玉原高原と天神平峠
  (中島 節) -2008. 11. 1-


 菊花香る11月になりました。皆さんお元気ですか。

 旅行記も前回の投稿から丸1年がたちました。 確かに他人の旅行記はあまり面白くないかもしれませんが、 今回は写真をたくさん挿入しましたから興味のある方はご覧になってください。 実はこの旅行記は今年5番目にあたります。

 メモ代わりに駄文を綴るのも暇つぶし、また脳の活性化に結構役立っていると思います。 なかなか再会の機会もありませんから、皆さんもぜひ近況をお知らせください。

 今年も残すところ二ケ月、草花、庭木などの手入れも忙しくなってくるでしょう。 では日に日に寒くなってくる季節、くれぐれも皆さん ご自愛ください。


玉原高原と天神平峠

平成20年10月6、7、8日

                      玉原湖畔

1.はじめに

 猛暑のある日、お馴染みのKKR水明荘から秋の案内が届いた。 例によりパソコン教室、絵手紙教室、ダンス、リンゴ狩りなどのプランが盛り込まれている。 そこにラベンダーで有名な「玉原(たんばら)高原、秋満喫ハイキングプラン」が目にとまった。 一度行ってみたいと話し合っていたし、秋は秋の魅力的な風景があるだろうと考え、 早速宿へ宿泊の予約を入れる。 妻の要望もあり、手荷物などに多少の不便はあるが、安全な電車で行くことに決めた。

 今までの旅行記は記事が多く写真が少なかったから、今回は趣向を変え見る旅行記にしたいと思う。

2.霧雨の出発

 最初は荒川沖駅8:44で出発する予定だったが、電車遅延多発する昨今、 妻の発案でその前の8:18の電車に乗ることにした。 まだ 霧雨が降っていたので 妻は傘をさしたが、手荷物の関係もあり私は傘なしで駅に急いだ。

 階段をゆっくり移動し、19番ホームで おしゃべりしながら上野発丁度10時、 4月の旅行と同時間の草津3号を待つ。 この時丁度 桜の時期、混雑を懸念し指定券を購入して行ったが、 今回は案の定、自由席でも空席だらけ、5号車の中央部左側に席を取る。 上野を出た時はすでに雨はすっかり止み、次第に空は明るくなってきた。 2時間余静かな車輌で、読書、雑談、車窓の風景に費やし水上駅に予定通り 12:21着。

 4月に訪れた時と違う店で昼食をとることにし、駅頭に立つ。 4月の店は駅に一番近くこ綺麗で便利なせいか、店先では旗を振りながら某旅行社の団体客を歓迎していた。 妻は少し離れた左手に「おっきりうどん」の看板が気に入ったらしく、その田舎っぽい造りの食堂に入る。 先客は3,4人、昼時にしては閑散とした店。おっきりうどんの意味、由来を店員に聞きながら食事。 うどんの量は驚くほど多いが、どうも汁味が良くない。客の少ないのはこんなところに原因あるのか?

 先客の夫婦連れが出たあとは来客なし。 常連客らしい70歳ちょっとの定年退職者が二人、離れ離れに席を取りのんびり四方山話をしている。 日中からビール2本、もう一人は徳利3本目を飲みながら。 他人ことながら、どんな生活をしているのだろう、体は大丈夫かなと心配になる。

 店を出、近くの菓子店により、翌日ハイキング用にとおやつを買い求め、宿の水明荘までゆっくり歩く。 駅前を離れると閉店した店、荒れ果てた民家、空き家が目立つ。 宿に着いたのは1時45分ごろ、チェックインまで暫くロビーで待たされる。 2時半 お部屋の準備ができましたからとの連絡でチェックインの手続きを済ませ、鍵を渡され、諸注意を聞く。 また連泊特典と言って、ロビーでのコーヒーサービス券を戴く。

 410号室、奇しくも4月と同じ部屋となる。 お茶と甘い茶菓でちょっと寛いだところで、3時ころカメラを持ち日の射しかけてきた河原に下りる。 昨夜の雨で水量も多く、気持よい渓流となっていた。 ひとしきりシャッターを切ってから4時頃、旅の疲れを流しに温泉につかる。

 入浴後は肌抜きで、河原、峰々を眺めながら「ふなぐち」の独酌を始める。 妻が温泉から上がってきたころは、そろそろ底をついていたので、 自動販売機から滅多に飲まないエビスビールを買ってくる。 少し飲み過ぎたか6時の夕食時には不整脈が出始まる。

 食堂に行くと 席は奥から2列目、窓際、美しく輝く星、月が見える特等席だった。 いつものように満室近い客の多さに感心する。評判の良い何よりの証拠であろう。 支配人も翌日自慢していたが、コックを二人常駐させ美味しい手作りの料理でもてなしている。 よそのホテルは往々にして外注の食事を温めているだけらしい。 天婦羅はいつも目の前で揚げサービスしてくれる。

 不整脈がなかなか鎮まる気配もないので夕食後の風呂は止め、早めの就寝。

3.二日目・ハイキング

 6時起床、曇り空。大汗をかく寝苦しい 暑い一夜であった。 朝風呂で汗を流し、脱衣所脇で冷たい水を一杯飲み ほっと一息入れ、部屋に戻り涼む。 7時半朝食。

 ハキングは支配人小関さんの運転で9時半出発。 参加者6名(東京と取手からのいずれも定年退職した夫婦連れ)はカウンター前に集合し、 支配人から本日のコース、諸注意を聞いてからワゴン車に乗り込む。 月夜野に出る前に左折し峠越しで目的地に向かう。 山道、田舎道などを走ること約50分位でハイキングの出発点センターハウスに着く。

 不思議なことにこんな人気のないところに警察官。そして無残に引き裂かれ自動販売機。 前日は日曜、無人自動販売機の利用者が多いとみた人が昨夜この犯行に及んだと説明してくれる。 周りのヤマウルシは綺麗に紅葉しはじめていた。 標高1,300メートル前後のこの高原(国有林)は奥利根の中で秋の深まりが最も早いところらしい。

 昨日は雨の中スケジュール通り8名の客を連れてのきついハイキングでしたが、 今日は雨も上がり良い一日になりそうと支配人の明るい言葉に励まされ坂道を登り始める。 老人たちを気遣ってくれる支配人のゆっくりした足取りについて行く。 時々周りの樹木などについて説明をしてくれる。

 黄葉しかけた探鳥路、ブナの原生林を抜け湿原を目指すが、猿・鹿はもちろん小鳥の姿もない。 私は写真を撮る都合上、グループの最後について登るが、仲間の遅い歩みは有難い。

 小尾瀬とも言われる玉原湿原に近づくと急に紅葉した木々が多くなる。 途中で小休止を入れ約1時間後の12時半、湿原入口の休憩所で昼食。 宿が用意してくれたお結び3個、漬物、ペットボトルのお茶を大自然の中で 柔らかい日を浴びながら美味しく頂く。 野外での昼食はまた格別である。

 使い慣れないデジカメに不安を感じながら、まだ少し早いクサモミジ、足元の名の知れぬ草、 美しく着飾った木々を思う存分撮る。

 それから湿原を一周し、 ほとんど開業閉店のもったいない施設・東大国際セミナーハウスの構内を通過し、玉原湖に向かう。 湖面に映る紅葉に皆「あ、綺麗」と叫ぶ。 支配人もぜひお見せしたい場所の一つでしたと喜びの声も一際大きくなる。 あとは淡々としたサイクリングロードを10分も歩くと出発点に出た。

 2時半、全員無事、ほっと安堵の空気が漲る。 15分の小休止後、再度車上の人となり朝とは別の道を走り宿に戻る。 予告通り、支配人は途中で車を止め、車外に出て眠気覚ましに軽い運動をしてから運転を再開する。 連日のハイキング、帰館後の残務整理、帳簿整理で深夜まで多忙と聞く。

 4時近く宿に戻り、すぐ湯につかる。こんな時の温泉は何事にも代えがたい。 部屋に戻りテレビをつけると株価が暴落、一時ダウ平均1万円を割ったと報じていた。 円の為替相場は101円と高値、今後の日本、そして世界経済はどうなるのか。 この後 ノーベル物理学賞日本人3名受賞の明るい突然のニュースに大喜びする。

 昨夕のこともあり、今日は休肝日。 夕食後は軽く温泉を浴び、昨夜の暑さに懲りたので換気扇を弱に設定し早めに床に就く。 少し耳ざわりに思ったが、流れの音も、 また深夜対岸を走る貨物列車の騒音をかき消してくれるので我慢が出来る。

4.三日目・天神平峠を歩く

 6時起床、朝湯を浴びる。露天風呂は温度も高く涼風が気持ち良い。 関東地方の天気予報はあまりぱっとしないようだが、水上地方は新潟に似て雨の心配はないようだ。 霧があり曇ってはいるが。 予定通り谷川ロープウエイに乗り谷川岳の一角を歩くことにする。

 帰り仕度をし、宿前の停留場9:04の定期バスに乗る。 バス停のロッカーにリュックサックなどの荷物を預け、9時40分ごろロープウエイに乗る。 時間も比較的早いので乗客は2名だけ。ロープウエイからリフトに乗り換え天神平まで上る。 霧から時々顔を出す紅葉が見事、あちこちから歓声が流れてくる。

 ロープウエイまでの下山、峠越えは普通に歩いて40分。 前日の雨で岩道も危険、また あちこちに泥道、写真を撮りながら足元に最大の注意を払いながら下山。 なぜか2,3年前に歩いた時よりも道のりが遠いような気がする。 もう少し、もう少しと励ましながらやっと木道に出る。

ここからは軽い気持ちで 適当にシャッターを切りながら下る。 霧に見え隠れする峰々を見下ろしながら少し早めの昼食を天神平のレストランでとる。

 それからロープウエイで下山、荷物を引き取り、1時のバスで水上駅に下りる。 初日に寄った菓子店、宿から勧められて来ましたと言ってお土産を買い求めると、 車中でどうぞと召し上がってくださいとお土産をサービスしてくれた。

 予定の急行までは1時間余の待ち時間。 妻が駅員に尋ねると、急行券をキャンセルし 普通車を利用し 高崎乗り換えで行ったほうが早く帰宅できることが分かった。 早速指示通りに旅程を変更し、荒川沖へ予定より20分ほど早い6時15分に帰着することになる。

5.終わりに

 高崎線に乗り換えると雨を降らした、降らすらしい黒い雲が散見された。 事実、常磐線の客は皆傘持参、荒川沖の街路には水たまりが残っていた。 しかし最終日ばかりでなく、今回の旅は全く雨に遭わず、また錦秋の秋に出合うこともでき最高であった。 (2008-11- 1)