ブロック大会が終わった。いろいろあったけどパソコンを持っていかなかったので、
紙に書き留めておいたことをまとめてアップしようと思う。3日分の記録。


7/18
 
今日出発して昼から配艇練習。川は2度目。川で漕いだ記憶は天竜以来。
昨日丹波先生がかなり怒ってたから高校生たちはちょっとおとなしめだった。そうだよねえ、びっくりするよねえ。私もかなりびっくりしたもの。
風速8mとかいう予報だったので、心配して行ったら案の定強い風。すごく高い波。配艇場はゴール付近にあるんだけど、ゴールのすぐ後ろは水門になっていて行き止まり。もちろんスタートからゴールに向けて流れがあるし、風もほぼその向きなので、とても危険そうだった。びっくりしたのは艇庫!なんだこれは、と言うくらい立派な艇庫。艇庫の横の建物もすごく立派で、もちろんトイレもちゃんとついてるし、更衣室になってた2階もきれいなフローリング。どこもこんなにすごいのかなー、と思ってしまった。とりあえず、宮崎の艇庫にもトイレくらいあればいいのにと思う。
12時10分配艇でリギング開始。シングルは成年少年でクワノとフィリピそれぞれ1艇ずつ配艇でどちらを使っても良いとのこと。途中で交代するつもりでとりあえず最初に私がクワノ、児玉さんがフィリピに乗ることにする。福原さんがサポートに来てくれてリギングを始めたんだけど・・・。問題は角度。角度が全然合わない。L板がないので外傾や前後傾をどうやってつけたらいいかわからない。福原さんがいろいろ教えてくれて四苦八苦して調節してたら、隣の鹿児島の立石先生が、「一応もともと0度に合わせてあるらしいから、変だったらテントに控えているクワノのサポートの人に聞いてみたらいいよ。」とのこと。なんだか、ふつうの船と違うのでシングルはサポートの人が手伝ってくれるらしい。それで早速聞いてみたらなんか付属のプレートで外傾をつけて、軸の下の方にカードを挟むことで前後傾を調節するらしい。でも全然0度じゃなくて合わせるのはすごく大変だった。そうこうしてるうちに風が強くなって雨も降ってきて乗艇が中断。午後からの配艇の人はまだ誰も乗ってなかったのに。私はリギングが出来てなかったからどっちでも全然関係なかったんだけど・・・。
角度が決まったら次は高さで、この高さがくせものだった。私は左が17.5cmなんだけど、そんなにとれないんだもん。そんなはずないと思って何回も計るけど、どうみても17cmしかとれない。とれないものは仕方がないので左を一番高くして、右がちょうど1.5cm差になるようにする。
地道に雨に降られつつリギングして2時半頃やっとできあがったら、ちょうど中断が終わって乗艇しても良いようになった。波もものすごく高くてホントに乗れるのかなという状態だったけど、自分のリギングを試してみないととてもじゃないけど明日のレースが不安なので乗艇した。・・・でもなんかリギングがいいとか悪いとかわかるような上体じゃなかった。あんまり。とりあえず、心配してた高さが悪くなかったので(低い感じが全くなかった。)いいことにする。ただ、レールの出方がちょっと足りなくてキャッチでがつがつあたってすごく漕ぎにくい。レールのことはすっかり忘れてた。でも乗艇したままでとてもじゃないけどレールを動かせないし、また上げてレールなおしてけり出す時間もあまりなかったのでそのまま漕いだ。結局雷が鳴ったりして600m付近までしか行けず、全然スタート地点も見ずじまい。これで明日レースが出来るのかなーとちょっと不安。
今回の大会で私は社会人で漕いでる人に声をかけるぞ!と密かに企んでました。それを丹波先生に言ったら、野中さんを紹介してくれるとのこと。監督会で丹波先生が野中さんのところまで連れて行ってくれて紹介してくれた。今度全日本にエイトの社会人九州選抜というのを作って出場しようと画策中だそう。ほんとにそんなことするんだったらぜひ入れてもらいたいなー。九州で社会人で漕いでる人ってすごく少ないから(私はそう感じてるけど、実は結構いたりして。)そういうことをして知り合いが1人でも増えたらいいなあ、と思う。そういうことを考えてる人がいるんだ、ということがわかっただけでもすごく励みになった。
夜、私は福原さんと医大の人と同室。私は一人だし、足もないので福原さんがすごく気を使ってくれて、夕飯を一緒にしてくれたり、買出しに誘ってくれた。福原さんはクオドのサポートみたいなこともやってて私まで申し訳ないな、と思ったけど私自身に足がないから結局頼まざるを得なかった。来年もし自分が出るならだれがなんと言おうともう絶対、車を用意するぞ。使うな、というのは簡単だけど、すごく困る。結局みんな自分のクルーがあるんだし、私はみんなに迷惑をかけながらあっちこっちを渡り歩くことになる。みんなにも迷惑だし、私も辛い。気にしなくていいですよ、とみんな言ってくれるけど、私が気にするもん。
夜は1人ミーティング。予選11:00レース、9:10配艇なので6:00起床、7:00朝食、7:50ホテル発にする。ホテルから漕艇場までは福原さんが送ってくれることになった。感謝。

 
7/19
 
朝、起きて準備をして朝食に行こうかな、と思ってるところにノックの音。開けたら医大の人で「今日の午前のレースが中止って聞きました?」「え???」。
話によるとブイが流れてレースが出来ないとのこと。飯田さんは私と福原さんには連絡したと言ってたらしいのだけど・・・。聞いてない!あわてて飯田さんに連絡したら、中止みたいなんだけど詳しいことはわからなくて阿部さんに連絡するけどつながらないとのこと。っていうより、私に連絡してくれよー。はっきりしたことがわからないのでとりあえず予定通り朝食に行く。途中丹波先生にあったので中止らしいですよ、と言ったら丹波先生も知らなかった。うーむ。丹波先生が予定通り漕艇場に行くとおっしゃるので何かわかったら教えてくださいと頼む。ご飯を食べに行ったら飯田さんがいて、「7:30から説明があるからロビーに来てくださいとのことだから、私が行くね。」とのこと。私が朝食に来てなかったら教えてくれてたんだろうか・・・。なんか不安だったので私が行くことにする。
説明によると、昨日の雨で増水した松浦川の水門を開けたせいでコースのブイが流されてしまった模様。コースを張るのも水門が閉まらなくては始められないし、流されたブイをどこかから調達してこなくてはいけないらしい。確かに昨日福原さんと買い出しに行った時すごい雨だった。雷もピカピカ鳴っててものすごいことに。夜のうちたくさん降ってくれて明日天気が回復すればいいんですけどねーなんて言ってたんだけど、その雨が・・・・。
ボート協会側の話によると今日は中止で、明日予選と決勝を行って敗復はしないとのこと。予選2はい上がり。どっかで聞いたような話だなあ・・・。ただあわてて説明会を開いたらしく、ボート協会側と佐賀県の関係者との話が出来てなかったみたいで、ちょっと騒然とした雰囲気になってしまった。どうせ今日が中止ならとりあえず中止、ということを伝えて、しっかり佐賀県の人たちと話し合ってから説明会を開けばいいのにと思わないこともなかったなー。
掲示板に勝さんが今日来てくださるようなことが書いてあったので、とりあえず勝さんに連絡したら留守電。14時からエルゴを借りられることになったので、朝は冨岡君と唐津城に散歩。川の水もすごく濁ってる。それこそブイらしき物が流れていったり・・・。散歩の途中で勝さんと連絡が付いたけど、勝さんはもう佐賀近くまで来てたみたい。そのまま帰ります、って帰られたけど、申し訳なかったなあ。もうちょっと早くわかってたら連絡出来たんだけど。散歩から帰ってきたら福原さんたちがジャスコに行くというので私もついていった。本屋で今買わなくても、と思いながら本を3,4冊購入。福原さんたちは昨日のうちにお弁当をキャンセルしていたのでお昼を買って帰るとのこと。私は昨日の段階でキャンセルしなかったのでホテルにあるはず、と思って帰ったら、成年の分はキャンセルされてますとのこと。おかしいなあと思って飯田さんに連絡したら、どうしてかわからないけど成年女子の分は全部キャンセルになってて、今中原さんとジョイフルに行ってるとのこと。それがわかった時点でどうして私にも連絡をくれないんだろう・・・。仕方がないのでコンビニに買いに行こうとしたら、高校生に会って、「図師さんのお弁当が混ざってたからフロントに返しときました」「???」。もう訳がわからない。とりあえずフロントにそういったら「それならこれです」ってお弁当を渡されたけど、私はいったい誰のお弁当を食べたんだろう。おまけになんかどうでもいいようなお弁当だったし。
お弁当を食べて、当別当くんに乗せてもらってエルゴを引きに行く。一人15分の持ち時間だったので、昨日福原さんから順の波の時の漕ぎ方、というのをきいてたのでそれを意識して練習してみた。「水中を長くべたっと漕ぐ」だそうだ。あと阿部さんが順の時はレートが上がりやすいのでできるだけ落として漕いだ方がいいよと言ってたので、レートを26くらいにして足を長く使ってじっくり漕ぐようにした。特にセットには充分気をつけた。順ではファイナルからセットのところでどれくらい艇をすすめられるかだと思ったから。でも私の使ったエルゴメータは配線が切れていて、それを那須さんがなおしてる間に5分くらいたっちゃったから、実質出来たのは10分くらいだったけど。まあ、あんまりやっても仕方がないからちょうどよかったかも。
当別当君たちがジャスコに行くというので一緒にジャスコに。せっかくだから明日の飲み物とかを買っておく。今日はよくジャスコに来る日だなあ。入り口で宝当袋というのを何故か配っていて、2個もらったので1つを冨岡君にあげて1つ自分でもらう。自分の夢を書いて袋に入れてくださいと書いてあったので、書いて入れましたよちゃんと。
ホテルに帰ったら福原さんたちは甘いものを食べに行くとのこと。私も誘われたけど、今日1日歩き続けていて、さすがにやめた方がいいかな、と思ったのでホテルでじっとしておくことにした。お風呂に入って洗濯をすませてから、せっかくこんな事態を予想してたかのように本を持ってきたので、読むことにした。ゴーゴリの「外套」という話。
結局明日の朝9時からレース開始。予選はプログラム通り。組み合わせもプログラム通りの2艇あがり。決勝はその後行って全部の日程を14:40には終了するということになった。組み合わせ通りで2艇上がりなら、長崎の人がとんでもなく速くなってない限りなんとかなりそう。もちろん何があるかわからないし長崎の人がとんでもなく速い可能性もあるけど、私は藤元さんにどれくらい追いつけるかを考えてレースをすればどうにかなりそうな気がする。新しいコースの地図をもらったので何回かシュミレート。400mと700mにブイがない。いかにまっすぐ進めるかが勝負、だと思う。600mを越えたところに橋があるのでそこまでどういう漕ぎをしていてもそこを越えたらパドル10本から立て直すぞとそれだけは決めて、あと全体的なイベントとしては「セット」を重視するように決めた。何かうまくいかなくなったらとりあえずセットから立て直す。
お守りもあることだし。がんばるぞ。


7/20
 
とうとう大会。いろいろ書くとごちゃごちゃするからもうレースのことだけ。
ホントはここで三本さんの言葉を上げてそういうレースをしました!と言いたかったんだけど。違う意味で忘れられないレースになりました。
予選。波があるけどそんなに漕げないことはない。朝日レガッタくらいかなーと思いながらスタートにつけた。レースの川上に練習するところが結構とってあったんだけど、朝日の時に副島さんがコースに入って練習していいんだよ、と言ってたのを思い出した。丁度少年と成年の間だからふつうのレース間より少し余分に時間がとってあったみたい。配艇練習もろくにしてなかったし、これはいいやと思ってさっさとコースに入ってスタート練習、スタートからスタートダッシュなんかをいつもよりたくさんやった。川のカーブのところにコースが引いてあるのですごくまっすぐ引くのが難しい。とりあえず見切り板とステッキボートを見て進むしかないな、と思った。
「スタート用意」の声でスタートの用意をしたら思ったより艇が流されていく。ちょっと修正したけど、「ようい」の声。いっつもここでむりやり方向をただそうとして変なスタートになるのでもういいやと思って用意した。「Go」。
スタートはあまりよくなかった。2本目がちょっとうまくいかなかった。でも悪くない。横に2人が見える。よしこのままついていくぞと思ったら横から冨岡君の声、「あ、もう来てるんだがんばらなくちゃ」と思ったら1本ミス。いかんいかんと思って、立て直す。そこから良くなってきたけどちょっとレートが上がりすぎかな、と思ってレート計見たら、ついてないし・・・・。仕方ないので水中をしっかり引くイメージで漕いでいくことにする。横には長崎の人、ちょっと先に藤元さん。よしこのまま児玉さんを抜くイメージで長崎の人を抜いて藤元さんについて行かなくちゃ、と思ったら「がつん」。「え?」と思った瞬間オールが手から離れそうになってあわててぎゅっとつかむ。右のオールがブイに当たったからだった。「ここで沈したら会社に行けなくなる」と思って(笑)とりあえず止まってもいいからしっかり立て直そうと決めた。完全に艇が止まって横を見たらちょっと後ろに長崎の人とその後ろに藤元さん。勝てないかな、と一瞬思ったけど、まだ追いつけるかもしれないと思って1本1本をちゃんと漕ぐことに専念した。そしたら長崎の人には結構追いついて、追いついた、と思ったら次の難関は橋。どう見ても私が漕いでるのは橋脚の場所を表すブイの上。審判艇から「橋!」と大きな声が・・。わかってるんだって。一生懸命今右強く漕いでるんだって。と思いつつ、なんとか橋もクリア。ほんとはここから藤元さんを追い上げるはずだったんだけど・・・。
ここからは反省。レースとして納得できなかったのは沈しそうになったことではなく、私が藤元さんではなく長崎の人をにらんだレースをしてしまったこと。スタートダッシュ10本目以降、心のどこかで別に藤元さんに追いつかなくても長崎の人を抜けば決勝に行けると思ってたのは事実。藤元さんを追わなくちゃ、という気持ちももちろんあったけど、沈したりするかもとかそういう言い訳をして結局その先を望まなかった。私の課題はそこだ。この間の冨岡君とやった1000mのレースはそういう意味で言ったら快心のレースだった。勝てなかったけど、いっぱいいっぱい戦った。今回のレースは逃げのレース。守りのレースだった。それもありだけど、それをやるほど私は速くない。というより、もっと向かって行くレースをしなくちゃ速くなれないと思う。もしかしたらもう今が限界なのかもしれないけど、私はもうちょっとだけ上の世界を覗きたいと思ってるし。
胸を張って本戦出場ですと言えるレースでは決してなかった。運の良かった大会だった。だから、決勝で他の人にも負けないぞ、と自分に言い聞かせるためにもレースをしたかったのだけど、結局決勝は水門が開くために中止となってしまった。コンディションもすごく良くなってこれはこの間みたいなレースが出来るかもしれない。と思ったんだけれど。
やっぱりそのときに全ての力を出しておかないと、後でいくら後悔してももう遅いんだということがよくわかった大会だったと思う(なんかいっつもそんなこと言ってないか私)。天竜では思いっきり漕いで、いいレースができるといいなあ。
そうだ、予選タイム、4'10"。500mが2'05"。ちなみに藤元さんは4'00だった。中村さんが4'05で山崎さんが4'09。あと10秒、だなあやっぱり。
でも何より応援してくださって、サポートしてくださって、何から何までお世話になったみなさんに心から感謝。その一つでも欠けてたら私は今こうしてここにはいないだろうなあとホントにそう思います。そういう感謝の気持ちを表せるようないいレースを、と思う