天気も安定し秋らしくなってきました。
秋の旅計画などはいかがですか。
遅くなりましたが厚顔無恥を承知の上で 8月の旅備忘録を公開しますから
興味のある方に読んで頂ければ幸いです。
旅行記はいつも兄弟、子供たちにだけに公開。
旅行に興味のない方には有難迷惑と妻に注意されています。
窓より発哺温泉方面を望む 阪神交通社主催
志賀高原についての知識は極めて乏しく、日程のたてようもなかった。 インターネットで地図を調べてみたが希望の地図が見つからない。 その理由はホテル到着40分後、 志賀高原をいかに観光するかについて小1時間かけての説明会で納得できた。 なるほどこのガイダンスなしにはこの広大な高原を楽しむことは不可能である。
時期的に台風来襲などの心配も多少あったが、その時はのんびり湯につかっての休養と決めていた。 しかしどうしたことか、月末になると天気は一転し気温は下がり、 時々小雨、秋の長雨に似た予報が出るようになり写真への期待は薄れてきた。 毎夕天気予報に釘づけになり、傘マーク消滅へのひそかな願いも虚しく、 傘、レンコートを詰め込んでの旅立ちとなる。
先の説明会、また部屋の注意書きにもあった 「周辺に住む野猿が部屋に侵入しいたずらをするから、外出時は必ず戸をロックしてください」 はオーバーのようであった。 幸いにもホテル周辺でまた散策中に野猿を見かけることは一度もなかった。
第1日目
「のんびり」あるいは老人を考慮してか行きも帰りも時間はのんびり。
荒川沖駅発9:34の空いた電車に乗り、上野駅で昼弁当を買いこみ
長野新幹線あさま(11:22)へ乗り換える。
所定の席に座るとほぼ同時に、旅行者の方が挨拶、確認にやって来る。
終着駅長野着は12時49分、すぐ迎えのバスで移動することになっているので、列車内で弁当を食べる。
社内販売も回ってきたが、弁当を買い求める乗客の姿はない。
駅の改札口を出ると、小旗を持ったホテルの係員が「どうもお疲れさまでした」と迎えてくれた。 前日、団体客の人数は130余名と聞いていたので、 これは大変と覚悟していたが 実際は23名のグループでほっとする。 130余名とは、どうやら長野駅まで添乗する客の総数らしく、 旅行社係員はそれぞれのホテル迎え人に私たち旅行者を手渡しすぐ帰京するらしいことが後でわかる。
近回りをしているのか 田舎道みたいな狭い道路などを右へ左へと曲がりながら、 小布施、中野、湯田中を通り抜け上信越国立公園へ進入していった。 途中、湯田中温泉を過ぎると道の駅で トイレ休憩、純米原酒「縁?」4合瓶を買い込んでバスに戻る。
その辺りから木々、曲折も多くなり「公園」の標識が見えてきた。 走ること2時間余、概して良好な空模様の中やっと目的地志賀パークホテルに2時45分到着。 お茶もそこそこに4階の浴場へ急行し、汗を流した。 それから3時半、コンベンション・ホールで他グループとの合同説明会に臨む。 この説明をもとに2、3日目の計画を練ることになった。
山の夕暮れは早く、雲も次第に厚くなり、 夕食は6時からという次第で第1日目はカメラの出番はほとんどなかった。 8時から「試してガッテン」を見てから床に就く。
第2日目
5時45分起床、小雨が降っている。
窓から湿りがち心境で小雨、ガスに見え隠れするゲレンデ、
峰々、発哺(ほっぽ)温泉、玄関先の様子などをカメラに収める。
朝食は7:30、役百人分の食事を用意している大きな食堂の一番奥まった席は昨晩と同じ(滞在中の指定席)、
迷う心配もなくまことに便利。
フロントに降りていくと、この雨で昨日予約していた「横手山パノラマコース」の客は皆キャンセルしたらしい。
空も次第に明るくなり、雨も止んできたので 私たちは傘とレンコートを持参し、
予定通り「やまびこコース」(\2,800)に挑戦することにした。
乗車券をホテルで購入し9時に出発、ホテル近くの高天ケ原駅からリフトで発哺温泉駅へ向かった。 そこでロープウエイに乗り換え約8分下がり蓮池駅へ。 駅近くの志賀高原総合会館に立ち寄り動植物の標本などを見てから 志賀高原で2番目に大きい琵琶池を目指し森の中を下って行ったが、あまり目を引く被写体はない。
池まで25分ほどの道のりで出会った客は2,3組。
「何も見るものはありませんよ」と言いながら引き返す客。
とにかく池まで行くだけ行ってみたが、池の水際に散策路はなくまた季節的にも花は少なく、すぐ引き戻すことにした。
帰りはずうっと登り道でちょっときつい。
途中 名の知らぬ山野草などにカメラを向けながらゆっくり駅へ歩いている時、 千葉大学付属養護学校の男女性の一群(教師、父兄を含め約30名)が賑やかに私たちを追い抜いて行った。 出発点に戻って来ると、ちょうど12時近くになっていたので 駅の食堂でビーフカレーの昼飯を食べる。 汗をかいていたせいか冷たい水が特別美味しく感じられた。
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最終の乗り物、高天ケ原行きのリフトに乗るには更に10数分雨風の中を下山しなければならなかった。
このコースを選んだ人は少ないようで前後に人影はない。
哀れっぽい姿で足元に気をつけ一歩一歩駅まで歩く。
135台連結のリフトは傘をさした私たちだけを乗せ雲海の中をゆっくり下降。
3時少し前、やっと無事ホテルに帰着、ある種の達成感を味わいながら部屋で旅装を解く。
時間的に空いた温泉でゆっくり冷えた体、疲れた体を癒せることを期待し 浴場に急ぐと先ほど生徒たちが 先生たちの指導にもかかわらず大声、奇声を発しながら入浴していた。 脱衣所で先生の指導・苦労に感謝しながら話しかけてみる。 「ご迷惑をかけどうもすみません」に始まり 高校2年になると毎年この時期、 修学旅行(日光、軽井沢、志賀高原の何れか)に出かけるとのことなどを話してくれた。
酒を一口含んでから しばらく敷きっぱなしの布団の上で横になる。 3日目をどう過ごすかは天気しだい、気のもめる夕暮れとなった。
第3日目
一晩中かなり強く吹いていた風の収まる様子はないが雨はほぼ止んでいた。
今日は「せせらぎコース」の予定だが気長に天気の回復を待つ。
次第に晴れ間も見えてきたので、9時40分頃宿から片道1.3キロと簡単に歩いていける散策路に出かけた。
湿性植物に取り囲まれた木道から時々シャッターを切りながら北進。 途中の小川にはイワナ原種保存地区があったが、 物音、人影にすごく神経質らしいイワナの遊泳は息を凝らし暫く待たないと見られない。
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雲行きは悪化するばかり、一時撤退の気持ちもちらついたが、 あるいはとの期待も働き1時20分頃リフトの客となる。 トリカブト、ヤナギランなどを見下ろしながら、ただ一人登っていくが頂上駅に着く頃から小雨が落ち出した。 傘を広げ重苦しい心で昨日の道を上り植物園へ。 東屋で雨天にも強いW4のフィルターをレンズに着け、少し天気の回復を待ったが無理と知りぼちぼち撮り始める。
昨日のコースより少し外れて歩いてみたが期待ほどの花もなく結局は昨日とほぼ変わりないコースを辿ることになった。 観光客ゼロの静寂と小雨が支配する植物園に長居は無用、また妻も心配するといけないから下山することにした。 でも時計を見ると1時間近く撮り続けていたことを知りびっくり。 また傘をさし一人でリフトを占拠しての下山は意気軒高でなく惨めな敗残兵に思えた。
最終日
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一幅の墨絵をほうふつさせる光景に深く感動。
隣の地続きのゲレンデに出ると朝露に濡れた草花、雑草に呼び込まれる。
接写レンズを通し溜息を漏らしながら彼らの美貌を無心になって撮り続ける。
この美の世界に浸っている時の恍惚感はまさに至福の一時。
妻は離れたところで広角レンズを駆逐し草花、風景を追い求めていた。 1時間余の朝撮りに一応満足し部屋に引き返し美味しく朝食を戴き、最後の帰り支度を済ませチェックアウト。
予定通りホテルのバスは定刻に発車したが、数分もするとバスは路肩により停車。 客の一人が財布入りのカバンを部屋の金庫に置き忘れてきたので一寸お待ちくださいとのこと。 電話で連絡し合った結果、数分後宿から届けてもらうことで一件無事落着、本人はもとより乗客一同ほっとする。
途中 湯田中道の駅でトイレ休憩のため停車。 2,3日前、TVで美味しいと宣伝されていた川中島産の桃が店先で私達を歓迎するかのように並んでいた。 この桃があったら買って帰ろうと事前に話し合っていたので、 さっそく品定めし宅配便の手続きをとり、大急ぎでバスに戻った。
観光客で賑わう(諏訪湖花火大会の客?)長野駅には11時半ころ到着。 バスから降りた目先の古風な洒落たレストランで昼食をとる。 冷房がきき居心地の良い店であったが、いつまでも長居するわけにもいかず適当なところで暑い外に出る。
最後のお土産「みすず飴」を駅前で買い求めたが 特急「あさま」13:45までにはまだまだ苦痛な待ち時間がたっぷり残っていた。 長野新幹線、常磐線への乗り継ぎも順調にいき 5時少し過ぎ、予定通り無地帰宅する。 まだ陽は高くもったいないほどの早い帰りだが体のためにはこれで良いのであろう。(2007-09-24)
| 志賀高原略図 赤線が歩いた所 |
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