グルノーブルにて










          ◆ オリヴィエの家で  ◆ ワイン・カーヴ  ◆ 庭での夕食  ◆ 県会議員選挙の日

                         ◆ ジャックの家 (サンカンタングルノーブル)  ◆ グルノーブルの街で



 私の友人であるオリヴィエの家は、フランスはリヨンに近いグルノーブル郊外の、クレ (CLAIX) という閑静な住宅街にある。

 日本でバブル経済全盛の1986年、当時の経済企画庁が国民意識調査を行い、その結果、日本人の多くが 「休暇と住宅には不満はあるものの、生活水準は欧米より上」 と考えていることが明らかになった。

 まさにバブル期の思いあがりである。 そんなことは絶対にない、日本人の生活は依然として実に貧しいままだ、と私は思ったものだが、実際、オリヴィエとその一家の生活の様子を見ていると、そうした感をますます強くするばかりである。





◆ オリヴィエの家で


オリヴィエの家の敷地は300坪ほどで、庭がとても広い。家の後ろはずっと林になっていて、その向こうに高い山が見える。



グルノーブルは三方を山で囲まれた盆地。どこからでも山が見える。入り口の扉はリモコンで開閉できる。



入り口から左に行くと、住居の玄関口に出る。右側は裏手になり、そこにある緑の容器がゴミ回収箱。決められた日にこれを道路に出す。



バレーボール・コートぐらいの空間が住宅の前にある。芝生というより、いろんな地被植物が生えている。



日本で一年を過ごしたオリヴィエは、帰国してから日本庭園コーナーを造った。石材はフランスで探したという。



龍も据えられているが、残念ながら、水を吐き出すまでには至っていない。庭の奥に砂地の広場がある。



この砂地はペタンク用のスペース。フランスの街中を歩いていて砂地の空間を見つければ、そこはペタンク場である。



距離感さえ掴めれば、なんとか対抗できる。オリヴィエもロリスもペタンクに慣れていて、かなり正確に球を投げる。



ペタンク場の横にある野菜畑。ここで収穫したサヤインゲンを夕食に食べた。そして飼い猫のツキ。







◆ ワイン・カーヴ

以下の写真はオリヴィエ宅のワイン・カーヴ。これでも相当なものだが、オリヴィエの奥さんであるシルヴィーの両親の家が
ニース近郊にあり、そこで見せてもらったワイン・カーヴはこの3倍ほどの広さで、1000本以上のボトルが並んでいた。



フランスの一戸建て住宅には必ず地下がある。そのため平屋の家でも、実質的には二階建てということになる。



部屋の温度と湿度を一定に保つため、エアコンが据えられている。ざっと見て、500本ほどのワインがあった。



こうした箱の中にもワインが入っていて、そのまま寝かせているのだという。



稀少なワインは見分けやすいように、銘柄と産年を記入したラベルが付されている。
オリヴィエの話では、ブランド物を産する畑のすぐそばでできるワインも上質で、しかも安価。
そうしたワインを集めた特売市があり、上の段ボール箱にはそれらが入っているという。



オリヴィエ宅のカーヴにあるのはボルドー産のワインが大半。いかり肩の瓶でそれと知れる。



今日はどれを飲もうかと私に問いかけながら、あれこれと、オリヴィエのワイン選びがはじまった。



その日の一本はボルドーのポイヤックで、1975年のもの。コルクが古くなって脆いので、抜くのに苦労した。



コルクが細かく砕けたので、茶濾しを用いて、中身をボトルに移し替えている。
オリヴィエはラグビーのプロコーチだが、ボルドー・ワインに関してもプロ級の知識を持っている。







◆ 庭での夕食




庭の奥に野外炉が造られている。ピザの場合、炉に枯れ木を入れて燃やし、その余熱で焼きあげる。



左は炭火で鶏肉を焼いているところ。ロリスが焼け具合を監視している。右のテーブルセットは常置のもの。



豊田の我が家と違って、ここには蚊が一匹もいない。シルヴィーが食事をつくってくれるまでロリスとゲーム。私は完敗の憂き目に。



これはスペインのコンポステラ巡礼からの帰途、立ち寄ったときのもの。久しぶりの美味しい手料理に感激した。







◆ 県会議員選挙の日




県会議員選挙があった日、一緒に投票所まで行くかとオリヴィエが言うので、連れて行ってもらった。



オリヴィエが住むのはグルノーブル郊外の住宅地で、普段でも人通りは少ない。10分ほどで、投票所の中学校に到着。



立ち会いの選挙管理委員会の人は3人だけ。10人ほどもいる日本のシステムは大仰すぎるか?



フランスでは候補者の名前を手で書かない。あらかじめ印刷された候補者カードを封筒に入れる。この日は候補者が二人。
前の週の投票で過半数の票を得た候補がおらず、上位得票者2名の、バロッタージュと呼ばれる決選投票である。



投票のあと、少し寄り道をして帰った。左の公園のような場所には立て看板があり、私有地と書かれている。どの家も300坪以上ある。



フランス人は他人に邪魔されるのを嫌うから、どの家も垣根で囲まれている。この点、アメリカやカナダの住宅とは大違い。



アレ・デ・パンプルというこの道路は、郵便や商品を配達する車以外、車輛の立ち入り禁止。つまりは私道である。



庭が公園のようになっている家もある。ここに住んでいれば、どこかへヴァカンスに出かける必要はないように思う。



そして住宅の間につけられた狭い通路。まるで公園のように、どこもよく管理の手が行き届いている。







◆ ジャックの家(1) サンカンタン

 オリヴィエの父、ジャックの家は、グルノーブルからヴァレンス方向に、高速道路を30分ほど飛ばしたところの村にある。
「飛ばす」 というのは決して言葉のあやでなく、実際、オリヴィエは父親の家に行くのに、いつも高速道路を時速180キロで飛ばした。



昔の農家を、内も外もジャックが一人で全面改修したもので、中には10 ほどの部屋がある。



ジャックの家につくと、いつもこの作業小屋のテーブルを囲み、ワインやビール、ときにはシャンパンで乾杯する。
左の写真は私のチュニジア滞在中のもので、このとき、家人はジャックと 6年ぶりに再会した。



ジャックの家にはクルミ林があり、作業小屋はその収穫時にクルミだらけになるという。オリヴィエが立ってるのは二階の乾燥室。



ジャック自慢の階段。これも彼の手づくりだという。フランス人は壁に物を飾るのが好きで、どの部屋にもそれがあった。



上は、孫のマイリスやロリスのための部屋。



ジャックの仕事部屋。廊下に掲げられた写真に、豊田の家での家人とマイリスが写っていた。このときマイリスは小学6年生。



作業小屋の向こうは、クルミの林になっている。どこを見ても緑がいっぱいで、どこかのヴァカンス村のようでもある。



ゆっくり歩いてクルミ林の端まで行くのに、10 分ほどかかる。収穫期には、一族総出で実を拾うのだそうだ。



オリヴィエの母、ミッシェルは二年前に死亡。その遺灰はグルノーブルの山と、ここの大きな樫の木の根元に撒かれたと聞いている。



この地でクルミの管理をしたり本を読んだりしながら、ジャックは静かに暮らしている。







◆ ジャックの家(2) グルノーブル




冬になるとジャックはサンカンタンを離れて、グルノーブルにあるアパルトマンで過ごす。



中庭には大きな桜の木、というより、大きなサクランボの木があり、シルヴィーが収穫して家に持って帰った。



私が鉄道でグルノーブルにつくと、たいていはこのジャックが、車で駅まで迎えに来てくれる。







◆ グルノーブルの街で

 2013年の春、フランス各地で河の氾濫による洪水があった。その年は 5 月の終りまで、寒くて暗い雨の日が毎日つづき、およそフランスらしくなかった。 わたしがグルノーブルに着いたのはその後の、 6 月の快晴の日。 SHINJI が一緒に太陽を持ってきてくれたと、グルノーブル駅まで迎えにきてくれたジャック (オリヴィエの父) が開口一番、そう言ってくれた。



グルノーブルは三方を山に囲まれた盆地。 空気の逃げ場がなく大気汚染の恐れがあるため、市電の延長工事に注力している



市役所前広場とレストラン。 この日、オリヴィエはパリにいて不在。 シルヴィーが仕事を休んで一日、付き合ってくれた



「グルノーブルではどこにいても山が見える」 とは、ここで生まれた大作家、スタンダールの言葉



対岸の要塞まで上がるケーブルカーの発券所。 下りは徒歩で降りたが、シルヴィーはちょっと疲れた様子だった



チュニジアにいた私に、こうした緑の空間は印象的だった。 ゆったり寛げる公共の広場、という意味では日本にも少ない