数ある『大地の歌』の中で、極め付きの名演といえるのがこのCD。番号はついていませんが、実質的にはマーラーの9番目の交響曲です。録音は今から40年以上前のもので、当然モノラルですが、当時は名録音の誉れの高かったものです。歌手はテノールがユリウス・パツアーク、アルトが、キャスリン・フェリアーです。
指揮者のワルターは、作曲者マーラーの高弟で、この曲の初演も彼の手によります。ユダヤ系ドイツ人としてナチスに追われてアメリカに移住したワルターが、戦後故国に帰って、名門ウィーンフィルを指揮したものです。
特にこの曲の約半分を占める最終楽章の「告別」がこの曲の白眉です。変わることのない自然と人の命のはかなさを対比しながら、自然への憧憬を歌います。曲のタイトルである大地はイコール自然という意味でもあります。
告別だけで30分以上もかかるのですが、その最後の詩が王維の送辞≠ニいう漢詩です。もちろん漢詩そのままではなくドイツ語に訳したものですが。都を去り田園に帰るという友人との別れをアルトのキャスリン・フェリアーがせつせつと歌います。彼女は当時ガンにかかっており、この録音後間もなく亡くなってしまうのですが、彼女の白鳥の歌として、感動的な絶唱になっています。
音が鳴っているときだけが音楽ではなく、音が沈黙したとき、更に大きな音楽が聞くものの心の中に喚起されるということを、はっきりと私たちに教えてくれる名演中の名演です。
次回は、ジャニスジョプリンの名盤についてです。乞うご期待。
ジャズって何だろう?ジャズってムズカシイ?こういうモンを書くにあったって、ちょっと考えてみた。一般的にはドラム、ベース(ウッドベース)、ピアノ、ギター、サックス、トランペットなどによって演奏される、いわゆる「4ビート」スタイルというのが典型であると考えられている。現在ではもう少し拡大した解釈が必要だ。そこで、元ジャズのベース弾きである総帥の見解を列挙することによって、今回のジャズの定義としたい。
1.非常に自由度の高い音楽
2.演奏者全員が各々主張する音楽
てな具合に非常に簡単なモノである。
これは、マイルス・デイビスの一連の作品群を聴くとよく分かる。彼のサクセスストーリーは、ジャズが演奏の自由を求めて試行錯誤してきた歴史そのものだからだ。ビバップからモード、8ビートや16ビートを取り入れたトーナルセンターと自由度は確実にアップしてきた。その分聴く側にとっては「ワケワカラン」音楽になっていくのだが・・・。
ビバップのCDとなると、それこそ星の数ほどある。日本人が好きなピアノ・トリオなども様々なピアニストが作品を発表している。中でもオススメなのはウィントン・ケリーの「ケリー・ブルー」だろう。この中に収められている「Softly
as in a morning sunrise」は数ある「Softly…」の中でもベスト5に入るといわれる名演奏だ。このアルバムはトリオの他にもクインテット、セクステットなどが聴けるオトクな1枚。
もう1枚ビバップから。言わずと知れたテナー・サックスの巨人、ジョン・コルトレーンの「ジャイアント・ステップス」だ。これは、サックス、ピアノ、ベース、ドラムという典型的なカルテット編成で演奏されているゴキゲンな1枚。中でも「Mr.
PC」は、ベースのポール・チェンバースに捧げられた曲で、総帥のお気に入りの1曲だ。
モードのCDとなればマイルスの「カインド・オブ・ブルー」と「マイルストーンズ」だろう。それぞれに「So
what」と「Milestones」という曲が実験的にトライする形で1曲ずつ収められている。他の曲とは明らかに違う雰囲気が漂うこれらを堪能されたし!
トーナルセンターは、いわゆる「エレクトリック・マイルス」と呼ばれる、マイルスの作品群がベスト。「マン・ウィズ・ザ・ホーン」「ウィ・ウォント・マイルス」「デコイ」「ユア・アンダー・アレスト」など益々難解になっていく、不気味さが増していく様は正に陶酔の瞬間。
自由度が高いということは、極論すれば演奏中「何をやってもいい」ということ。それはソロを取っている演奏者だけではなく、バッキングをしている演奏者にも当てはまる。バッキングしている演奏者がソロを取っている演奏者をグイグイ煽ったり、逆にソロを取っている演奏者が自分の世界に入ってしまい、こちら側へ戻ってこれなくなったり・・・。ハプニングがハプニングを呼び、非常にスリリングな展開になる。これがジャズの真骨頂だろう。
ジャズの面白くも悲しい特徴として、自由を求めれば求めるほど主張が引っ込むという事象が出てくる。つまり、トーナルセンターなどのように展開自体も自由になってくると、演奏者自身もワケワカラン状態になってしまうのだ。これを打破するためにバッキング陣は努めてシンプルでわかりやすい演奏をせざるを得なくなり、結果として自己主張するのはフロントメンだけとなってしまった。
さて、主張する音楽の代表例としては、ビル・エバンスの名盤「ポートレイト・イン・ジャズ」がある。ピアノ、ベース、ドラムのトリオで繰り広げられる演奏は、メンバーの主張が見事に絡み合った名演奏だ。中でも「Autumn
leaves(枯葉)」はベースのスコット・ラファロのソロをビル・エバンスが煽りまくり、非常にスリリングな展開で始まる。そして煽りまくった挙げ句、解放されたように自分のソロへなだれ込んでいくところでは、思わす鳥肌が立つほどの感動が味わえる。
自由度と主張を見事に調和した作品というのがウェザー・リポートの「8:30」というライブ・アルバムだ。マイルスの流れとは若干違うが、いわゆるフュージョン界の中ではベストの呼び声が高い。ベース、ドラムのリズム隊のがんばりが目立つ珠玉の1枚。中でも「Black
market」「Teen town」の2曲は最高のデキ。総帥の超お気に入り。
いろいろ煩い講釈をたれたが、演奏する方が自由で主張を持っているなら聴く方も自由と主張を持っているのがジャズだ。ここでは一般的な(と考えられている)聴き方を紹介して、ジャズを聴く際のガイドラインとしたい。
好きなアーティスト追っかけ型
これは読んで字のごとくで、好きなアーティストを徹底的に追いかける方法だ。自身のリーダー・アルバムだけではなく、他のミュージシャンのアルバムに参加しているモノまで追いかける。海賊盤のライブまで追っていくと最高に面白いモノに出会える可能性が高い。
好きな曲追求型
スタンダードといわれる曲はこういう企画に持ってこいだ。様々なミュージシャンが様々な形態、編成で演奏しているからだ。これも徹底的に追いかけていくと、1曲で100以上の演奏が聴けるという「グリコのオマケ」もびっくり的オトクな聴き方だ。また、スタンダードのみならず「ジャズはブルースに始まりブルースに終わる(作:総帥)」というコトバの通り、ブルースだけ追いかけるのもまた一興だ。