1999.04.01 ブランコの話 byしまちゃん

春風にブランコが揺れています。寒さがゆるんで風が心地よくなるこの季節、その空気を味わいために大人の私でもブランコに乗ってみようかなと、そんな気になります。

ところで、ブランコっていつ頃からあるの? 詩歌や小説に登場するのはいつの頃かしら?ちょっと調べてみました。

春になるとよく言われる言葉に「春宵一刻値千金(しゅんしょういっこく あたいせんきん)」があります。これは

「花有清香月有陰(はなにせいこうありつきにかげあり)」
「歌管楼台声細細(かかんろうだい こえさいさい)」
「鞦韆院落夜沈沈(しゅうせんいんらく よる ちんちん)」

と続く、蘇東坡(そとうば)作の七言絶句です。ここで出てくる四行目、つまり起承転結の結の部分に出て来る鞦韆(しゅうせん)が実はブランコのことなのです。作者は約千年前の人ですから、少なくとも千年以上前からブランコはあったことになります。

別の資料を見ますと、ブランコは中国北方民族の春の行事の一部で、そのブランコだけが大人のための遊具として独立したものらしい。日本でも、平安初期の漢詩集にブランコに乗る麗人を詠じた嵯峨天皇の作があるくらいですから、随分昔から来ていたのですね。ただ現代のように子どものためのものではなく、あくまでも大人、それも女の人、それも大奥にいるような人のものだったようです。

江戸時代、京都の島原遊郭に庵を結んだ俳人、炭太祗(たん たいぎ)の句に「ふらここの会釈こぼるるや高みより」というのがあります。どうも、もともとは風を楽しむものでもなければ、子どものための遊具でもなかったのですね。ここまで来て、なぜラブホテルに(エアマットならいざしらず)ブランコのある部屋が多いのかようやくわかってきました。つまりこれは千年以上にわたるブランコの歴史の、本来の使い方に戻ってきたというわけかいな。あれっ、アカデミックじゃなくなっちゃった。

近代になると内田百閧フ句に「秋千に揺れつつ草履ぬぎにけり」というのがあります。この秋千(“ふらここ”とルビがふってあります)が鞦韆のことです。どちらも「音読み」すれば「しゅうせん」ですから、さすが秋刀魚(さんま)を三馬と書いていた夏目漱石の弟子のことはあります。

ところで、草履を脱いだのは誰でしょう。こんなことをするのは百闔ゥ身か子どもか、少なくともこれまでのように遊女の類いではなさそうです。ようやくブランコが子どものためになってきました。

ブランコで忘れることのできないのは、ある映画の1シーンです。先ごろ亡くなった黒澤明の映画『生きる』のラストシーンです。(もちろん私は、これが封切られた時に見たわけではありません。為念)ガンを宣告された志村喬の扮する主人公が、小雪の振る中、できたばかりの児童公園のブランコに乗って「命短し恋せよ乙女…」と吉井勇のゴンドラの唄をつぶやくように歌います。ブランコの勢いのない揺れかたが、彼の余命の少なさを示すように象徴的に使われています。

でもやはりブランコは、子どもたちが天にも届けとばかり、力いっぱいこぐ姿が一番似合っているような気がします。春風の中、桜の花に届くようにブランコをこぐ子どもたちの姿は、春を切り取った情景の一つとして私の脳裏に焼き付いています。