにしよう」 煙台の会社の人だった。
・・・こんな状態で食欲なんてないよ。 食べれるわけないやん・・・。 と思ったけれど、
社長や常務の通訳をしなければいけなかったので 仕方なく下に降りていった。
張と李はしばらくしてかえってくるということだった。 「さあたべよう」 ・・・冗談じゃない。
そこで煙台の会社の人が 「事故にあってどうもどうもなかったのはいいことだ!。
これから更にわれわれは発展していくだろう。 乾杯!」 ・・・乾杯なんかできるわけない・・・。
彼がいうには、事故にあっても助かったので乾杯をしなければ いけないということだった。
私達が事故にあったあの場所は事故が彼の友人も事故にあい今も下半身付随らしい。
そうきいてぞっとした。 出てきた料理がすごかった。
死ななかったらお祝いを!なんてこといってる。
しかも出てきたのは結構高いものらしく、
鹿の肉やかいこ(これは最悪!生きてるかいこさんを 油であげてしかも半煮え!
これがいいと言っていたが・・・) へび・・・・。 更に食欲は低下した・・・。
しばらくして張と李は帰ってきた。 安心した。 その日眠ることができなかった。
明日死んでいたら・・なんて考えると・・・。
生きていた。翌日生きていた。
その日大連までフェリーで帰るようになっていた。
これが又最悪だった。 海が大荒れだった。 私は船に酔わない人だったが、
空缶はころがる、はいている音はきこえる、 しまいにはオエーってしたにおいが・・・。
気分悪くなってしまった。 はいてしまったら楽になったろうけど、はくこともできず 苦しんでいた。
それからそのまた翌日無事に帰国した。
いつもは交通機関を使って家に帰るけれど今回ばっかりは 体がいたくて
親に迎えにきてもらってた。 「ちょっと事故にあって」 そういっていた。
私がオオケガしたと思っていたらしい。 思ったよりも軽くて(外傷なし!)
安心していた。 家に帰ったら急に体のあちこちが痛んだ。
気がぬけたせいか、いっきに体のあちこちが痛く思えた。
そのときはいていたジーンズのあちこちからガラスの破片が たくさんでてきた。
事故の後車がどうなったか、運転手がどうなったか、 全くわからなかった。
(オイオイ・・いいのかいそれで??) たまたま友人Uから電話があった。
事故のいきさつを話たら、 大笑いした。
「なーんだ。事故ていうから凄いと思ったら・・。
たいしたことないやん。Kもじいふうも・・・ばかよね・・・。」
・・・・・私達をわらったUはそれから1週間後・・・。
・・・交通事後にあってしまった・・・。
もし笑った人・・・次はあなたかもしれませんよ・・ ・・・なーんて・・・。 でも気をつけましょう・・・。

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