<不連続日記>1999-07-前半

暗くも怖くもない帰り道。


他月 1999 1月  2月前半  2月後半  3月前半  3月後半  4月  5月前半  5月後半  6月前半  6月後半  7月後半  8月前半  8月後半  9月  10月  最新

 7月15日(木)「感想」

 村上龍『ストレンジ・デイズ』読了。プロモート会社社長のソリマチはある日絶望し、無力感に囚われるが、トラックドライバーのジュンコと出会って彼女の曖昧さを排除した精神と女優の才能を目の当たりにして目覚める。そして彼女で映画を撮ろうとする、そんな話。毎度のことながら私にとって村上龍の作品は突き刺さるような痛みをもたらしてくれる重要な存在だ。無力さ、曖昧さ、才能の無さ、退屈さ、飢え、ある誤魔化し、ありとあらゆる鈍さ。普段それらを覆い隠したり薄めたりしてハッキリと意識させないようにしているものを、村上龍の作品は僅かではあるが取り払い光を当ててくれる。それが露骨すぎると感じて厭がるむきもあるかもしれないけれど私は病み付きだ。まだ村上龍を読んだことがないのであれば、どうだろう、一度読んでみては。あうあわないは勿論あるだろうけど、自分がどういったものを好み、また好まないのか、何に痛みを感じるのか、どんなことに怒りを憶えるのか、そういったことを深く自覚することは大切だろうと思う。

 先日の休みに観たビデオ『時計じかけのオレンジ』感想。
 面白い。映像、音楽、ストーリー、どれもエキセントリックでよい。もちろん高い技術とセンスに裏打ちされたものなのだろう。ネジを緩めたり絞めたりするかのような感覚というかなんというか…すんません上手く云えませんわ。よってストーリーの説明も放棄。ただ観よ。

***

 昨日観た『ここがヘンだよ日本人』はよかった。テーマは「自殺」。私は自殺について「そんなのしたいヤツはすればいい」と思っている。「誰かに迷惑」だとか、「誰かが悲しむ」だとかそんなことを考えることはない。他にその絶望を断ち切る手段がないのならそうすればいい。ただ無理心中はやめろ、ひとりで死ね。そんな感じです。ただ当然世の中には色んな考えのヤツがいるワケで、だからこそ番組も盛り上がるってもんだ。ウヒョウイェーイ。「いじめによる自殺」のところでたけしの云ってた「表面上の平等は裏のいじめをつくる」ってのはその通りだろうな。大きさや形の違う紙をムリにそろえようとしているようなものだもの。一辺はそろっても他の辺では歪さが増すだけだ。そういや学級崩壊って今も健在なのか。どうにも決定的に勉強不足だなあ。いかんねこりゃ。


 7月13日(火)「日記と原典」

 昨日リンクに加えさせて頂いた「サイコドクターあばれ旅」の読冊日記がとても面白くてかなり過去にまで遡って読んでいました。1年半以上の長きにわたる分量もさることながら、その内容も一々面白く読み応えは充分です。リンクの紹介文にも書きましたが、私はやはりこの方の本職である精神科医にまつわる話にとても興味をひかれますね。患者さんの話など不謹慎と思いつつも楽しいですから。まだ全部は読み終わっていないですし、これからも日々更新があるでしょうから、ネット日記好きの私としては「やあネットは楽しいねぇ楽しくてしかたがないねぇ。更新は?ねぇ更新はまだ?ねぇったらもう」と云う気分をこれからも味わえそうです。

 この読冊日記を読んで、やはりネット日記は1回1回もある程度の分量と、日常の表層的な出来事や仲間うちでしかわからないような書き方や内容ではなく、一般的な内容でも知識の濃さや一風変わった視点、さらに文章にサービス精神がないといけないなぁとなかば自戒のように再確認した次第ですハイ。しかしその後、ヒトの日記で満足してしまい肝心の自分の日記に書くことが何も無いという不出来な自分を当然のように発見し、昨日などは困った末にリンク報告だけという濃さどころかサービス精神もクソも無いかえって何も書かないほうがよかったんじゃないかとも思える内容になってしまいました。すんません。伏してお詫び。

***

 読冊日記にニーチェのある有名な言葉が引用されている日がありました。

「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、深淵もまたこちらを見つめているのだ」

 カッコよくてゾクゾクする言葉です。有名すぎて多少手垢にまみれた感はありますがそれでもなお良いです。私がこの言葉を初めて知ったのは高校生のときだったと思います。なにかの小説の冒頭でやはり引用されていたのを読んだ記憶がありますが、何の作品だったかはいっこうに思い出せません。そもそもこの言葉の引用元はどこだろう?物語の中?それとも手記や手紙、語録とか?ニーチェっていうと「善悪の彼岸」と「ツァラトゥストラはかく語りき」くらいしか知らないけどその中だろうか。よし、それじゃあと思って検索してみたらあっさり判明しました。「ツァラトゥストラはかく語りき」だそうです。落着。
 インターネットという深淵をのぞきこむとき、皆さんも見つめられていることを意識しましょう。じっとりとした絡み付くような視線に気付かないといけません。危険です。でないと貴方も気がつかないうちに自分のページを持っていしまい、夜な夜なワケのわからないことを書き綴ってページを更新してしまうかもしれませんよ。ああ恐ろしい。
 ちなみにこの言葉を久しぶりに読んだ私の頭にまず思い浮かんだのは、バッタバッタと異形の使徒を切り伏せる「ベルセルク」のガッツの姿でした。鷹の降臨も間近のようだし楽しみだねぇ。つりあがる目に切り広がる口。その回りを飛ぶ羽虫。霧のように広がる血、血、血。ああうっとり。うふふ楽しいな。


 7月12日(月)「リンク整理」

 リンク整理を行う。
 既存を2つ削除に新規を3つ。結果+1。削除理由は更新頻度の低下。至極残念。いずれ更新頻度が戻れば再リンクしたい。追加理由は面白いと思ったから。オーシンプル。次に「テキスト」カテゴリーを「私的基本テキスト」と改名。長ったらしいリンク前文も簡潔に。んでここ不連続日記にてその報告。いざ御覧あれ。


 7月11日(日)「聞き間違い」

 とある聞き間違い。それはその場限りの侮蔑的失笑の対象として埋没することなく、その高度なイメージの組み合わせが激しくインスピレーションを刺激し、アーティスティックな営みの糧にまで成長するに到り、あらゆるジャンルの作品として発表され続け、人々に深い感銘を与えうる……かもしれない、そんなそんな可能性を秘めたステキな聞き間違い。それは「独身生活」というドラマのタイトルの聞き間違いでした。

 
「毒チーズ」

 
 ……。

 ……。

 ……(ファイティングポーズをとる俺)。

 ……。

 独身生活 → 聞き間違い = 毒チーズ

 ……。

 ……。

 (気の抜けるような音で)ピンポンパンポーン。ご来場の皆様にご連絡申し上げます。当DRYBOX主人NAKIは、つい先程居たたまれなくなって裏口より逃げ出しました。それはそれは力の限りの逃走で御座いました。傾く夕日に反射する光るものを目尻に見たこと、くぐもったカエルのような嗚咽を聞いたこと、それらは私の見間違いや聞き間違いではないと思われます。主人の書置きが御座いますので読まさせて頂きます。「もっとイメージを!もっともっとイメージを!」とのことです。皆様もこの奇怪な言葉から何かイメージすることが御座いましたらどうぞご連絡下さいませ。同時に苦情等も承っております。連絡には掲示板をご利用下さいませ。さて、皆様には大変ご迷惑をお掛けしました。入り口にてチケットの払い戻しを行っておりますので係員にお申しつけ下さい。本日はご来場まことに有難う御座いました。またのご来場を主人NAKI共々心よりお待ち申し上げております……。


 7月9日(金)「堕涙」1999.07.10 AM07:57一部加筆。

 本を読んでいます。7月5日に書いた本の中の一冊、村上龍「ストレンジ・デイズ」です。訳すと「奇妙な日々」でしょうか。装画が結構気に入ってます。波打つように歪む町の風景の上に透過した女の顔が描かれたものです。装画は村上龍本人の手によるものです。そういや「オーディション」も「イン ザ・ミソスープ」も装画は顔のアップでした。この2冊に描かれている顔の表情は、どちらもなんとも微妙ではっきりとは云い表せません。あえて脆弱な表現力を恥じ入りもせず駆使するとすれば、そこにはちょっとぬめっとした気持ちの悪さがあり、見る者に居心地の悪さと、胸の奥から何かが迫り上がって来るかのような不安感を抱かせますが、それがまたなんとも「うへへ」です。うへうへ。ヒトによって目を奪われるか背けるかが変わるように思いますが、きっと反応している部分は同じなのだと思います。さて…

*(キンキンとやたらと高い耳障りな声がうなじのあたりで囁く)*

 上の装画の感想、もろ今読んでる「ストレンジ・デイズ」の内容とカブってない?「自分の内側に何か居てそれが出て来るんじゃないかという不安」みたいなさ。そして「反応している」のは「それが出て来るのを実は望んでいる自分」っての。装画の人物にそれを重ねて見てるだけなんじゃないの?もっともらしく書いてるけど実は感想でもなんでもなくて、「ストレンジ・デイズ」の一部を意識的無意識的にパクってきてるだけなんじゃないの?ねぇねぇそのへんどうなのよ。自分でも分かってんじゃないの本当は。キャハハだっさ!カッコわるぅー。自分の言葉じゃ満足に書くこともできないんだ。ねぇそんなんで書く意味あるの?キミって存在がヒトの言葉を繋ぎ合わせて生きているだけなら、キミのオリジナルとでもいうべきなにかがなんにもないなら、そこにいてもしかたないじゃん。だって他のヒトの言葉で用は足りるんだから。要らないよキミ。良いやり方だとか巧いやり方だとか、そんなものばかり求めてるからオカしくなるんだ。ハッキリ云ってそんなのツマラナイ。もう見飽きてるよ、ウンザリだよ。キミは言葉を借りただけでその精神まで借りたワケじゃないって云うかもしれないけど、そんなのウソだね。キミの言葉が他人の言葉で埋め尽くされればキミの精神も同じことだよ。まったく、痛みにあげる悲鳴ひとつとっても芸がない。つまらないよ。この場所に自分の存在の一部といえど賭けようという心積もりなら、もっともっと吐き出しなよ。自分の声をさ。それが出来ないって云うのなら、ねぇ死ねば?そうだよねぇ死んじゃいなよ。いっそさあ。楽になるよ、なるって絶対。どうせこの先大した望みもないんでしょ実際?生きてたっていいことないよ。ね、ね、そうしなよ。辛いんでしょ?苦しいんでしょ?悪いこと云わないよ、ね?死のう。それはキミに許された当然の権利なんだから……………ちょっと何無視してんのよこのクズ!すましてんじゃねぇぞコラ!ほらどうなんだよ答えろよ!参考だオマージュだなんて調子のいいことほざきやがったらただじゃおかねぇぞこのパクリ野郎が!ほら早くしろ!答えろっつってんだろうがよ!なんか云えよ、うすら笑いなんか浮かべてんじゃねぇ気持ちワリィ。ああああああヤダヤダ!なにコイツ最低!そん…ぁ………ちょっとヤダ…………泣いてんのアンタ?……うっわ!最悪!死ねよ!頼むから死んでよもう!
 

*(声が耳にそよいで消える)*

 (表情には何も顕わさず)まだ半分たらずしか読み進んでいないなので内容に関してはなんとも云えません。継続して読み進めます。つーか読み終わってから書くべきだねこういうの。いやはやバカだねまったく死ねって感じ。グサッ。ぎゃー。ちなみに今日の不連続日記のタイトル「堕涙」(だるい)は疲れてダルイってのもかかってます。へっへー(得意げ)。それじゃあ今日はこのへんで失礼します。でわ。

 

***

 「虚実の線はからみあい誰の目からも真実は遠のいてゆく。ほどくそばからまたからみ、蹴躓いては一層からむ。もはやどれがどれやら見当もつかない。ほどけぬのなら紡いでしまえと、己のみの真実をちくちくと紡いでみるも、虚飾に満ちた歪な糸はクソの役にも立ちはしない。こけつまろびつ慌てふためくその様は醜悪以外の何者でもない。しかしそれすらも容易に安易にしてなるものではないのだから、堕涙を禁じ得ない。悲しからんや」なーんつって。

***

 ダメだこんなんじゃ。もっともっと深くえぐらないとやってる意味がない。もっと言葉を失うほどに心をえぐりとらないといけない。それにはもっと長く助走をつける必要があるな。言葉のパクリ程度じゃ全然足りないや。ましてや言葉尻を捕るぐらいじゃ話にならない。えぐりが足りないから上みたいな戯れ言が出てきて膜を張ろうとしちまう。「誰の目からも」?俺だけだっつーの。「悲しからんや」?アホやねアホ、気取ってんじゃねぇや。まったく涙の価値も堕落するばかりだ。あーあ、しゃーないもっとガンバリますかね。えいえいおー。なんか意味不明な感じになってしまって笑える文を期待していたヒトには申し訳無いやね。この不連続日記はこういう場でもあるんですよ。どうぞご容赦あれ。え?笑えた?そりゃまたどんな意味で?嘲笑?ああそれなら納得です。ゴメンなさい。


 7月7日(水)「セブンセブン」

 七夕。いったいいくつのネット日記でこの話題について触れられていることか、想像するだけでうんざりです。眩暈と頭痛と吐き気がしてきます。では他の日記との差別化を謀りウチではまったくその話題について触れないで行くのかと云えば、もう既に一言目から触れてしまっているワケで、ウチこそが七夕日記最右翼であると云っても過言ではないでしょう。やた!右翼右翼!…かといって以下に七夕ネタでオモロ話を展開する勇気も気概も知力もネタも浮いた話も無く、短冊どころか笹をそもそも今日見ていないというていたらくですので七夕日記最右翼宣言だけに満足してこの話題はこれで切り上げ。そんでもって今日の不連続日記もここまで。わーい今日の日記は七夕一色!七夕ばんざい!七夕サイコー!イェー!イェー!……………………ごめん。こういう日記は書きすぎるとどんどん自分が嫌いになると思いました。


 7月6日(火)「落下を夢見る人工衛星」

 最近の私の思考はといえば、人工衛星のように規則正しい周回軌道を辿り、そのレンズは母星の溝という溝をあまねく観測し、宇宙の塵という塵をザルのようにさらう。母星との距離を一定に保ち、決して近づかない、決して離れない。くすぐったくなるほど丁寧に、かつ執拗に軌道をなぞり続ける。まるで熱のこもった愛撫のようだ。しかしその実はこれは安定だ。安寧と云う名の堕落と云ってもよい。降り積もる埃と湿気によってまどろみの中で苔むしてしまいそうになる。いっそそのまま、何十年も寝てしまおうかとも思う。でもそんな状態はつまらないと感じる。ひどくありふれたものではないか。それを私が行う意味が果たしてあるのだろうか。軌道を逸脱し、深遠にして荒涼たる宇宙へと飛び出すか、さもなくば母星へとダイブしたい。衛星軌道からの強烈なダイブ。それこそが望みだ。安寧の軌道からの定点観測よりも、深深度調査艇としてなめるように石のひとつひとつ、海底を這うように泳ぐ生き物の一匹一匹について観察するほうがよい。そう思うから、来るべきダイブにそなえて、今は眠ろうと思うのでありますよ。


 7月5日(月)「消費活動」

 ここ最近の日記では文化的消費活動記録について書いていないことに気付いたので、今日はそれで行きます。「文化的消費活動記録」って云うと大仰ですが、要は映画観たとか本買ったとかそんな話です。

 
 ここ3週間ばかり映画館なりレンタルなりで観た映画。

●「ありふれた事件」(レンタル)
殺人になんら抵抗が無く、むしろそれについて饒舌さを披露する主人公と、その彼をカメラで追うスタッフたち。ドキュメンタリーフィルムな作りのモノクロ映画だ。今回が2度目の鑑賞ということで初めて観たときのような衝撃は無く、淡々と観た。主人公の饒舌、短気、傲慢はいっそ気持ちがいいほど極端で、カメラの視点はまさしく私の視点となり、ただ追うのが精一杯だけれども、口の端は確実に上へと歪んでゆくのを感じます。なんか自分でも何云ってんだかわかんないや。死体をスマキにして沈めるときの重しの重量について知りたい方は観てよいと思います。胸糞悪くなりたい方もぜひ。

●「タクシー」(レンタル)
ピザの宅配からタクシードライバーに転身した主人公が駆るのはチョッ速の改造タクシー。イエー。ひょんなことからうだつの上がらないもう1人の主人公である刑事の強盗メルセデス団逮捕に協力させられることに。ワオ。…痛快アクションなんだろうけど、私は痛快じゃなかった。ハズレ。「我々哺乳類は4足歩行から2足歩行へと進化したのにも拘わらず、ヤツは逆の進化を辿ろうとしている」ってピザ屋のオヤジのセリフだけは気に入った。

●「催眠」(劇場)
悪徳催眠術師vs正義の催眠ドクター。かと思いきや、菅野美穂扮する乖離性人格障害患者と彼女に魅せられ翻弄されるゴロウ稲垣くんでした。悪くは無いと思います。まわりの観客はキャーキャー云ってたし。でも個人的には天井から菅野美穂がニョキっと出てきた時点で潮が引くみたいに冷めました。最後にオカルトっぽくなったのがちょっと好きじゃありません。最初にオカルトっぽく見せといて実は論理的、でもオカルトを完全には否定しきれない。そんな京極夏彦の京極堂シリーズみたいな作りの話の方が私は好きらしいです。

●「プライベート・ライアン」(レンタル)
第2次世界大戦ノルマンディー上陸作戦当時のお話。ライアン家4人兄弟の上3人までが戦死した。残る末っ子まで死なせるワケにはいかないので、キミんトコの隊でちょっと行って連れ戻して来てよ。いいっしょ?、というなんともかんともなお話です。でも戦闘シーンの凄惨さがとっても良くって楽しいです。わーい。だから戦闘シーンだけ編集して2時間に縮めて欲しかったです。

●「トゥルーマン・ショー」(レンタル)
街、住人、自然、全てが作り物の世界。街はセット、住人は役者、自然は空も海もコントロールされたもの。そんな世界で唯一の真実こそが主人公トゥルーマン。産まれた瞬間から家庭を持った現在に到るまで全てをカメラに写され、彼の知らない外の世界でテレビ中継され大好評を博しているのだった。面白い面白い。主人公が作り物の世界に気付き脱出を図るのも、それを防ごうとなりふりかまわず追い回すのも見ていて楽しい。ラストの清清しさは中々味わえるものではないだろう。ところでヨットの舳先が世界の終わりにぷすっと刺さったのを観たとき、星新一の作品で、宇宙の果てを目指して到達し、手を伸ばしてペロっと捲った話があったことを思い出した。あれ好きだった。

 
 続いては買った本について。以下の本は購入したというだけでまだ読んでいない本です。私には買ったはいいが読まないまま本を放置してしまうという悪癖があり、常々なんとかできないものかと頭を悩ませてきました。そこでここ不連続日記内に購入の記録を記すことで、自分にプレッシャーをかけたいと思います。読了の報告がいつまでたっても日記内で行われないときには、どうぞ皆さん掲示板等でツッコミを入れてやって下さい。喜びます。いや喜んじゃイカン。

村上春樹「レキシントンの幽霊」
三島由紀夫「禁色」
三島由紀夫「愛の渇き」
高村薫「地を這う虫」
村上龍「ストレンジ・デイズ」
村上龍「オーディション」
澁澤龍彦「サド復活」
ロジャー・ペンローズ「皇帝の新しい心」
 
 澁澤とペンローズはかなり以前に買ったものですが、そりゃもう見事なくらい今の今まで放置されていました。2冊とも結構ないい値段なのでこのままにしておくワケにはいかないと今回のラインナップに加えました。「サド復活」が2000円!「皇帝の新しい心」なんて6300円ですよ奥さんッ!消費税で315円も取られるんですよッ!値段見ないでレジに持っていったらビビったのなんのってもうッ!ひいいいいいッ!!315円もあったら野菜だったらえーとえーと何が買える?………………ああッもう野菜なんて知らない知らない知ったこっちゃない!とにかく!そんな本をこれ以上放置してたら祟りますよッ!俺がねッ!主に俺がねッ!!

 はあはあ。そんなワケで今日の不連続日記はこのへんで終わります。今日めちゃくちゃ長くてゴメンなさい。最後まで読んでくれたヒト、有難うね。それじゃーねー。


 7月4日(日)「愛は勝つ」

 くだらない、くだらない。何が「最後に愛は勝つ」だ。そんな話は作り物の、虚構の世界でしか見たことがない。それとも私が見たことが無いだけで、そんな話は世界にはゴロゴロしているのか?知らない、分からない。

 そもそも最後とはいつだ、いつのことだ。いつ来るのかも分からない最後の日まで、愛は負け続けなければならないのか?もし愛が勝っても、その後も日々が続くようならば、それは最後の愛の勝利ではなく、途中ある針のプラスの振幅に過ぎないのではないか?

***

「愛は勝つ!愛は勝つ!それは信じてよいことだよ。だから貴方は自分の愛を貫くべきだ。一時の敗北にへこたれず、殴られようと蹴られようと、周囲から蔑まされようと、貴方は貴方の愛を貫き通すべきなんだ。でないと最後の時に勝利を得られないから。勝利の至福を知らずに人生を終えるだなんて、勿体無いとは思わないか?

 いつ最後が来るのか分からないのなら、最後の時を待ちきれないのなら、最後を引き寄せてしまえばいいんだ。自分の手でね。「最後に愛は勝つ」。必ず最後には愛は勝つんだ!それは信じてよいことだ。だから貴方が貴方の手で最後を創り出してやりさえすれば、勝利はおのずから貴方の手の中に転がり落ちてくる。貴方は恋人の胸に突き立てるだけでいい。貴方の愛を、一刀の刃物にのせて。貴方の愛を邪魔をしているのは肉体に他ならないからだ。それを削ぎ落としてしまいさえすれば!貴方は勝利者になる!喜びたまえ!貴方は勝つんだ!愛は勝つんだ!震える指の一本一本まで、髪の先の先に到るまで、喜びは満ち満ちることだろう。さあ!やるがいい!愛よ、我に御加護を!愛よ、我に力を!…そう唱えながら。

 …首尾よくことを果たしたなら、愛が恋人の心に届いたのなら、いよいよ最後だ。分かっているね?喜び覚めやらぬこととは思うが速やかに行いたまえ。今すぐ自らの命を絶つんだ。貴方も肉の殻を脱ぎ捨てるんだ。恋人を殺めたのを同じ方法をとるのが望ましい。でないと向こうで恋人と出会えないかもしれないからね。肉体の呪縛から解き放たれた貴方の恋人の魂は、向こうで貴方のことを待ちわびていることだろう。恋人の心と貴方の心をひとつにするんだ。縫って繋いでひとつにするんだ。躊躇うな。恋人の身体から温もりが失われてしまう前にやるんだよ。いいね。愛の勝利の業は贖わないといけないんだ。現世ではね。なんとも無粋な話だけれども、それがルールというやつだ。さあ!さあ!速やかに!速やかに!……そして向こうで、恋人とのよい終末を過ごすといいよ」

***

 なんとなくKANの「愛は勝つ」を思い出した。着想をすぐに文章に起こしてみた。思いの外つまらなかった。ううむ。暗暗(くらくら)。とかいって明日あたり「虚妄の説話」に追加されてたりして。そんで死にたくなったりして。死んだりして。わーい。他に書こうと思っていたことがあったような気もするけれど。まあいいや。思い出したらそのうち書きます。

 追記:7月2日の「無題」が、「題が無い」ではなく「台無し」というふうに見えてしまう今日この頃。鬱モード?自虐思考?自分の欠点を見つけては「ああやっぱり」?いやんステキ☆<自虐


7月2日(金)「無題」


寒い 寒いと喚く子よ

口と耳とを折り畳み

内へ内へと潜るがよいわ

心の臓をば握り締め

悲鳴でもって耳を捕れ

あびら うびらと唄い泣き

心意を爪弾き待つがいい

旅人誘う精霊や

母を悩ます赤子のように


 7月1日(木)「評価」

 半月ほど前、読み物系ページランキングサイトReadMe!に加入したことをここ不連続日記内において報告しましたが、皆さんは憶えておられますでしょうか?そこで私は加入の「目的は主に宣伝」であると云いました。

 より多くの人の目に触れる可能性のある場所に当サイトへのリンクが置くこと、そこに置かれているということ自体に価値がある場所にリンクを置くこと、その結果数多くの人たちが実際に当サイトを訪れてくれること、そのための宣伝です。その方法は掲示板への書き込みや他サイトのリンクページに置いてもらうなどです。考えてみると「リンクを置くこと」、それ以外に方法はありません(もちろん訪れてくれたところで観るべきものがなければ再訪は期待できませんから内容の充実は大前提となりますが)。問題はどうやって置くかです。

 ヒトに観てもらいたい。それは自らのサイトを運営するものにとっては当たり前の欲求であり、そもそも個人のウェブページなどはそれが全てではないでしょうか。そこでてっとりばやく簡単にその欲求を叶えてくれる場所があります。それがReadMe!です。ReadMe!とは云ってみればそういった自己顕示欲を内に留めておくことのできなくなった人たち一大リンク集であるとも云えるでしょう。

 疲れた。前置きが長すぎて何が書きたかったのかよくわからなくなってきた。以後はすぱっと行きます。なるべく。

 あーとですねぇ、ReadMe!には同じReadMe!に登録されているサイトを個人的主観に基づき評価してまわっているヒトたちのページがいくつかあるんですのよ。オモロイこと考えよるね。もしそういったところから好評価をもらえればこれはいい宣伝になる。評価する側がより多くの人たちに支持されていればいるほどに。それもあってReadMe!に加入したってワケです。もちろん単純にヒトの評価が観たいってのが一番大きいんですけど。俗だねホント、我ながら。そして漸くそのひとつが当DRYBOXをコメント付きで採点してくれたんで以下に転載します。

(B+)[ DRYBOX ]
もしかして、こっそり当たりかも知れない日記。注目価値はあり。ヘタしたらAになってしまう。 (偽ホソキン評価2.4内より)

 観た通りです。採点はS・A・B・C・D・Eの6段階ですから、B+というのは良いほうだと云えるのではないでしょうか。しかも「ヘタしたらA」です。なんでしょう「ヘタしたら」ってのは。私は「ヘタ」をしていいんでしょうか?「ヘタ」すべきなんでしょうか?よくわかりません。まあなにはともあれ喜んでよいと思われます。

 ゲッゲッゲッ(笑い声)

 以上喜びの声。
 しかし具体的にどこがどのように面白かったのかについてはコメントされていないので今後の参考にはあまりなりません。誉められたっぽいのは嬉しいけど。いやかなり嬉しいけど。マジでホントに超嬉しいけど。ヒャッホウ!ウシャシャ!どうよどうよ?観た?観た?来たっしょ俺の時代。オリャーもうビンビンのバッキバキに感じちゃってるよ時代の風ってやつをよ!オラ誰か酒もってこいやッ!パーティーすっぞパーティー!…そんな増長ぎみに嬉しいです。強いてコメントから参考となるポイントを引き出すとすれば、日記以外のコンテンツに対しては一言も言及されていないというところでしょうか。つまり善くも悪くも他のコンテンツはコメントに値する印象をこの方に刻み込めなかったということです。まあ「シルエット」や「真夜中の巡回路」はどこのサイトにでもあるプロフィールや個人的趣味リンク集だし、「CHAIN」だってプロフィールの延長みたいなもんだから評価もクソもないんだけどさ。結構時間掛かってる「虚妄の説話」のコメントがないのは残念。でもまだ2つしかないし。うー。もっと充実させねば。

 要は好評価で嬉しかったけど課題も多いっつー話でした。あと宣伝にもなったかなと。以上で今日は終わり。長くなったことをお詫びしつつ失礼します。

 追記:今日の不連続日記は「ヘタ」してないと思った。