その1は、農学校時代の友人から今年初めて年賀状が届いた。 裏表ともサインペンで書かれた賀状、 「、、、ご多幸と健康をお祈り申し上げます」とごく平凡な内容であった。 文字に力がなく、私の名前が一字ごと左にずれ曲がっているのが少し気になった。 即刻、怠慢を詫びながら年賀状を投函したのは申すまでもない。
そして驚いたことに13日早朝、彼の訃報の新聞記事が我が目に飛び込んできた。 昨年1月、彼の自宅を訪ねた時は、家族と一緒にイチゴの箱詰めをしていたが、 暮れに体調を崩し入院治療していたことを語ってくれた。
寒風、日光おろしの吹く15日、彼と永遠の別れをしに出かけた。 式前に奥さんか息子さんにお悔やみを述べようとしたが、 姿が見えないので 待合室で独り彼を忍び彼の丹精込めたイチゴを味わっていた。 すると奥さんが先に私を見つけ挨拶に来てくれた。 賀状を始めて頂いたこと、お別れの賀状のような気がしてなりませんと奥さんに伝えた。 残念ながら病魔に苦しんでいた彼の眼にとまることはなかったようである。 なんとも不思議な年賀状である。
その2。私は前年に戴いた年賀状に返事するような形で書くことが多い。 だから何かの調子で親しい人に2,3年間欠礼することがある。 今回は投函前に一通り賀状を点検すると、 大学時代の親友宛てのものが欠けているのに気付き追加することが出来た。
10日過ぎても律儀なHさんからの賀状の返事がない。 すると16日の新聞に彼の訃報が載っていた。 近くに住む同窓に電話すると、 「まだ新聞は見ていない。病気していたとは全然知らなかった」との返事。 26日のお別れ会に同道することを約束し電話を切った。 この賀状は私からの最後のものとなったが、彼の眼にとまることはなかったかもしれない。 しかし心理的に彼の生前に挨拶出来たことに満足している。 彼は43冊もの著作を世に問うた素晴らしい学者、詩人であった。
その3。昨年押し詰まった師走の18日、94歳で急逝された先輩同僚の葬式に参列した。 そして年開けて1月20日頃、喪主から封書が届いた。 改めて礼状の筈はない。 半信半疑封を切ると、父が投函せずに置いた年賀状がありましたので、 同封いたしますとの挨拶状を添えて私宛の賀状が入っていた。 往年の筆力は失せているが、まぎれもなくS先生からの絶筆の賀状であった。 遅れて届いた年賀状とは申せ、彼の誠実さ、ご子息様の御親切にいたく感激、喜びは倍増した。
億劫がりやの私はそろそろ賀状書きを止めようか思うことがある。 この怠惰な心に「お前しっかりしろ」と叱咤激励されたような気がしてならない。
年賀状 生きてる証 祝詞だけ
愛こめて 手書きの賀状 あの人に
友からの 最後の便り 年賀状
玄関の置物 ‘今年は牛のように力強くゆっくり歩みましょう’ (2009-2-1)