暗くも怖くもない帰り道。
5月14日(金)「ウタう」
自分の身体の一部が、他人の身体の中で生き続ける。血液の流れを受け、必要なエネルギーを受け取ることさえできれば、かつて自分の一部だったモノだとしても、たとえ本来の場所から引き離されたモノだとしても、そこがなんの関わりもない他人の体内だとしても、細胞は脈打ち、組織は生き続ける。しかし移植された細胞からDNAを抽出すれば、そこに現れる塩基配列は、やはり私自身のモノなのではないのか。個人というものの存在をどこにおくのか。姿形であろうか、DNAであろうか、それともあらゆる人間関係、あらゆる個人史をバックグラウンドとした、その精神であろうか。もしいつの日か可能でさえあれば、頭脳以外の全ての部位の付け替えを行う日がくるのかもしれない。そうなったときクローン技術等による自分自身の培養ではなく、完全な他人の身体への乗り移りをもって移植とするのならば、異性とつがいとなり、子をなす時、ふたりの間に生まれてくる子供は果たして自分の子といえるのだろうか。そしてすげ替えられた脳ミソは、果たして全組織のなかで、これまでのようにイニシアティブを取り続けることができるのだろうか。もしかしたら、そこになんらかの融合、もしくは侵略のような平穏ならざる事態が生じるかもしれない。そしてそれは人類の新たなる戦争なのかもしれない。
酔っ払いは唄う、この世の戯言を。シラフは囀る、世間のシガラミを。子供は叫ぶ、血塗られたユートピアを。
全ては繋がりのために、全ては別離のために
全ては唯一無二なる自身のための
終わらない戦い
では、俺はどうか
俺自身は
NEXT STAGE "ENDLESS END"
私は知らないんですけど、このやり方って音楽独自のものではなく、絵の分野でも多分既存のものだと思います。ハウスがいつ派生したジャンルかは知らないですけど、絵も同じやり方が多分あるはず、決して私のオリジナルではないでしょう。そして音楽と絵だけのものですらないでしょう。そりゃもうなんにでも使われるやり方だと思います。文章でも映像でも言動でも服装でも生き方でも。影響を受けるってものの判り易いカタチって感じでしょうか。
元絵のヒト達の刻むビートに私の刻むビートを重ねて、なんらかの気持ちのいいビートの絵が創り出せればと思っとります。まだ全然ですけど。ここまで書いて今一度今回のタイトル画像とこれまでのものを見て思ったのは、やっぱり自分で描けるヒトがうらやましいなってことですね。嗚呼うらやましい。かえすがえすもね。こんちくしょう。
最後になりましたが、今回のこの日記は、当ページ『DRYBOX』がイラスト系サイトとしてリスタートするという宣言ではありません。あくまで私が絵を描くうえでのスタンスを確認しようって作業です。ご注意下さい。おそらく余計な心配でしょうが。
スッカリ辺りも明るくなった明け方6時頃に帰宅し、一気に10時間程就寝。夢も見ない深い眠りから夕方4時頃覚め、なんとなくHPの更新を行う。たぶん寝惚けてる。
リンクページ「真夜中の巡回路」に「ガソリン」を追加した。同人誌とかやられてるヒトみたい。とりあえず絵がいい、絵が。強い線がいい味だしていて、絵の持っているストーリーに深みを与えてる。なんというか線の持つくすみとか滲みとかの時間の効果っつーのか。よくわかんない。けどとにかく気に入ったのでリンクした。HP上ではイラストしか公開されていないのだが、マンガも書かれているらしい。一度観て見たい。あとキャラの屈託の無さ過ぎる笑顔が壊れた感じがしてとてもよい。ループ絵もナイス。これバナー。リンクページは重くなるの厭なんでここに置く。ここは暫くしたら過去分に廻されて観るヤツもほとんど居なくなるだろうから。そういや日記に画像貼るの初めてだな。まあステキ。
もうすぐ6時になる。腹減った。そういやなんにも食ってなかった。腹のムシががなりたてていて、ホントにここだけ別の生き物みたい。しょうがない、なんか適当に腹に詰め込むことにしよう。
聴き憶えのある声。会社の同僚からだ。明日、出勤の必要が無くなったという連絡だった。しかし土日の予定はすでにキャンセル済みだ。もう遅い、なにをいまさら・・・、と心の中で呟いた後、電話を切る。
聴き憶えのない声。よう、ひさしぶり、××だけど。相手が云う。ああ××か。俺が思う。高校時代の友人からだ。聴き憶えのない声は、聴き憶えのある声に変わる。3年振りの電話。そのわりに、たいして違和感ない会話。彼は1児の父から2児の父へとなっていた。後ろで子供の声がしている。しかし、電話の向こうの彼に抱く俺の印象は今も昔も同じ、『悪党』のままだ。他愛のない会話。お互いにメールアドレスを交換する。そういえば俺は彼の電話番号を知らない。今どこに住んでいるのかも知らない。彼のしている仕事も3年前の電話で訊いた気がするが、もう忘れた。でも知りたいとも思わないので、適当に懐かしみあった後、電話を切る。
ブツブツという音がしてそのまま切れる。相手は携帯のようだ。おそらく電波状態の悪い場所からかけているのだろう。再びかかって来るのを待つ。しかし電話は鳴らない。しかたなくこちらから心あたりに電話をする。こちらは留守番電話サービスです。只今電話に出ることが出来ません。ピーという発信音の後に・・・。○○です、もしかして電話くれた?そんだけ。それじゃ。電話を切る。
最後の電話が誰からだったのか、少し気になる。でも確かめようがないので諦めようと思う。でも気になる。もしかしてMさんからだったのかもしれない。そう思うと気になって仕方がない。切れた電話は××との電話のすぐ後だった。もしかしたら、××との電話の最中にも何度かかかってきていたのかも知れない。くそッ、××の電話なんて、さっさと切っちまえばよかった。くやしい。くやしい。
さてここで画像の説明でもしようかねぇ。まず元絵は、ジュゼッペ=アルチンボルトの『春』と『秋』、1573年の作品です。このアルチンボルドって画家はヘンなヒトで、ある寓意に基づいた品を組み合わせた顔ばっかり描いてます。たとえば『春』は様々な春の花で、『秋』は季節の果物で、巧妙に顔を構成しています。他の作品に『夏』『冬』『火』『水』『土』などがありますが、いずれも顔です、顔。他に描きたいモノはなかったのか、疑問です。しかしあれらの絵画が素晴らしいのは云うまでもありません。実際アルチンボルトの絵画は当時の神聖ローマ帝国の皇帝を大変喜ばせたようで、彼は宮廷画家を勤めたっていうから結構すごいです。アイデアマンであり、多才でもあったらしく、一種の回転木馬を発明して名声を得たりしてます。
以上が元絵と作者紹介。私がこれをタイトル画像に使おうと思ったことに特に理由はないです。たまたま以前美術系の海外サイトを観て回っているときに落としておいた画像が、HDの中に残っていたからです。ともすれば悪趣味に堕する危険のある作品ですが、インパクトはなかなかなので使うことにしました。
元絵を向い合わせに配置し適当に弄くって中央に「onkuso」の文字を入れてめでたく完成。できは観てのとおりと相成りました。画像に私なりのタイトルをつけるならば、『人間模様』とかかな。まあ作品なんて観るヒトがそのヒトなりの解釈をつけてやればいいものなんで、作者の意図なんて関係ないんですけど。
ちなみに元絵はルーブル美術館所蔵ですので、フランスへ立ち寄られた際はぜひどうぞ。モナリザなんか観てる場合じゃないです。
アクセスカウンタが1000を越えました。多分昨日。踏まれた方は速やかな挙手ととも軍隊調に一歩前へ進み出た後、腹の底から自らの姓名を叫ばれることをお願いしたい。ヒット記録に御芳名を記載させて頂きたいのです。別に私から物理的なプレゼントとかはありませんので期待しないでください。こんな弱小サイトに名前なんぞ刻まれたうえ贈呈品すらないんじゃやってられねぇっていうのであれば諦めます。それでも記念すべき1000ヒット目を踏んでくれた貴方に私がラヴであることは終生変わりません。愛しています。嘘です。名乗ってくれなきゃ忘れます。つーかそもそも憶えられません。憶えていて欲しかったら、なんらかの手段を講じて当方との接触をはかってください。下駄箱にハートのシールで止めたお手紙でも、眉間に矢文でも結構です。方法は問いません、連絡お待ちしています。
それから当ページ『DRYBOX』を観てくれている全ての皆さんへ、無限の愛と、夥しいキスと、そして一滴の憎悪を謹んでお送り致します。皆さんへの感謝の気持ちはとても言葉では云い尽くせません。よって不連続日記の更新をもって皆さんへの感謝の気持ちとかえさせて頂きたいと思います。ありがとう。
"discontinuos diary" DRYBOX by NAKI
[記号説明: ○=ほのめかしている △=微妙 ×=ほのめかしていない ?=? ]
| 「俺が突き落とした」 | × |
| 「俺が突き落とした気もする」 | ○ |
| 「俺が突き落としたのかも」 | ○ |
| 「俺は突き落としてない。と思う」 | △ |
| 「俺は突いただけ。落ちたかは知らない」 | △ |
| 「俺は突いていないのに勝手に落ちた」 | × |
| 「アムロ行きまーすって云って突然・・・」 | × |
| 「飛べると思ってたのに・・・」 | × |
| 「記憶に無い。でもどんな仮説にも可能性はある」 | △ |
| 「知らない。でも突き落としたとしても不思議じゃない」 | △ |
| 「そもそも谷底を走っていたので降ろしただけ」 | △ |
| 「う、宇宙人が・・・」 | ? |
| 「あれってアダムスキー型っていうんでしたっけ?」 | ? |
| 「い、陰謀だあぁぁ!ボ、ボクを嵌めようっていうヤツラの陰謀に決まってるんだぁぁッ!」 | ? |
| 「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」 | シンジ |
| 「連邦のモビルスーツはバケモノかッ!」 | キャスバル |
| 「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」 | ラル |
| 「やめて兄さんッ!」 | アルテイシア |
| 「兄貴ィッ!」 | ドズル |
後半間違い。んむー、わからん。これが恋愛話で「好きであることをほのめかす」っていうのなら色々あるんだろうが、これは恋愛じゃなくて犯罪、やったかやらないか。一体どんな巧いほのめかし方があるのだろうか。犯人はどんな証言をしたのだろう。やっぱりわからん。つーか不謹慎なのでこれで終わり。いまさらだが。
虜囚は虜囚なりの、獄中での保証された自由を行使すべく、今日は会社で読書に耽ることにする。ヒマだし。帰れないし。読むのは昨日と同じ浦賀和宏の「時の鳥籠」だ。耽るといっても場所は会社、自分の部屋ほどに落ちついて集中できる筈はないから、もともと朗読するよりちょっと速い程度でしかない、遅々とした私の読み進むペースは、散漫し、途切れ途切れとなり、さらに遅延する。
本の厚みの半分弱、ページにして200ちょい程度を読んだところで任務終了、帰宅する。今日は大変有意義な労働でした。今日が休日でGWじゃなかったら最高でした。別に恨んじゃいませんけどね、ええ恨みませんとも。シャキーン、シャキーン。おやおや遠くでシザーな音が。物騒ですね、まあ暑くなると理性も3割減ですからね。ではお気をつけて。さようなら。
でも帰りゃ帰ったで別段することもないので続きを読む。さらに50ページ程進んだところでこれを書く。このあと風呂に入って「筑紫哲也NEWS23」を観ながらネットして寝る。もしかしたらさらに続きを読むかもしれない。そしたら明日の目覚めは保証されたもんだ。過度の睡眠不足による最低最悪なものとして。なんたって明日も出勤なのだから。遠くで鋏の音が聴こえる・・・。
昼食後なんとなく読書を始める。読むのは読みかけの「夏のレプリカ」ではなく、少し前に購入した浦賀和宏「頭蓋骨の中の楽園」だ。全467ページ。日曜の午後のダイブ。
時刻は午後10時を回っている。テレビをつけると「おしゃれカンケイ」が終り掛けている。古館伊知郎が手紙を朗読中だ。天童よしみが思い詰めた表情をしている。どうでもいい。俺は疲れているんだ、467ページを一気に読みきって。ああ気持ち悪い。最初から最後まで、トイレと食事と電話以外で中断されることもなく読みきってしまった。久しぶりの感覚。自分の中で色んな感情が渦を巻いているのが判る。整理されず消化されず、沸き立つ熱湯のように、ただただ掻き混ぜられている。ああ気持ち悪い、ああ疲れた。作品は整然とされず色々な要素が突っ込まれている感じ。複雑と云うかややこしい云うか。俺の理解力が乏しいというのもあるが。でも面白かった、と思う。まだよく判らない。もう少し時間が必要なようだ。
巻末の「引用、及び参考文献」に村上龍の「憂鬱な希望としてのインターネット」があった。自分もコレを読んでいたというだけで、作品に親近感を感じそうになってしまった。重要なのは同じものを読んだということではなく、読んでどう感じたかなのに。ああ俺は疲れている。改めてそう感じた。
小野塚カホリ「花粉航海」
穢れを知らない子供が成長してゆく様子は、満開から狂ったように散りゆく桜の花ようだ。隣に住む少年を自らの性によって汚し続ける主人公桂子。自らをもはや汚れた大人であると考える桂子は、自分の中の暗闇に怖れを抱きながらも、そこを新たな居場所として今日を生きている。
『あたしの中の 闇はどこまでつづくんだろう 暗く怖く なつかしい暗闇 あたしは彼らに嫉妬したのかもしれない あたしの体が嫉妬したのかもしれない あたしにはもう届かない あのどこまでも続く桜並木に』(桂子)
かつて自分も持っていたはずのモノ。それがかけがえの無いものであればあるほどに、それを持つ連中が憎くて堪らない。それがいかに不条理な想いであっても変わりはない。嫉妬とはそうしたものだ。持たざる者は代替物を見つけることでバランスを保とうとするか、でなければそれの価値を貶めることによって平静を装おうとする。
変容してゆく過程には美しさがある。桜の散り際や化学変化のうちにある、あくまでも過程の美しさ。不安定さと変容と喪失の、見る者の目を奪わずにはいられない美だ。
『桜の花は二度と散らない あたしの中で二度と散らない
あたしは今日も 闇の中で航海を続ける』(桂子)
暗闇の中に道しるべなど無い。あの美しい桜並木はもう無い。穢れを知らない少年も、いずれ大人へとなってゆく。
今日はマンガの紹介文のような感想文。つーか読んで考えたことを書いてみた。なんやよくわからんです。なにコレ。書評でもないし。ああわかった。やっと言葉が見つかった。解説だコレ。でも書いていて稚拙で冗長なところや、作品とのズレを意識できちゃうから解説として完成度は低いが。ああ口惜しい。
勤め先の会社の建物で外壁の吹き付けとかいうのをやっていて、休日出勤の俺はしこたまシンナーを吸わされた。おかげさまで見事に頭痛になりました。息を吸っても水を飲んでも頭が痛い。工事のあんちゃんよく平気だな。慣れてんの?それともラリってんの?こりゃ偏見だな。あいたたた。